AIリーズナブル と HAIS のご提案
いろいろな意味で実験的な記事です。
一つは有料記事を試してみます。
せっかくのキャンペーンなので。
ただ自分がここで書く意味は、儲けというより「そろそろ運悪く死ぬということも多くなってくる年齢で、やってきたことが何も残っていないとちょっと面白くないのではないか」というところで、自分の特性とやり方を外部に残る形にしておこうという意味が大きいです。
ですので、イイネ数はそう気にしませんし、0コストで露出が少しでも大きいところに何か書いておこうというのが意図です。もちろんイイネはあればうれしいですけどね。
そもそも自分の歳だと「お金を貰う=責任を伴う」というのがどこかに染みついていて「内容が古くなったら定期的に更新しておかないといけないんじゃないか」「間違いを書いていたらお詫びしなければならないのではないか」「万人受け/万人に理解可能(自分が高尚とか言ってるのではなく、自分が変人系の人間なので他者に言ってることを理解させることが困難なことが多い)な文で露出を集めないといけないのではないか」とか思っちゃうんですよ。。
ネットミームになっている漫画のコマの「責任を取らせるためにお金を払うんだ」みたいな話は「ああもっともだ」と思ってしまうので。
ならお金はいらないから好き勝手書いてそこそこ露出をさせてください、というスタンスです。
そういうことなので有料にはしていますが、有料部分に特段意味のあるものは置いていませんので自由に読んでください。
ここから主題です。
AIのちょっとした間違いは笑って許そうという風潮が進んだほうが皆にとってよいと思うのです。それをもっと啓蒙しようというご提案です。
AIはリーズナブルでお得なんです
AIを使って仕事の工数を減らす企画が立ったとします。
AIを使って、予定として仮に工数が1/2になると考えました(相当な提案です)
アウトプットの8割方はうまく動くのですがAIの誤回答で2割は変な結果が出ます。さすがに大きすぎるので誤回答を検出して再実行する仕組みを入れました。誤回答は10%に減りました。
でもどうしても何かの拍子に誤回答が出てしまいます。
再計算条件を複雑にしたり、検算を入れたりします。複雑なロジックを入れたり多重化したり。
そうこうやってるうちに工数が大幅にオーバーしました。。
減らす予定だった工数が結局増えるはめになりました。。
以前(自分達はミスするのに、AIはミスするなって何様なの)に述べたようにAIの誤回答はなくなることはありません。AIの誤回答はなくならないのですから、そもそもAIを組み込むシステムは誤回答することを前提にシステム設計しませんか。工数が1/2になる予定が2倍になっても誰にも利はありません。10%の誤回答の時点で完成にして、10%の誤回答をどう効率的にリカバーするかというところを前提に考えませんか。
このような状態はアジャイルなソフトウエア開発の際にも割と見かける風景です。でもソフトウエアはさすがにもうちょっと頑張ってください。ソフトウエアは皆に正確さも期待されているのですから。
AIを使うからには今までのソフトウエアでは代替が出来なかった部分であるべきです。人がやっても失敗すべき部分をAIで置き換えるのなら、人がやる失敗と同等が目標です。まぁ当面は人より多いのでしょうが。
註記: ここでタイムリーにAppleがLLMは真の推論能力は持っていないと発表したり、entropixがすごいらしいとかいろいろ出てきて、AIと間違いの問題が大わらわなのですが、即席ですが見解を追記しておきます。
AIと間違いの関係がどうであれ「AIは人であっても間違えるような問題を解決してもらわないといけない。だからAIの出力には間違いが当然発生することを前提として、システム/社会に組み込まれていくべき」という点は変わらないと思っています。高度な推論能力が今のAIに追加されても、間違えることがなくなるはずはないと考えています(Appleの見解に対する意見はもう少し練った上でそのうち書きます)。
間違わない仕事をやってるAIなどAIとは言えない
知的システムの典型である人間は、間違えないことは不可能です。
人間の扱っている情報と同じ種類の情報をAIに扱えるようにしたいと思っているのだから、AIが間違えないことなど不可能です。
間違えずに済む課題だったらそれはAIではなくソフトウエアに代替させればより効率的で確実です。
人がやっても間違えざるを得ない課題をAIにやって欲しいのです。間違いが少ないほうがよいのはもちろんなのですが、間違いが起きる種類のブルシット・ジョブをAIに置き換えていくのが、本当に苦労している種類の課題を人から減らすことになると思うのです。
繰り返しですが、AIは人でさえ間違う分野の仕事をさせてこそ、AIでやらせる意味があるのです。間違えないことが出来る分野(手順が決まっている分野)はソフトウエアにやらせればよいのです。
間違わないAIは面白くない
ChatGPT-o1-previewは確かに賢いです。でも4oに比べて「返答に面白みがない」と思いませんか。
優等生が地雷を踏まないように言い回したような。おそらく仕事には役立つし、ビジネスにはこういうアウトプットが要望されていたとは思う。でも何か型をはめたような印象。
SDXLやそれ以降の画像生成AIは確かにきれいです。でもSD1.5以前や初期のNovelAIのような「昨日見た夢のような辻褄の合わない絵」は独特の面白みがあります。
ちなみに自分のnote記事のフルサイズのヘッダ絵は、旅bot記事以外は初期のNovelAIで出した絵を使っています。初期の画像生成AIは確かに権利問題に微妙さはあるのですが、でもAIの夢を眺めているような面白さがあると感じています。
もちろん辻褄をより論理的に把握するような改良はなされていくべきです。例えば旅bot達が自分の名前を間違えたり、立ち位置を勘違いせずに発言してくれるとうれしいのですが、それでも発言のカオスな面白さはあって欲しいのです。
間違うAIを不良品扱いするのか
将来、AI大手がo1-previewを越えるような「間違わないAI」というものを出してきたとき、AI中小企業はどうするんですか。間違える(しかし役立っている)AIをAI大手から不良品扱いされて追い出されるのですか。
それだったら今のうちから「AIは間違えるんだよ。ガチガチに制限された間違わないAIより間違えるAIくらいが柔軟で独創性が高いんだよ」って共通認識を広めたほうがよいではないですか。
人が間違うような仕事(ただしまだ安全には関わらないもの)こそをどんどんAIに振るべきです。
その、後押しとしてスローガンを置きませんか。というご提案です。
間違いが人手でやるより多くなってしまう応用は、やはりお安い/お得で売るしかない。
とりあえず提案として「AIリーズナブル」という語はどうでしょうか。
消しゴムマジックは間違えるAIである
「消しゴムマジック」って用途から考えたキャッチーな言葉ですよね。「写真の邪魔な部分をワンタッチで消せます」誰でも何が出来るか分かる。もし消しゴムマジックと同じことを人に頼めばPhotoShopの専門家に何時間か仕事してもらうことになるでしょう(簡単な背景なら数分でしょうが複雑な背景なら数時間?)。それに比べれば数秒で消し放題なのはお得ですよね。
でも消しゴムマジックって誰が見ても絶対分からないような画面消去までは行かないです。複雑な背景の場合、変な風に消えるし、消えた画面もよく見ればやはり違和感がある。ユーザが困らないレベルで間違っている。そもそも人の後ろに何が写っていたか分からないのに前の人を消せる訳ないです。
つまり間違うAIの仲間だけどリーズナブルを推して受け入れられた例です。
同じ修正を人で行ったとします。街の写真館くらいの修正だと誰でも違和感に気づきます(総理のお腹もです)。
これも「人がやっても間違う仕事」の仲間です。「人がやっても間違う仕事を、AIも間違うけどリーズナブルにやる」という様式のソリューションです。
人でさえやれなかったような未知目的へのAIはそれなりに高いべきでしょう。でも社会に自然に広まっていくのは「お安いですよ/お得ですよ」が売り方の方向だと思うのです。
間違えることを許さないという呪いに縛られたらAIは先に進めなくなります(ソフトウェアも厳密に言えば間違えます)。困らない程度に間違えない、ごまかしてよい話しならば間違えをごまかす、それでも間違えたら笑って許して手直しする、でよいはずなのです。
人からAIへ、AIからソフトウエアへ
人でも間違える仕事を、そのままAIも間違えてよいという前提でやらせる。
人が間違える仕事なんですからAIも多少間違えて当然です(実際には当初は間違えだらけでしょうが。。)。
AIで間違える仕事の結果を検討し、間違えた流れ、間違えやすい箇所を明確化してフィードバックする。そうしてAIを交えた上で手順の明確化をする。
明確化できた部分はAIにやらせるよりソフトウェアにやらせたほうが安定ですしコストも下げられるでしょう。
AIで仕様書を起こすなり、人が仕様書を手伝うなりして、仕様書を起こす。その仕様書からプログラムを生成する。AIが直でプログラムを生成できるかもしれません。
仕様書をプログラム化するのはすでにソフトウェア開発で手法として確立しています。プログラム化した部分はAIより安定性、信頼性ともに高いと考えます。運用の手法も確立しています。
ビジネスとして考えた場合、既存のソフトウェア開発の体制を変えなくてよい。仕様のもめ事はAIが吸収してくれれば現場も助かります(ノーコードやRPAの様式にも近いですね)
つまり「人」→「AI」→「ソフトウエア」の流れを作る訳です。
これもスローガンにしましょう。"From Human, to AI, and then to Software." シンプルにして Man, to AI, to Software(MAIS)またはHuman, to AI, to Software(HAIS)などどうでしょう。
当初はここの概念図はもっと詳細な構成内容を入れていたのですが、シンプルな図に戻しました。ここで細部案を説明すると内容が多くなりすぎて要旨がぼやけるので、細部の整理がついたらそのうち細かい構成案を書くかもしれません。
進化中のAIを今の時点で「AIは間違います」と広報するのはAIの期待と価値を毀損するものだと、AI企業によっては思うかもしれません。
であればさっさと「間違えないAIプレミアム」を出してください。でもソフトウェアがやれそうな定型業務を「間違えなくなりましたよ」と出しても、それはAIの将来を定型業務の方向に引き下げるものです。
人と同じことをやらせたいのだから人と同じように間違えうることを認めて、人と同じか人以上のことをやらせる方向に向きましょう。人以上の思考力になっても、今、人の扱っている課題以上のものを扱ってもらわないといけないので、間違わなくなるとは私は思えないのです。
量子コンピュータはあまり追ってないので内容はよく知りませんが、量子ビット誤りなどなかなか実用化ハードルが厳しそうですよね。量子コンピュータは計算が仕事なので誤りをどの程度許してもらえるのか私はわからないですが、AIはそれほど間違いがシビアではない適用分野があるはずです。
ハードルを上げずに「AIはソフトウエアとは違います。ソフトウエアと違ってAIは間違えるんです。でも便利でしょ」という共通認識を持って貰ったほうが後々よいと思うのです。
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