【声劇台本:2人用】デスティネーション
“デスティネーション“
ジャンル:愛憎劇(仮)
こちらは声劇を想定した台本になります。
よろしければお読みいただけると幸いです。
◆内容
教会に居る2人の他愛のない雑談風景。
「あなた様」は「君」に己の過去の女の事を話す。
それはとても歪んでいて、冷酷なものだった。
命とは、その人にとって「捨てたいもの」だったのだ。
◆登場人物
あなた様:性別不問。生気や覇気がない。自死願望があるが、妥協を許さない。
君(きみ)::性別不問。「あなた様」の話を面白がって聞いている、変わった人。
・声劇等で使用される際は作者名をどこかに表記またはどこかでご紹介下さい。作者への連絡は不要です。
・性別・人数・セリフの内容等変更可です。また演者様の性別は問いません。
・自作発言はセリフの変更後でもお止めください。
・アドリブ可。好きに演じて下さいませ。
(以下、本文)
**************************************************
◆教会 座席
(教会の座席に「あなた様」が、通路を挟んだ座席に「君」が座っている)
あなた様:「まいちゃん」はね、とてもお淑(しと)やかな子だった。
いわゆる良家の娘ってやつでね。紺色(こんいろ)の着物が良く似合っていて、手入れされていた黒く長い髪も、とても艶(あで)やかだった。
その頃の僕はと言えば、仕事もせずにひとり家で窓の外を観察するだけの木偶の棒(でくのぼう)でね。まあ、金なら腐るほどあったんだし、食扶持(くいぶち)には困らなかったんだ。
彼女と最初に会ったのは、神社のお賽銭箱(さいせんばこ)の前だった。彼女は背中を丸めて、それはもう念という念を込めて、拝んでいたね。
散歩のついでに寄っただけで、さっさと小銭を投げて帰ろうと思っていたのだが、何故(なぜ)かね。呼び止められたんだ。
後から聞けば、僕は非道(ひど)い顔をしていたらしくてね。今にも倒れそうだったと、そういえば食べるのも面倒くさかったんだ。
饅頭(まんじゅう)を渡されたよ。立派な焼印(やきいん)が付けられた、いかにも高そうな饅頭だった。
隅にあった椅子に一緒に腰かけて、僕が面倒くさそうに饅頭を食べるのを見て、まいちゃんは笑っていたよ。謝りながらね。
しばらく無言で過ごしていると、彼女の語りが始まった。まいちゃんは神様に、己の死を願っていたそうだ。父と母からの厳しい躾(しつけ)や芸事(げいごと)、果ては突然勝手に婿(むこ)を決められたと、嘆(なげ)いていた。いかにも良家ならではの悩みって感じだろう?
ただ、その自死という願いに、僕は共感した。
君:ほお。共感ですか。
あなた様:丁度僕も人生という駄作(ださく)に飽き飽きしていたところだった。そろそろ死のうと考えていたんだ。僕の告白を聞いて、まいちゃんは目を輝かせた。他にも自分みたいな人間がいるという事に驚いたのだろう
それから、2度、3度と…まいちゃんとの対面を繰り返した。まいちゃんは親の目を盗んで僕に会いに来るのが、余程楽しかったらしい。僕の家に来るたび頬を上気させるまいちゃんは、なんとも可愛かった。いつもの上品さを忘れた仕草(しぐさ)に、僕は惹かれた。愛なんていつの間に在ったのだろう。僕もまいちゃんと一緒に居るのは、苦ではなかった。
そして、いつ死のうか、いつ心中しようか、と、まいちゃんは期待を込めた瞳で僕に聞いてくるのが、彼女のお決まりだった。きっとまいちゃんはきっかけが欲しかったのだろう。僕というきっかけが現れた事で、彼女の死への欲は栓が抜かれたようだった。
何度繰り返した先の逢瀬(おうせ)だっただろうか。その日は嵐だった。ギシギシと鳴る家の柱を見て、僕は言った。
そうだ、今日、心中しよう、と
君:おお、ついに!
あなた様:今なら川が増水している。少し歩いた先に橋がある。そこから一緒に飛び込もうと提案した。
まいちゃんは目を輝かせた。ゆっくりと歩く僕を急かし、傘をさすのも面倒だったので、どうせ濡れるんだし、雨に打たれながら橋まで来た。
予想通り川は増水し、流れは勢いを増していた。低音で唸(うな)る川の音が心地よい。僕は手を繋いぎながらそれを眺めて、まいちゃんは僕の顔をじっと見ていた。
その時、まいちゃんが、言ったんだよ。
「ついに、ついにあなた様と心中できるのですね。あなた様と一緒なら、あの川の底も、星空輝く美しい夜空に包まれるようなのでしょう」
それを聞いて、僕は、引っかかってしまった。
君:引っか、かった?
あなた様:僕が想像する心中とは、目に映る景色全てが重い黒で塗りつぶされるような、夢も希望もないコト。あってはいけないものだ。
彼女が心中を「美しいもの」と見ているのならば、彼女は死に希望を持っているという事だ。希望を持った人間が自死などしてはいけない。僕の掲(かか)げる理想とは程遠(ほどとおい)いものだからだ。
僕は、冷めてしまった。彼女は僕と見ているものが違う。それに気付いた途端(とたん)興味という興味が失せたんだよ。残念ながらね。
やはり止めよう。そして、金輪際(こんりんざい)僕とは会わないでくれ。そう伝えた時、彼女の顔は凍り付いた。
僕がその場を去るために踵(きびす)を返すと、彼女は僕の服の袖を掴んだ。当然振り払った。その拍子で彼女は膝(ひざ)をつき、泣いた。跪(ひざまず)き、手を伸ばし、何度も何度も僕に懇願(こんがん)した。謝った。ただ僕との価値観に違いがあっただけだというのにね。
それ以来、僕は彼女とは会っていない。
おしまい。
(「君」が拍手をする)
君:…素晴らしい!素晴らしいお話でした!
あなた様:ご清聴(せいちょう)痛み入るよ
君:「ほうちゃん」「うみちゃん」の話に続き、「まいちゃん」の話も傑作(けっさく)でしたよ、いやあ、素晴らしいモノを聞けた!良かった、良かった!
あなた様:そんなに持ち上げないでくれ。僕は「素晴らしい事」など一つもしていないよ。全くね
君:ご謙遜(けんそん)を。私は「まいちゃん」の話を聞いて、あなた様という人間の深みを垣間見(かいまみ)た気がしますよ。しかし、いささか勿体(もったい)ないのではないですか?
あなた様:…もったい、ない?
君:そうです、折角(せっかく)心中できる相手が見つかったのです。多少の些事(さじ)には目を瞑(つぶ)って「まいちゃん」の思いを受け入れてもよかったのでは?
あなた様:クク…「ほうちゃん」の話をしている時から思っていたが、君は不思議な感性(かんせい)を持っているようだね
君:そうでしょうか?自覚は無いのですが。
あなた様:そうだとも。普通の人間がこの話を聞いたなら、僕の事を「ひとでなし」と罵(ののし)っている事だろうに。
君:罵(ののし)る…思いつきもしませんでした。私にはあなた様が、この聖堂(せいどう)に掲げられた女神像よりも、美しく見えますよ
あなた様:適当(てきとう)な事を。でも、そうだね……なぜ彼女を受け入れなかったか、だったね。僕は、心中については妥協はしたくないんだ。
君:ほう
あなた様:だって自分の死は一度しかないんだ。ならば極上の心中を味わいたい。暗く、黒く、真っ逆さまに。僕が想像できないような、夢も希望も未来も過去も飲み込んでくれるような、あっけない死が欲しい。それを共有できるヒトがいるなら、なおさらに。
君:あっけない死…それは、あなた様の中では、どういう事なのか、固まっていないようですね
あなた様:ああ、別に突然銃で撃たれたり、車に轢(ひ)かれたり、ありふれたものでも構わないんだ。が、彼女の心中は違った。彼女は死に先があると思っていた。極楽浄土(ごくらくじょうど)や異世界転生、心中はそんな場所に行くための片道切符だとでも勘違いしていたのだろう。
君:おや。あなた様は天国や地獄がないと考えているのですか?
あなた様:無いね。死ねばそれまで。手にした線香花火がフッと光を失うように、意識が消えるだけ。僕はその瞬間のために生きているのだよ
君:ふふ、数ある宗教団体が聞けば目の色を変えそうな意見だ。そういえばあなた様は
あなた様:なんだね?
君:あなた様は、なぜこんな教会に足を運ばれたのですか?天国も地獄も、おそらく神も信じないでしょう、あなた様が
あなた様:ああ、そのことか…。あそこに、懺悔室(ざんげしつ)があるだろう?
君:ええ…え?もしや、懺悔(ざんげ)したいと考えているのですか?
あなた様:いや、僕はとにかく暇人でね。思い至っては、ここの神父に先程のような話を聞かせていたのだよ。懺悔と偽(いつわ)ってね。あまりにも同じ話をするものだから、毛嫌いされているらしい。最近は僕が来ると、この教会はがらんとしてしまう。
君:ふふ…なるほど。単なる暇つぶしだと。悪い人だ。
あなた様:その通りだよ、くく…。以前は家の中で静かに過ごすのを好いていたが…最近は雑踏(ざっとう)の中も悪くないと考え直してね。
君:おや、意外です。恐らく人嫌いなのではないかと思っておりました。
あなた様:私もそうだと思っていたのだがね…自分でも意外と思うよ。人間観察が出来るのがいい。人は自分を隠しているようで、実は本能をむき出しにしている。自分さえ良ければ良いと考えている所など、とても興味深い。
君:そうですか?私には、人間は本能のままに他人を蹴落(けお)として餌に群がる、酷く見苦しい不細工な豚にしか見えませんが
あなた様:今の台詞(せりふ)で、君がどんな人なのか少し分かった気がするよ…。それに私は恐らく、無意識に。次の人を探しているのかもしれない。
君:次…ああ、なるほど、なるほど。ふふ…。
あなた様:そう、心中相手だよ。
君:そうであれば良いと思っていました。やはりあなたは…。
あなた様:そういえば。
君:はい?
あなた様:君は何故、協会に来たんだい?
君:ああ…それですか。私もね。「まいちゃん」みたいに、神に祈っていたのですよ。願いが叶いますように、と。
あなた様:おや、君は宗教家だったのかね?
君:違います。私もあなた様と同じく、神を信じていない、只の暇つぶしですよ。でも、願いは届いたようだ。
あなた様:ほう?
君:ふふ…
(「君」が立ち上がり、「あなた様」の方へ歩いていく。「君」は「あなた様」の前まで来ると、左手を胸に手を当て、頭を下げた)
君:どうか、次は私を心中相手に選んでくれませんか?
あなた様:…おや、驚いた。君は僕の話を聞ければそれでいいと思っていた。
君:そんな薄情(はくじょう)な人間ではございませんよ。あなた様の話を聞いて確信しました。私にはあなた様が必要だと。
あなた様:ほう…
君:私の願いを叶えられるのはあなた様だけです。どうか、私と心中してくれませんか?
あなた様:…………。いや、遠慮(えんりょ)させてもらうよ
君:…なぜですか?
あなた様:まあ、僕は君を、愛してはいないからねえ
君:愛して…ですか。
あなた様:そう、心中する相手は、やはり愛する女が良い。
君:愛など、これから育(はぐく)めば良いのではないですか?
あなた様:君とは無理だよ
君:何故です?
あなた様:君は、私を尊敬しすぎている。そんな人間と愛し合えるほど、僕は器用ではないよ。
君:心中には、愛が必要だと?
あなた様:そうだよ。
君:まるで、性行為ですね。
あなた様:ほう…意外と下品な例えをするね。
君:ああ、すみません。ですが、頭にパッと思い浮かんでしまって。
あなた様:いや、気分を害したわけじゃない。謝るよ。そうか。性行為か…
君:もしや琴線(きんせん)に触れられましたか?
あなた様:そこまででは…いや、そうだ。言い得て妙(みょう)だよ。愛に溺れるという意味なら、心中とは、最高の性行為だ。
君:恐縮(きょうしゅく)です。そこまで言って頂けるなんて
あなた様:そうか、僕の死への欲求は本能だったのか。成程、なるほど。
君:何かは分かりませんが、一助(いちじょ)になれたのなら、なによりです。
あなた様:さて…僕はそろそろ行くよ(腰を上げる)こんな下らない話に付き合ってくれてありがとう。
君:おや、帰られるのですか?
あなた様:帰る…?ああ、言ってなかったね。
君:え?何をでしょう。
あなた様:僕の家はね、燃やされてしまったんだ。全焼さ。あの敷地には何も残っていない
君:え…?そうだったのですか?
あなた様:放火との話だが、恐らく彼女の仕業だろう。警察には犯人は捜さないでくれと言った。因果応報(いんがおうほう)、これぐらいの報いなら甘んじて受けよう
君:寛大(かんだい)なお心、やはりあなた様は素晴らしい人だ。心中できないのが口惜しい。
あなた様:それは申し訳ない
君:もし私が、今ここで無理矢理あなた様の首を絞め、その後、自ら命を絶ったら、これはあなたの心中になれますか?
あなた様:それも悪くないが、止めておきたまえ。私を殺したら、君は恐らく興奮して、生を謳歌(おうか)したくなるんじゃないかな?
君:なんと…そこまでお見通しとは。御見逸(おみそ)れしました。
あなた様:では
君:どこへ行かれるのですか?
あなた様:そうだね…そろそろ歩(あゆ)んでみようかな。うん、それがいい。それがいい…。
(「あなた様」が立ち去る)
君:ふふ…。次々と女を魅了(みりょう)しては傷心(しょうしん)させ、死にたがるあなた様は、一般人から見れば、次々に女どもを喰う悪鬼(あっき)、怪物にみえるのでしょうね。ですが、私には、私にとって…あなた様は芸術品です。いずれまた、観察させてください。ふふふ…。
◆昼間 街中
あなた様:…おや。やあ、お久しぶり。「りんちゃん」…。
(終わり)
**************************************************
◆おまけ ここまで読んでくれた人へ◆
「あなた様」の話に出てきた女性の名前「こうちゃん」「うみちゃん」「まいちゃん」そして「ゆんちゃん」
この女性たちの頭文字、最後「ゆんちゃん」はちょっとズルして、2文字目の「ん」を取って、繋げると…
「ほ」「う」「ま」「ん」…つまり、「放漫」になるんですねえ~!
ちょっとした仕掛けです。以上、失礼しました!