SaaSビジネスではカスタマーサクセスが主役ではいけない
freeeでCXO(Chief Experience Officer)として顧客体験に責任を持つ仕事をしている尾形と申します。
freee Success Advent Calendar 2021も早いもので最終日になりました。
今日まで、カスタマーサクセスを担当しているfreeeのメンバーからカスタマーサクセスの取り組みについての紹介やなぜカスタマーサクセスという仕事が魅力的なのかなどについて多くが語られてきましたので、私からは逆にSaaSビジネスにおいてカスタマーサクセスが主役ではいけないという話をさせてもらいます。そういう意味では、このお話はカスタマーサクセスのことを知らない人よりは、実際にSaaSビジネスでカスタマーサクセスを担当している人向けのメッセージとして作っています(SaaS用語がわからない場合はこちらにまとまっているので調べてみてください)。
成長ステージに入ったSaaSビジネスにおける最重要指標とは
数多くのSaaSの記事が取り上げているので繰り返しになりますが、Product Market Fit(PMF)をを満たし、LTV/CACが一定水準を超えて成長フェーズに入った企業にとって最も重要な指標はGross Revenue Retention (GRR)、もしくはNet Revenue Retention(NRR)です。
GRRとはある一定の時期に獲得したARRからその時期に失ったARR(プロダクトの解約やダウングレードによるARRの減少)を差し引いた数字です。これを当初のARRで割るとGRRの数字がパーセンテージで表すことができます。100%が最高の数字ですが、100%を実現している会社は存在しません。
NRRとは、GRRに同一顧客のアップセル・クロスセルを加えたもので、これは100%を超える可能性があります。エンタープライズ領域で大成功しているグローバルSaaS企業は100%を大きく上回る数字を出しているところもあります。スモールビジネスをターゲットにする程、この数字の実現は大変です。
GRR、NRRは成長ステージに入ったSaaS企業にとってとても重要です。GRRが低ければ獲得の効率がとても悪いことの証ですし、NRRが大きくマイナスであれば、積み上がっていくはずの継続売上が積み上がらずむしろ足を引っ張ってをしてしまうので事業の成長にとって大きなマイナスインパクトを与えることになります。逆にこの数字がプラスであれば、毎年の顧客獲得に「加えて」既存顧客からの売上が積み増されるのでサブスクリプション売上が増えるほど事業が順回転して大きく成長に寄与します(左がNRRがマイナスで足を引っ張っている例で右が順回転の例)。
https://www.forentrepreneurs.com/saas-metrics-2/
最重要指標におけるカスタマーサクセスの重要な役割は
カスタマーサクセスの役割はとてもシンプルで、Churn rate(解約率)を下げることでGRRを100%に近づけることです。企業によってはアップセル・クロスセルも担当しており、NRRそのものに責任を持っている会社もあると思います。
この最終結果指標に貢献するためにカスタマーサクセスが果たす役割は多岐に渡ります。まさに今までのカレンダーで共有されてきたような取り組みを中心に、オンボーディングの成功に向けたコンサルティング、コンテンツの提供、サポートに寄せられる質問への回答、使いこなすためのセミナー、アドバイス、新しいプロダクトや機能のご案内、契約更新の手続きの他、お客様の期待値と提供サービスが合致しなかった場合の対応等、とにかく大車輪の働きをします。
事業の規模が小さければ1名〜数人の担当者がこれらをこなす必要があるいわゆるマルチタスクとかスーパーマンのような人材が求められます(freeeにもかつてスーパーマン的なカスタマーサクセス担当者がいました)。事業の規模が大きくなってくるとそれぞれの仕事が複数人の担当者でこなす程の大きなものになり、次第に重要性を増していくことになります。ここらへんのどのタイミングでどんな人材を求めるのかについてもとても語りたい気持ちはありますが、今日の本題とはずれるので割愛します。
なぜ主役ではいけないのか
このようにいろんな場面で目立つことになるカスタマーサクセスですが、勘違いしてはいけないことは、SaaS事業は究極カスタマーサクセスではなく、カスタマーであるということです。
SaaSが主流になっていくことでカスタマーがサービスを使い始めるのは楽にになり、要件が合わなければ解約するのも楽になっていきます。そこでの主役はあくまで「カスタマー」です。
そしてカスタマーからすると、freeeが提供しているソフトウェアもカスタマーサクセスが提供するサービスも全部ひとくくりにしてfreeeという体験になります。したがって、カスタマーサクセスの役割は自分たちがいろんなところで頑張ってサービスを提供するのではなく、社内の開発チームや時には顧客も巻き込んだ体験の改善に取り組む必要があります。そのためには、時にはプロダクト改善を主導したり、料金体系を変更したり、発信するメッセージを抜本的に見直したりとあらゆるチームを巻き込んだプロジェクトの推進が必要となります。
このとき、カスタマーのサクセス状態が本当に実現しているサービスにおいては、カスタマーから見ると必ずしもカスタマーサクセスは目立つ存在では有りません(逆に目立っていたらそれだけ他のプロセスがまずいということ)。そして、社内から見てもやはり主役はそのプロジェクトに最終責任を持つ開発リーダーや、マーケティングチームだったりしますが、そのインパクトはカスタマーサクセスが自ら主役となる状態よりも大きな価値を届けることが可能になります。つまり、逆説的ではありますが、カスタマーに最も大きな価値を届けることができるカスタマーサクセスの仕事は、自分達が主役ではない時に実現されるのです。
まとめ
成長ステージに入ったSaaS企業にとって重要な指標であるGRR、NRRを向上させるためには、カスタマーサクセスがとても重要です。ただし、そのカスタマーサクセスの実現においては、カスタマーサクセスというチームが主役である限りは小さなインパクトしか生まれず、むしろ顧客にとっても、社内にとっても目立たないような役割を果たす事ができる様になった時に、本当に重要な役割を果たすことができていると言えるのではないか、というお話でした。
今日までfreee Success Advent Calendar 2021を読んで頂き、ありがとうございました。引き続き皆さんとSaaS業界のカスタマーサクセスを盛り上げていければと思います。