右と左 について
私は、右と左が未だに覚えられない。
どうしてなのかわからないが、未だに覚えられずにいる。
完全にわからない訳ではない。
けれど、一度心の中で確認しなければならない。
急に聞かれたものならば、小さいパニックを起こしてしまうのだ。
小学生の頃は、右と左を使わない世界で過ごした。
わからなくとも、なんとかなった。
みんなと同じ方向を向いていれば、なんとかなったのだ。
中学生になって、大きなショックを受けた。
周りがあまりにもしっかりと右と左をわかっていたことに、唖然とした。
世界に私だけ置いてけぼりにされたような気にすらなった。
そこであみ出した苦肉の策が、右手の甲に「右」、左手の甲に「左」とペンで書くということだった。
友人たちに手の甲を見られないよう、庇いながらの学生生活は大変だった。
ノートはほとんど、白紙だった。
しかし、右と左がわからないという恥ずかしさに比べれば、耐えることができた。
一度確認してしまえば、しばらくはなんとかやり過ごせた。
しかし時間が経つと、やはりどうしても、わからなくなってしまうのだった。
高校生になると、右手にだけ小さい点を書く という、画期的な案を思いついた。
右手の甲に、“黒子に見えなくもない” というコンセプトをもとに、毎日毎日黒い点を書いた。
毎日同じ場所に点を書いていたものだから、お風呂に入ってもうっすらと跡が残っていた。
そして閃いた。
いっそのこと、右手の甲に、小さい黒子のようなタトゥーを入れてしまおうと!
嬉しかった。
救われた気がした。
もう大丈夫だ。
この日は、自分を自分で抱きしめながら眠った。
しかしこの案は、母親の確固たる反対により呆気なく断念された。
戦いは、また振り出しに戻ったのである。
大学生になり困ったことは、車の助手席に乗った時であった。
どうやら道案内をすることが、助手席に乗った者の定めらしい。
友人はいつも、右?左?どっちなの???と少し威圧的に聞いてくる。
そんなに急に聞かれても、正直困る。
しかし私は力無い声で ごめん右だった と呟くことしか出来なかった。
そんなある日、自分と向き合う時が来た。
あまりにも時間を持て余していた為、何故右と左が覚えられないのかについて、真剣に考えてみることにしたのだ。
辿り着いた結論としては、
興味がないから だった。
そうだ、私は、興味がなかった。
右と左について、全く興味が湧かない。
正直、どっちでもいい。
そんなことを覚えるくらいなら、かっこいい四字熟語を覚えていたい。
私の脳には、興味が無い事まで覚えておく余裕などないのだ。
なーんだ、こんなに簡単なことだったのか。
今までの試行錯誤していた時間は、何だったのだろう。
そう、これからは、
私は右と左が覚えられない
という事だけを覚えて生きていくことにしたのだ!
これならなんとか、覚えれそうだ
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