センデロのテロか アンデスの村で16人殺害〜大統領選のこのタイミングに思うこと
22日ペルー・アンデス山脈の山深い町で、住民16人が殺害される事件が起きた。国家警察はテロ組織センデロ・ルミノソによる犯行だとして捜査を行っている。久しぶりに聞くセンデロの名前とともに、現在真っ只中の大統領選にも暗い影を落としている。
事件は先週土曜日、首都リマから遠く東のアンデス山中に位置するブラエム地方ビスカタン・デル・エネ地区にある村、サンミゲルの酒場で起きた。殺害の状況は明らかになっていないが、警察は重火器が使用され、遺体は焼かれていたとしている。犠牲者には女性と子どもも含まれている。
サンミゲルは人口1万あまりで、アンデス山脈の尾根の間を流れるアプリマック川の渓谷が続く山深い所にある。ブラエム地方の主な産業は、コカの栽培だ。ブラエム地方とは、ペルーの地方自治体ではなく、5つの県にまたがっていることから、行政や警察の監視が届きにくい地域だと想像できる。おそらくこの地形的な利点を生かして、住民はコカを栽培し、麻薬密売組織がさばいていると思われる。
国立情報統計研究所(INEI)によると、ブラエムの生産総額(GVP)のうち、55.3%をではコカの葉が占め、ほかはコーヒーが16.6%、ココアが12.3%となっている。コカの葉の栽培面積は増加傾向が続いている。こうしたことから、Gestion紙は「ブラエムは、麻薬テロの中心地とされる」と解説する。
テロ組織にとっても秘密裏に活動しやすい場所なのだろう。90年代にフジモリ大統領と軍/警察が掃討作戦を行い、最近では名前を聞くことが少なくなった共産主義テロ組織、センデロ・ルミノソがこのブラエム地方を拠点としているというのだ。
Dircote(警察の対テロ部門)のアリオラ将軍はラジオ局RPPの取材に答え、サンミゲルの事件は「麻薬組織ではなく、センデロの犯行であることを疑っていない」と断定している。「現場に落ちていたセンデロの」パンフレットには、最近ブラエムで起きたテロ事件が評価されていることから、今回の事件は「同志カルロス(もしくはダリオ)」によって計画指揮されたと見ている。
一方、El Comercio紙も今回の殺害事件は、センデロ・ルミノソの残党が結成したペルー軍事共産党(MPCP)によるものと断定している。リーダーはビクトル・キスペ・パロミノ(通称「ホセ」)の指揮の下、ブラエムで何度も攻撃活動を行っているとしている。(リーダーとされる「同志○○」がRPPとEl Comercioで異なる)
El Comercioは警察や軍の情報をもとに、MPCPは麻薬密売組織と連携し、2021年にブラエム地方で少なくとも4件の軍事行動、7件の誘拐、22件の標的殺害を行ったとまとめている。3月23日には、15人のテロリストが、ブラエム地方のウアルカタンの町で、治安当局に協力したとして5人を誘拐し、未成年者2名を含む4名を殺害した。「ホセ」率いるグループ8人は、4月18日にもビスカタン・デル・エネで、治安当局に協力しているとして、ある男性を誘拐している。
公安筋はビスカタン・デル・エネはキスペ・パロミノ・グループが最も存在感を誇示している地区であるとして「グループはこの地域を戦略的に位置付け、領土支配を回復する証拠である」「この組織にとって歴史的な拠点であり、起伏の多い地形であるため、安全に活動できる場所である」と指摘している。
つまり、今回、16人の殺害事件が起きた地域は、センデロ・ルミノソが拠点とするコカの葉の栽培地帯だ。El Comercioは、麻薬密売組織と協力して勢力の維持拡大を図るテロ組織と、その壊滅を狙う公安当局の間で、住民が窮地に立たされていると解説している。
ビスカタン・デル・エネから1時間のところには警察の基地があり、2時間のところには陸軍の基地がある。軍と警察の捜査員たちは、人口の大半がコカの葉の栽培に専念しているこの地域で、常に情報収集と偵察活動を行っている。2020年10月に行われた軍の作戦では、「ホセ」の弟で当時組織のナンバー2だったホルヘ・キスペ・パロミノ「ラウル」が負傷した。今年3月、軍の統合司令部は、その作戦の結果として「ラウル」が死亡したことをコミュニケで確認した。
MPCP側は住民がどちらの側についているのか、ナーバスになっているようだ。記事にはMPCPの2020年1月付のパンフレットが掲載され、テロリストは、軍や警察に協力しないよう住民に恐怖心を与えることを戦略としていると分析している。パンフレットの第7項では、「警察官の手下である情報提供者やスパイを殲滅する。これらの裏切り者は、いとも簡単に警察官のガイドとなり、ブラエムやペルーのゲリラや労働者大衆から盗み、逮捕し、投獄し、殺害するからである」としている。
「村人は、軍人や警察官の存在を察知すると、すぐにテロリストの司令官に警告する。そうしないと、その住人は殺されてしまう」と、El Comercioはある情報筋を引用して住民の恐怖を伝えている。
大統領選への影響
折しも、ペルーでは大統領選の真っ只中。かつてセンデロの殲滅作戦を指揮したアルベルト・フジモリの娘ケイコ・フジモリと、左派のペドロ・カスティージョの決選投票を6月6日に控えている。世論調査ではカスティージョがわずかに上回っているが、誤差の範囲内ということと、どちらに投票するか決めかねている人が少なからず存在するため、予断を許さない情勢だ。
カスティージョ氏は地方の農家の生まれで、教員だったことから教員ストを指揮し、センデロとの関係が取りざたされている人物だ。1回目の投票の時には、憲法改正や資源国有化を訴えていたことから、ペルーがベネズエラのような国になってしまうのではと危惧する人が多い。
警察のDircoteのホセ・バエラ元大将は、El Comercioにサンミゲルのようなテロには軍事、政治、建設の3つの目的があると語った。"最初の目的は軍事的なもので、16人の死である。 それは彼らが「ルンペン・クレンジング」と呼ぶキャンペーンである。政治的な目的は、選挙の際に彼らが送るメッセージ、つまり「投票するな、無効票を投じる者、ケイコ・フジモリに投票に行く者は裏切り者だ」というもの。3つ目は、構造上、自分たちのグループの内部を強化するためのもの。彼らに賛同しない人たちには、「彼らを殺せ」というメッセージだ」と説明する。
そして、カスティージョ氏がことし3月、テロのあったブラエム地方のコカ農家の集まりに参加している動画がSNSで公開され、物議を醸している。しかもカスティージョを住民に紹介している人物はセンデロとの関係が取りざたされ、訴追されている人物だ。
ブラエムの事件をを巡って治安当局が即座に出したセンデロの情報や、カスティジョとの関係を示す動画。決選投票は僅差となる可能性があると考えれば、少しでも対立候補にネガティブな情報を出すのは、様々な人が考えることだ。ペルーでは政府関係者がマスコミにリークすることで対立関係にある人物を追い込むことがしばしばあるため、選挙期間中であることを考えると、ブラエムで起きたテロをめぐる情報には注意する必要がある。
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