aikoの「ハニーメモリー」聴いていたら妄想小説出来上がった。
それがこれです。
⚪︎〇〇
生まれてはじめて家出した。
子供の頃から何度も家出願望があった。
こんな場所から消えたい。
消えてなくなりたかった。
でも臆病者の私には家出する勇気がなかった。
どこに逃げればいいのだろう。
逃げた私を迎え入れてくれそうな友人なんてただの1人も思い浮かばない。
まさか35歳になっても状況が1つも変わっていないなんて。
唯一の自分で選んだ家族で、初めて家庭というものを教えてくれた人、私の夫に、私じゃない好きな人ができた。
嘘が下手で、それは彼の1番の魅力でもあるのだけれど、純粋すぎる彼は、彼の恋を何一つ隠せていない。
それでも変わらずに、私のことをとてもとても大事にしてくれている。
それでも他にも大好きな人ができた。
きっと「女性」として大好きな人が。
彼の優しさがこんなに辛く感じる日がくるなんて思いもしなかった。
心臓が日々押し潰されていく、この感じ。
学生時代の恋愛が終わる前にとても似ていて、それがまた私を悲しくさせる。
今日も彼女といるんだ。
疑いというより、もはやそれは事実だ。
彼が「仕事で遅くなる」という優しい嘘のLINEをくれた。
どうしてもこのまま普通の顔して彼に「おかえり」は言えないと思った。
私に勇気があれば、この部屋で首を吊って彼を迎えたかった。
それが1番彼を傷つけられると思ったから。
そう。
どうしても彼を傷つけたかった。
自分が傷つけられたのと同等の、それ以上に深い傷を負わせたかった。
でも、死ぬのは怖い。
死に切れなかったら…を想像するのが怖い。
死ぬまでに味わう地獄を想像すると、どうしたって私には自殺なんてできやしない。
臆病者なのだ。
死ぬこと以外で、彼をどうにか傷つけられないか。
やっぱり家出しかなかった。
私はポーチに化粧水と美白美容液と乳液。そして必要最低限の化粧品をつめた。
パジャマから明日の仕事の服へ着替えた。
プライベートな事情で職場に迷惑をかけるなんてとんでもないことだ。
明日も変わらず、何も変わらない風で、仕事に行かないと。
仕事の服を着て、仕事用のリュックに化粧ポーチと江國香織を一冊、南アルプスの天然水の500を1本。
家出の準備が整った。
さあ…どこへ行こう。
本当に世の中の家出族はどこに行くのだろう。
深夜2時に。
電車も動いていない。
カフェだって空いていない。
そもそもカフェなんてこの街にないじゃないか。
もし深夜2時に押しかけても受け入れてくれる友人がいれば…と想像するけれど、
私が逆の立場だったら、どんなに仲良しでも深夜2時に押しかけてくる人間を迎えいれることはできない。つまり私にはこの先もそんな人間関係は絶対結べないんだ。
やっぱりあそこしかないや。
前々から家出するならここしかないかも…と実は目をつけていたのだ。
家から徒歩10分。
24時間営業のコインランドリーだ。
深夜でも明るいその場所に、家出しよう。そう決めた。
コインランドリーに行くのだから洗濯物を持っていかねば。
私が恐れているのは、何より、不審者だと思われること。
もし洗濯物をもたずにコインランドリーにいることを咎められたら、それはとても困る。(防犯カメラ設置!と、おおきく書かれていたはずだ…)
ちょうど今朝、布団の衣替えをしたばかりだった。
夏物の敷布団カバーと薄手のタオルケットを胸に抱え、私は家出した。
薄い三日月が綺麗だ。
オリオン座もはっきりと見える。
夏布団を抱えた家出の旅路は順調だった。
コインランドリーに到着するまでは、、
コインランドリーには先客がいた…
遠目でよくは見えなかったけれど、あまり感じが良いとは言えなさそうな中年男性が1人。
最悪だ。
あの変に明るい密室に、深夜に、おじさんと2人…
無理。
夏布団を抱えたまま私は角を曲がった。
どうしよう…
完全に想定外だった。
深夜にコインランドリーに来たことはなかったけれど、何故だか当然に、誰もいないと決め込んでいた。
家へと続く道を歩きながら焦った。
このままじゃ夏布団を抱えた夜の散歩だ…
いや、私は35年分の勇気を振り絞って家出したんだ。
ここで帰るなんて!!ダメ!!!
私は再び角を曲がった。
そう、コインランドリーへと戻るために。
あのおじさんの洗濯が完了していることへの望みをかけて。
片道10分。往復したら20分は経っている。
終わって帰っている可能性の方が、きっと高い。
だってもう2時だよ?
明日月曜日だよ?
はよ、帰りなさいよ。
祈るように歩いた。
三日月に、オリオン座に、神様に、祈りまくった。
抱えた夏布団は熱を持ち、30分ほど歩き回った私の額からは汗が流れ始めてきた。
なるべく、なるべく、ゆっくりと歩いた。
おじさんはまだいた。
もうダメだわ。
やめやめやめ。
家出に慣れてなさすぎる。
家出不器用すぎる。
もう帰る。
まだ夫の帰っていない、寂しい家に。
コインランドリーからの帰り道、私の横をパトカーがやたらとゆっくりと進んでいったので汗が余計に吹き出した。
職務質問なんてされたら…!
家出したばっかりに、おまわりさんのお世話になってしまったら…!
ビクビクと夏布団を抱え歩く女。
不審…!
でもパトカーは止まることなく、そのまま進んでいった。
おまわりさん、深夜の街をああして守ってくれているんだね。ありがとう。
ホッとしたらなんだか情けなくてバカらしくて夏布団を投げ捨てたくなった。
でも家に再び帰ってくるまでしっかり抱き抱えていた。
どこまでも私は臆病者なのだ。
果てしなく臆病者だ。
何一つ破天荒な行いも不良な振る舞いもできやしない。
私の初めての家出は1時間もかからず終了した。
そして今、この家出放浪記を書いている。
夫はまだ帰ってこない。
私の密かな家出に気づくはずもなく、この部屋に明け方、そっと帰ってくるのだろう。
いつものように洗面所の電気だけ灯りを残して、私は布団に潜りこむ。
家出なんてしても何も変わらないんだ。
こんなことで彼は絶対傷つかない。
私にできる事は、いつかの未来に、私がもう側にいない未来に、その時に、彼が粉々に傷ついている。
そんな妄想だけなんだ。