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仕事は6・7割で行ったほうがいいけれど、始めから手を抜くつもりだとメリハリの張りがない。

仕事は6・7割で行うほうがいいという話は聞く。

常に11割、12割で働いたら、突然働けなくなるリスクがあるからだ。

仕事は、毎日出勤することと、終業時間まで働くことが大切。

11割、12割で働くことを推奨する方はいないと思う。

かといって、初めから6割・7割でいい、と思って取り組むと、

人としての次元が下がってしまうのではないか、

と、気になる。

少なくとも仕事をし始めた時は、

狡いことはせずに、10割の力で取り組むといいかもしれない。

もちろん、先々のことも考えると、

11割・12割にならないように気をつけることも同時に行う。


理想は、10割で取り組んだ経験を得て、

リミッターを緩めれば10割で取り組める状態を常に作り、

そこから引き算して6割・7割で行う感覚が、

よいかもしれない。


何かを頑張るということは、何かをいい意味で頑張らないことかもしれない。

欲張って、全てをそつなく頑張ろうとするといい意味で疲れてしまう。

オーバーワークは、必ず調子の変化として出現するため、

欲張って、全てをそつなくこなすことは、

初めから考えなくていいかもしれない。

何かを頑張る分、何かを頑張らない

と言われても読み手さんはピンとこないかもしれない。

例を出すと、

A   仕事と趣味は意識的に頑張るから、人付き合いを頑張り過ぎない。

B   人付き合いと趣味を意識的に頑張るから、仕事を頑張り過ぎない。

C   仕事と人付き合いを意識的に頑張るから、趣味を頑張り過ぎない。


人それぞれの価値観があって、全て正しい。

しかし、このくらいは頑張ってもらわないといい意味で困る、

というラインに自分が達していない場合は、

それを考える必要があるけれど。

仕事=他者満足、他者貢献
そのため個人の感情は持ち込まない。与えられた仕事をこなし、役割に徹する。

上司が評価した時、自分が、そのラインにいい意味で達していないのならば、

斜に構えず、受け取ることが必要かもしれない。


このくらいいい意味で細かく書かないと、

読み手さんに、いい意味で、二元論で考えることをさせてしまいそうだ。

世の中は二元論、白黒では成立しない。

二元論、白黒思考に支配された方の脳内よりも、

もっと高度で、複雑だ。


私は、仕事も人付き合いも趣味も、

半分頑張って、半分頑張っていない。

何かを頑張った分、他の何かは頑張ることを瞬時にいい意味で諦め、

(次の瞬間、また、何を頑張り、何をいい意味で頑張らないのか、選択を迫られる)

常に心と体に、休息を促し(動いている間もね、全集中の呼吸かもしれない)、

選択を繰り返し、最終的に安定した成果に結びつける。


訓練という意識で毎日を過ごしたことにより、

選択することが上手になった。

選択する際に、いい意味でロスする時間も決断力も最小になった。

この才能は天性のものだけではなく、

訓練によって開花したものでもある。


体力も大切かもしれない。

何かを頑張り、何かをいい意味で諦めること。

それをプラマイゼロにしないためには。

頑張ることで生み出すパフォーマンス(X)が、
いい意味で諦めることで発生する損害(Y)

以上になる必要がある。

それを実現するには、体力・精神力が要る。

体力と精神力がある。

ただそれだけで、働く資質がいい意味であるかもしれない。




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