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「不処罰の完璧なサイクル」で蔓延するメキシコ経由、死と隣り合わせの人身売買(3)

【写真】ヤニラ・チャベス ニューヨークロングアイランドの自宅で
Image: Ronny Rojas/Noticias Telemundo

 移民を運ぶトラックの運転手が悲惨だとしても、その乗客となる体験とは比べものにならない。2019年1月、ヤニラ・チャベスは幼い息子と娘を連れて、約170人を乗せたトラックで4日間移動した。

 現在36歳のチャベスは子どもたちと新年の4日目、ホンジュラス北部の小さな町を後にした。夫の待つ米国への旅を10,000ドルで請け負った地元のコヨーテに、彼女は最初の5,000ドルを支払った。コヨーテは、メキシコに入ったら飛行機で北部に移動するので、移民ではなく観光客に見えるように、車輪付きのカートを買うよう指示した。

 チャベスと子どもたちはホンジュラスからグアテマラ北部までバスで移動し、川を船で渡ってメキシコに入った。そこで夫に「あなたに少し近づいたわ」とメールした。
 ところが、メキシコでは飛行機に乗れないと知る。密航業者は移民たちから携帯電話を取り上げ、スーツケースを投げ捨て、巨大なトレーラーに乗せようとしたので、彼女たちは拒否した。「でも、もはや自分が乗りたいかどうかは問題ではなかった。もし乗らなければ、カルテルに引き渡すと脅されたから」

 トラックの中は息の詰まるような暑さだった。男は中央に一列に並んで座り、女は壁際にしゃがみ込み、子どもを両足で挟んでいた。トラックが動き出すと間もなく、2歳くらいの男の子が泣き出した。武装したコヨーテの一人が乗っていて「お前がその子を黙らせるか、俺が黙らせるか」と母親に言った。トレーラーの両端には排尿用のプラスチックのバケツがあり、「全員が気絶しそうな」悪臭が充満していた。
 ビジャエルモサからテキサス州に近いタマウリパス州レイノサまでの900マイルの間、移民たちがトレーラーから出たのは3回。そのうち1回は、警察の検問を逃れるために、日暮れまで数時間、裏山を歩いた。

 トレーラーから降りても、試練は終わらなかった。レイノサでは、チャベスと子どもたちは、最初はモーテルで、次に一軒家で1週間以上人質にされた。夫が合計14,000ドルを小口取引で送金して、なんとか解放してもらった。メキシコでは、親族が米国で待っていると密航業者に知られると、移民が誘拐されるのは日常茶飯事だ。

 ホンジュラスを出発しておよそ1か月後、チャベスと子どもたちはリオ・グランデ川を渡り、テキサス州マッカレンで国境警備隊に出頭し、亡命を求めた。彼女いわく、亡命申請は最近解決し、将来に不確実性はあるものの、ニューヨーク州ロングアイランドで静かな生活を送っている。時折、子どもたちに辛い経験をさせたことを思い出すと、罪悪感でめまいがする。特につらいのは、職場に資材を運ぶトラックが近づいてきた時だと言う。

完璧な不処罰の連鎖


 密輸ビジネスの被害者や遺族が、法の正義を目にすることは滅多にない。メキシコ司法省への公文書公開請求を通じて得た情報によると、2016年から2023年の間にメキシコの地方裁判所で人身売買の有罪判決が下されたのは、わずか35件だ。取材班は司法省の情報を、この記事のために作成したデータベースと比較した。その結果、移民の密輸トラックが頻繁に摘発され、年間の死亡者数が多いいくつかの州は、人身売買に関する捜査件数も最も少ないことがわかった。ベラクルス州では、司法省が2016年から2023年10月までに3件しか捜査していないのに対し、チアパス州でもヌエボ・レオン州でもそのような未解決事件はない。

 専門家や人権団体によると、メキシコのような国では、汚職に関する報告の優先順位が低く、移民に対する犯罪が処罰されることはまずないとされる。アムネスティ・インターナショナルの調査員・モニカ・オエラーは「不処罰の完璧な連鎖だ」と言う。国外追放を恐れる移民が、犯罪を報告することはほとんどない。密輸業者から報復される危険もある。「通報しましたか?と尋ねても、思い浮かぶことすらない」 とオエラーは言う。

 2021年12月にチアパス州で起きた事故で、息子ラフェリンを亡くしたドミニカ人の母親・ケニア・カスティジョにも、被害届を出すことは頭の片隅にもなかった。「私たちの一番の心配は、息子の遺体を家に持ち帰ることでした」と言う。4歳の孫が残されたが、ケニアはその子を合法的に養子に迎え、育てようとしている。息子が渡米するための借金も山ほどある。差し迫った現実と格闘しながら、ケニアは時々思う「息子の前にも後にも、出発した人はたくさんいる。どうやったらうまく行ったのだろう」彼女は肩をすくめ、息子の運命を諦めた。

 この事故は、移民の密航を抑制する転機となる可能性もあったが、逆に、システムの不全が露見する悲劇的な例となってしまった。事故翌日の記者会見で、メキシコのマルセロ・エブラル外務大臣(当時)は、ドミニカ共和国、エクアドル、グアテマラ、ホンジュラス、米国の高官とともに、マルティネス・カスティージョと仲間の旅行者たちに何が起きたかを調査する「即時行動グループ」を設立すると発表した。高官たちは、事故は「国際的な人身売買ネットワーク」のせいだと非難し、彼らを阻止すると誓った。外務省はグループの「行動、進捗状況、そして結果」を報告書で公表すると述べた。

 取材班が調べたところ、同グループは初会合を経て、2022年1月に一度しか会合を開いておらず、約束した報告書は一度も公表されていない。メキシコ外務省にグループの活動についてコメントを求めたが、返答はなかった。米国国土安全保障省は、グループについての具体的な質問には答えなかったが、広報担当者は「国土安全保障省捜査局はメキシコの国際犯罪捜査ユニットと協力して、人間の密輸と闘い、犯罪に関与する個人を起訴し、時には犯罪組織を壊滅に導いている」と回答した。

 チアパスの事故ではドミニカ共和国とメキシコで逮捕者が出たが、2年半近くたった今、どこかの国の誰かが、有罪判決を受けたという知見はまだない。


この記事はNoticias TelemundoとLatin American Center for Investigative Journalism (CLIP)が主導し、International Consortium of Investigative JournalistsとBellingcatが協力した”Cargo Trucks: a trap for migrants”の一部である。メキシコでは”Pie de Página” ”Chiapas Paralelo” ”En un 2×3 Tamaulipas”グアテマラでは”Plaza Pública”ホンジュラスでは”Contracorriente”が報道した。

寄稿者 
ヘスス・エスクデロ、デルフィーヌ・ロイター(以上ICIJ)
メキシコ:マルタ・オリビア・ロペス(En un 2×3 Tamaulipas)アンヘレス・マリスカル(Chiapas Paralelo)ロニー・ロハス、アルビンソン・リナレス、ダミア・S・ボンマティ(以上テレムンド)マリア・テレサ・ロンデロス、アンヘラ・カンタドル(以上CLIP)
ドミニカ共和国:アリシア・オルテガ・アスブン(Noticias SIN)

© 2024 — The International Consortium of Investigative Journalists. All rights reserved. (記事の翻訳にあたってはICIJの許可を取得済み)

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