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『コレクションボックス』-プロローグ-

銃口が俺を覗いている。
狩猟小屋はコーヒーの香りで満ちていた。
目の前にいるおじさんは俺に向かって銃を構えている。
おじさん、と言っても、俺の親戚かなんかではない。知らない人だ。
おじさんは後ろのテーブルの上に置かれた、あからさまな宝箱を俺たちの目から隠すように立っている。

「帰ってくれ」
おじさんは落ち着いた声でそう言った。
今までも何人かの人間をこうやって追いかえしてきたのだろう。
もしかしたら、殺したことすらあるかも知れない。
そう思うほど彼は落ち着いていた。命を奪うのになれている人間の落ち着き方だ。

おじさんの正面で、俺と一緒に呆然としているもう一人――むすびを見る。
さっきから一言も喋らないから呆然としているのかと思ったけど違うらしい。
むすびは両腕をあげたまま、ぼんやりとおじさんを見ていた。
銃を向けられているというのに焦りも恐怖もない。ぼんやりとおじさんを見ているだけだ。
こいつも肝が据わっている。
「非日常ってワクワクしますよね」というむすびの口癖を思いだした。
これも彼の中では『非日常』に入るのだろうか?
ワクワクしてるのか?それにしては目が死んでいる。

とにかく、どうにかしておじさんから宝箱を奪わなければいけない。
あの中に入っているのは遺骸だ。この世界で最も偉大だった魔法使いの遺骸。

世界中に散らばった『偉大なる魔法使いの遺骸』は、余りある魔力によって簡単に世界をねじ曲げる。
願いを叶えると噂される遺骸を回収することが、俺たち『組織』の一番の仕事だ。

あれが世界に散らばったどの部位なのかは分からないけれど、本物だとすればどれほどの願いが叶えられ、どれほどの世界や人が狂わされるか…。
そこまで考えてから、俺はおじさんに目をやった。
そう、ある意味ではこの人だって、狂わされた人の一人なのだ。

「銃を降ろして下さい」
唐突に、むすびが口を開いた。
「今なら、罪に問われることはありません。魔神のランプをお金のために使ったくらいで、怒る人は誰もいません。ほとんどの人間があなたに同情的な見方をするでしょう。仕方ないと」
「今更捕まるとか何とか、気にすると思うか? これがあれば、俺はこの社会に従属する存在である必要はない。完全に社会から切り離された個人として、自由に生きることが出来るんだ。だからむしろ、あんたらが今すべきなのは命乞いだ。俺の説得じゃなくてな」
むすびの説得に対するおじさんの返答はパーフェクトなものだった。
確かに遺骸があれば、何に怯える必要もない。社会に囚われず、自由に生きていくことだってできるだろう。
ただ、遺骸が、願いを完全に叶えるとは限らない。

「でも、命乞いをしても殺すんですよね?」
むすびが言った。
おじさんが笑い出す。指をかけられたままの引き金がカチャカチャいった。銃を構えたまま笑わないで欲しい。危なすぎる。
「そりゃあそうさ。でも死ぬ前に言いたいこととかあるだろう?やりたいこととか。俺も鬼じゃない。そのための時間をくれてやると言ってるんだ」
これは酷い。本気で俺たちを殺す気だったのか、このおっさん。
どうしたもんかな。あー、銃っていたいかなあ。そんな訓練受けてないしな。
もしかしたら死ぬのかなー…。まあ人生諦めか。やり残したことも別にないし…。
「こほん」
小さな咳払い。むすびだ。
目線を送ると、ゆっくりと目を瞑ってきた。喋れない時の暗号だ。
意味は時間を稼げ・・・・・

「あっあー。あのー。ご家族、いましたよね、確か。綺麗な娘さんが1人にお孫さんが2人。その人達はどうするんですか?」
おじさんは銃口を少し下におろした。言いよどんで唇を噛む。
…流石に、家族の話題には弱いか。この人のまともな部分だな。
「まさか、手をかけたりはしませんよね。お孫さんと遊んでいるときの貴方は心底幸せそうでした。遺骸を使ってあなた一人幸せになって逃げて、それでどうするんですか?あなたの幸せの城はここだ。他のどこでもない。今なら引き返せるんです。でも俺たちを撃ったら終わりだ。自分で城を壊すことないでしょう?」
必死で適当なことを言い続ける。なるべく俺に意識が向くように。
喋り続ける俺の耳には、むすびの詠唱がかすかに聞こえてきていた。
「クロートーの紡ぎ糸、ハベトロットの金の糸……

人を導く運命の糸、出会いのための、スピンドル!」
おじさんが左手を銃から離し、テーブル上の家族写真を伏せた瞬間。
むすびの詠唱が終わり、狩猟小屋の入り口から突風が吹き荒れた。
強風は小屋の扉をなぎ払いながらおじさんに直撃し、おじさんはその衝撃で銃を手放した。

これが彼の――縫染ぬいぞめむすびの固有魔法、縁結びだ。
物と人、あるいは人と人の間に縁の糸を繋ぐことで、自然に運命を引き寄せる…らしい。
「僕には運命の糸が見えてるんですよ。比喩ではなくて本当に。人と人の縁は結ぶだけで出会いになるし、人と物の縁は結べば所有が起こる。簡単でしょう?」
むすびは以前そう説明してくれたけれど、俺にはいまだに良く分かっていない。

「このシーンで銃と私の縁を繋ぐと、こんなふうに過程が起こるんですね。うーん。僕の能力、結構無理矢理だなあ」
むすびはそう呟きながら運良く・・・足下まで転がってきた猟銃を手に取ると、俺の制止を聞く間もなくおじさんの足に銃弾を撃ち込んだ。
「おい!死んだらどうするんだよ!」
「大丈夫ですよ。治療魔法が使える人間なんていくらでもいます」
「そういう問題じゃなくて……」
「それより、見て下さいこれ」
むすびは宝箱を開けて中身を取り出した。
中に入っていたのは黄金に宝石が散りばめられた聖杯。
「偽物です。偉大なる魔法使いの遺骸ではありません。これ自体にも、相当の力があるみたいですけど」
「まじか……」

最悪だ。こんなに苦労した、一泊二日の仕事が徒労に終わるなんて。
「…とりあえず、帰ってあめさんに報告しよう。回収部隊を頼んでくるよ」
「この人の治療もありますからね。お土産はどうします?」
お土産。確かに同じ部隊の皆には「お土産を買ってくる」なんて約束をしていたけれど、今このタイミングで考えることか?
むすびは本当に、変なところで呑気だ。
小屋の外へ踏み出した足を止めて、むすびを振り返った。
「ご自由に!」


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