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価値観の迷いを抱えていた私が、対話を通して気づいた「自分らしく生きるために欠かせないもの」

ありのままの自分を肯定して、自分の気持ちに正直に生きたいと願う人が『感じたものを感じたままに肯定できる人生を』歩む支援をする対話セッション「your dialogue」。対話の伴走を通じて、内面と現実が変容したストーリーに迫ります。

第二弾は、コロナ禍で働き方が大きく変化したことをきっかけに、価値観に迷いが生じてしまったというあおやぎさん。対話セッションを通して得られた「ある気づき」のおかげで、自分が生きるうえで大切なものを改めて確かめられたといいます。そんなあおやぎさんの、受容と変化の物語を振り返ります。

あおやぎ
神奈川県生まれ。読書環境と気持ちのいい人に恵まれて育つ。大学卒業後、教育関係の出版社営業、革製品の販売員や研修事業の営業を経験。現在はクラウドソーシングを利用してWEBライティングを請け負いつつ、今後の仕事について考え中。「やりたいことやってみる人生」を掲げて働いてきたが、「心地よく生きる」ことも大切だという考えにアップデートされてきた。


激変した働き方に対する不安、過去への後悔から “価値観迷子” に

林さんのセッションを受ける前は、対面型の研修を行う企業で営業職として働いていました。けれど、新型コロナウイルス拡大の影響でコンテンツの在り方が大きく変化し、働き方や仕事内容も変わってしまったんです。

在宅勤務への転換を余儀なくされましたが、そのこと自体はありがたく思いました。それよりも仕事の根幹から考え方を切り替える必要があること、その上で事業の存続と成長にどう貢献できるのかという点で、悩む時間が増えたように思います。職場内のコミュニケーションにも葛藤がありました。

同時に自分自身に対する後悔も抱いていました。「どんなときでもやっていけるスキルを、もっと身に着けておくべきだったのでは?」「もっと自分の腕に自信を持てる勉強や訓練をしておけばよかった」。不安が募る中、さらにそんな考えに苛まれていたのを覚えています。

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私はもともと「喉元過ぎると熱さを忘れてしまう」傾向があります。過去だって自分なりに頑張ってきたはずなのに、振り返るとどうしても「もっとやれただろう」「怠惰だった」と自分を責めてしまう。

仕事に対する不安と過去への後悔が合わさって、だんだんと価値観に迷いが生じるようになっていきました。それが仕事を進める上でハードルになり、ますます仕事がうまくいかず、迷子になっていましたね。


言葉を奪わず、湖面のように映し返してくれる対話の魅力

そんな “価値観迷子” になっていたときに、林さんのセッションと偶然出会い、興味を惹かれて。まずは一度話してみたいと思い、対話のトライアルを受けました。

人の言葉を奪ってしまう聞き手って、実は少なくありませんよね。私の発した言葉が恣意的に解釈され、聞き手の願望を含ませた形で投げ返された経験は、これまでに何度もありました。自分が発した言葉を相手がしたい話に利用されるのは、搾取されているかんじがして苦手なんです。

でも、林さんは私の言葉を都合よく利用しない。「言葉を奪わずに映し返す、湖みたいな人だな」と感じました。だからこそこちらも身構えず、隙の多い言葉を自由に放って、言葉の往復の中で磨いていくことができる。

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ただし、言葉を映し返すといっても、そのままオウム返しされたわけではありません。林さんを通すと、私の言葉は濁っていた部分まで磨かれて、少し光った状態で返ってくるかんじ。自分では見えていなかったところも、少し添えながら映し返してもらえるというか。

例えば「仲間が自分に必要かどうか」という文脈で話していたときに、「途中から、仲間と何かするのが得意か不得意かという話に変わっていますよ」と指摘されたことがあって。話す内容だけでなく背景もよく見て、話の方向性の微妙な違いを捉えてくれていたことに驚きました。いい意味でちょっとゾクッとする意外性も含めて、このまま受けてみようかなと思う理由になりました。

そんな林さんに、自分が直面している働き方の問題や、その背景にある課題を、一緒に眺めてほしいと感じたんです。「この人に一社会人としての自分の考え方を聞いてほしいな」と。それで、対話セッションの継続を決めました。初回のお試しのあと、数か月にわたってセッションを受けています。


対話の中で出た言葉が、大切なことに気づかせてくれた

複数回のセッションの中で一番印象的だったのは、林さんに「ネガティブな感情を押し殺す癖をつけると、ポジティブな感情を感じるセンサーまで鈍ってしまう」と言われたことでした。

私は、人に対してネガティブな感情を抱くのが苦手なんです。そういう感情を抱く自分に嫌悪感を持ってしまうし、努力でどうにかするほうが建設的じゃないかと考えるタイプで。批判的な思考が生まれたら、なるべく早くそれをかき集めて行動の変革につなげないと、いつまでも人を責めるだけではいけない、って。

なので、林さんのセッションでも感情を押し殺してしまう場面があったんですよね。そしたら「愚痴とか泣き言とか言えてますか?」と訊かれて、先ほどの「ネガティブな感情を押し殺す癖をつけると……」という言葉をかけられました。

言われたときは、正直あんまりピンときていなかったかな。「林さん優しいな、しんどい私にポジティブな言葉をかけてくれて」と思ったくらい。理屈としても理解していたけど、腹落ちしたわけではありませんでした。けれど、セッションが終わってしばらくした頃に、その言葉の意味を実感するような出来事が実際にあったんです

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ちょうどその頃は疲弊していて、生身の人間と関わる気力がなくて。コロナ禍の影響もあって友達と会っていなかったので、SNSは今思えば大事な存在でした。なのに、SNSや本などの外部コンテンツに触れても、何も頭に入ってこなくなってしまって。指は自動的に「いいね」を押すけど、いいともなんとも思えない。何も感じられない自分が、すごくつまらなく思えました

その後に体調を崩して休職し、最終的には退職したんですが、ゆっくり休んだら体がずいぶん楽になって。心身ともに安心できたら、特に大きなきっかけはなくても「何も感じられない時期」がふっと終わったんですよね。以前のように、楽しいもの、嬉しいもの、いいなと思うものを本当にいいなと思えるときが来ました

そのときにやっと「林さんが言っていた、ポジティブなことにセンサーが働かなくなってしまうというのは、こういうことだったのか」と腑に落ちたんです。


「感性」は、私が私らしく生きるために無くてはならないもの

ポジティブセンサーが回復してからは、日常のほっこりした話などをまた読めるようになりました。なんだか、メガネの汚れを拭ってちゃんと見えるようになったみたいで、懐かしいかんじ。自分が本来望んでいる状態に近い気がしました。

思えば、以前は「自分の感覚や感性だけで過ごしていてはいけない」という気持ちがあったのかもしれません。仕事のために何かしなくてはと焦ったり、コロナ禍で大変な人がいる中、何もできないことに無力感を抱いていたり。感覚的な人よりも、ロジカルに合理的に生活している人の方が偉く見えた時期もあって、感覚や感性なんて役に立たないと思ってしまっていたことさえありました。

でも、ポジティブセンサーが鈍った感覚を自覚したのをきっかけに、自分の生活を考えることがまず大切だと思えたんです。私がひとりの生活者として生きるためには、何かをいいと思ったり、美しいと感じたりすることが欠かせない。これは、対話セッションを通して得られた大きな気づきのひとつですね。

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あとは、ネガティブな感情を持っている自分と向き合えるようになったのも、セッションがもたらしてくれた変化かもしれません。

例えば、今は仕事を探していますが、ものすごく焦っているわけではなくて。一方で「もっと焦らないといけないんじゃないか」と、焦れていないこと自体に焦っている部分もあります。でも「焦れていないことに焦っている自分」を冷静に俯瞰できるようになったんですよね。以前だったら漠然とした焦燥感だけがあったかもしれないけど、今は焦りの正体をどこか理解できている。

それに、ネガティブな感情に蓋をして頑張ってしまったら、いつか誰かが同じ状況に陥ったときに優しくできなくなってしまうかもしれないと思うようにもなって。だから、ときには「逃げたい」という感情を、無視せずに堂々と手に持つことも大切だなと思っています。自分のためでもあるけど、将来他の誰かを傷つけないために。この考えで、休職や退職を決断することもできました。

最近は「こういう時期もあるよね」と、現状を受け入れられるようになってきています。パーフェクトだとは思わないけど、今はこの私でもいいかなって。いきなり大きな夢に手が届かなくても自己否定する必要はないと思えるし、手が届く範囲に手が伸びたことを喜べている。セッションを受ける前とは、また違った私を肯定できていると思います。


自分が話したいことを好きなだけ話せる、心地のよい時間

振り返れば、対話セッションの「伴走」というキーワードも、私とは相性がよかったのかもしれません。普段は答えがない状態で人に相談することがあんまりなくて、自分の中になんとなく「こうしたい」「こうするだろうな」があるんです。

林さんは答えを押し付けず、私の中にある答えをただ一緒に眺めて、まだ自信がないところを考える手助けをしてくれるだけ。手綱を取られず、最終的には自分で決められる感覚が安心感につながっていたと思います。

一方で、この対話セッションは、まだ答えが見つかっていない人にも合っていると思います。誰しもが持っている「快・不快」や「好き・嫌い」をセッションで聞いてもらいながら自分を見つめていけば、自然とその人にとっての答えが見つかるんじゃないかな。

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セッションの間は、どんなにまとまりがなく抽象度の高い話でも、前向きに受け止めてもらうことができて。その心地よさに甘えながら、話したいことを好きなだけ話せるひと時でした。

きっとこれからも、対話セッションの輪はどんどん広がっていくはず。もし、セッションの前に体験者と話したい方がいたら、お気軽にご連絡ください。


※対話セッションにご興味ある方はDMにて
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[取材] 林 将寛

[文] 小晴

[人物写真] NOBU 


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