
非中央集権型ウェブ地図システムの実現に向けて|サバティカル在外研究
2024年8月30日、日本列島に居座る台風サンサンを避けながら飛行機を乗り継いでミラノに到着。9月1日からミラノ工科大学(Politecnico di Milano、以下POLIMI)のResearcherとして1年間のサバティカル在外研究がスタートしました(と言っても、9月1日は日曜日なので、実際にPOLIMIのキャンパスに行くのは9月2日が初日)。在外研究先として快く迎い入れていただいたPOLIMIの Dr. Maria Antonia Brovelli 教授を始め、青山学院大学や、その他多くの関係者の皆さんにご支援いただき感謝するとともに、ミラノをベースにいよいよこれから最先端の地理空間情報技術を社会実装するための研究活動に専念させていただき成果を残したいと思います。
なお、青山学院大学での授業はオンラインでのゼミ活動のみ実施となりますので、日本国内での実活動については優秀な古橋研究室の学生たちに託しつつ、オンライン空間からの学生指導は継続していきます。
とはいえ、ゼミ以外のすべての青山学院大学での古橋担当授業が1年間なくなるわけで、この1年間はやりたくても時間を確保できなかった様々な研究課題に対して集中して研究活動を一気に進めていこうと思っています。
そこで、まずはミラノでどんなことをやろうとしているのか、その大枠を記しておこうと思います。
# 非中央集権型ウェブ地図技術の実装
2024年現在のウェブ技術をベースとした従来のウェブ地図サービスは、Web2.0 (Ajaxのような狭義のWeb2.0ではなく、動的・双方向的でユーザー参加型プラットフォームとしてのSNSが主流となるウェブ)と表現される、図らずとも大手プラットフォーマーに依存した中央集権的なプラットフォームをベースとしたウェブ地図サービスが中心であることは事実であります。その代表例が Google Mapsであり、Apple Maps であり、MapboxやGrab Mapsや、もちろん国土地理院の地理院地図も、Overture Maps Foundation でさえも、OSSやOpenDataを主体とした分散型のウェブ地図サービスを模索しながらも、大枠としては、中央集権型のウェブ地図サービス(Centralized Web Map Service)と括らざるを得ない状況だと思います。
ただ、このような状況下において、非中央集権型ウェブ地図技術を実装しようとした動きはいくつか存在します。その代表格が PMTiles のような、HTTP Range Requests をベースとした地理空間情報データの配信技術であり、MapLibre Tiles (MLT)の検討とも共鳴し、既に業界標準となったMapbox Vector Tile(MVT) が目指したベクトルタイルの民主化の次なる未来が胎動しはじめているとも言えます。
この1年間の研究として、これらの状況を整理しながら、Web3(もしくはセマンティック・ウェブまで包括したWeb3.0)と呼ばれている、分散化・ブロックチェーン・トークンベースを基軸となる非中央集権型のサービスを俯瞰しつつも、現実的にプラットフォーマーに依存しない広義の非中央集権型の次世代ウェブ地図サービスと捉えて、現実的に実装可能な技術を組み合わせ、その有用性を検証したいと思います。
具体的に実施するテーマは以下の2つです。
# 1. オフラインウェブ地図サービスの実装
ウェブ地図サービスの基本は名前の通りウェブ(World Wide Web)を前提としたインターネットに接続された環境下で使用されるものになりますが、依然としてインターネットに接続できない環境は、2024年現在も存在し得ます。とくに自然災害の多い日本においても、2018年の北海道胆振東部地震や2019年の台風15号による大規模停電など、当たり前に使えるはずの電気やインターネットが寸断される状況は途上国に限らず、先進国においても依然解決すべき課題であります。
そこで、ウェブ技術をベースとしながらも、完全オフライン環境下で利用可能なローカル環境下でのウェブホスティングを軸に、費用対効果や汎用性で評価の高い Raspberry Pi を前提としたオフラインウェブ地図サーバを効率よく運用するシステムを構築し、インターネット環境から途絶された状況下でも、利用可能な強靭性の高い非中央集権型のウェブ地図サービス UNVT Portable を国連UN OpenGIS Initiative のプロジェクトとして実装します。
# 2. 非中央集権型の大容量地理空間情報データ配信
近年、高解像度の人工衛星・ドローン画像や、360°パノラマ画像/動画データ、LiDARやフォトグラメトリによる3次元点群データ、そして都市のデジタルツインと呼ばれる3次元モデルデータといった、多種多様でかつ大規模な地理空間情報データが流通を始めています。
これらをウェブで公開する場合、多くはAmazon S3 などを代表とする大容量クラウドストレージサービスを用いることで実現できますが、これらの大容量地理空間情報データを、大手プラットフォーマーに依存しない形でサービス運用する方法を国連 UN OpenGIS Initiative, WG7 Smart Maps チームは IPFSプロトコルを採用し、複数台の Raspberry Pi 端末で構成された非中央集権型の大容量データ配信 Smart Maps Bazaarをテストしてきました。
これらの経験をふまえて、より実用的で運用しやすい非中央集権型の大容量地理空間情報データ配信をRaspberry Pi ベースで誰でも実装可能とすることが2番目の目標です。
オフラインウェブ地図サーバ UNVT Portable も大容量地理空間情報データ配信サービス Smart Maps Bazaar いずれも費用対効果が高く、汎用的な Raspberry Pi デバイスをベースとすることで、先進国・途上国問わず、誰もがその恩恵に与れることを第一に、ミラノ工科大学(POLIMI)での実装をすすめ、地理空間情報の更なる民主化を促進し、持続可能な地理空間情報社会の実現を社会実装するベースを築いていくことを目指します。
世界がまだまだ不安定で、平和とは言い難い世の中ですが、ボトムアップの力が世の中を支え、独裁的な仕組みからの脱却を技術的に実現するために一歩でも前進する礎として、この1年間が少しでも世の中の役に立つよう全力で取り組んでいきたいと思います。
Ciao!