メキシコ移民対策の現在地〜トランプ就任控え 苦難の道続く移民〜
米国のトランプ次期大統領が「1月20日の就任式の直後に、メキシコとカナダからのすべての輸入品に25%の関税を課す大統領令に署名するつもり」と発言したことが各方面で波紋を広げている。ラテンアメリカ諸国にとって選挙前から重要なイシューとなっているのは、この関税の代わりにトランプ氏が対策を求める「不法」移民問題だ。21世紀に入ってからの米国への移民は、メキシコを通過するラテンアメリカ諸国の人々が多数を占め、メキシコ政府は自国民ではない移民にどう対応するのか、特に第一次トランプ政権以降難しい対応を迫られてきた。
シェインバウム大統領は10月に就任して以降、前政権の移民政策を踏襲すると繰り返し発言しているが、前任者のロペス・オブラドール(以下AMLO)大統領の移民対策を振り返ることで、シェインバウム政権が移民を今後どのように扱うのか、考察してみたい。
中米などには農業支援
2018年に就任したロペス・オブラドール大統領は当初、前のPRI政権よりも「人道的」な政策を打ち出した。移民に人道的ビザを発給し、メキシコでの就労資格を与え、国内の通行を許可した。ほとんどの移民キャラバンは妨げられることなく国内を移動できた。
一方、移民問題の根本的な原因を解決するとして、グアテマラ、ベリーズ、キューバなどに対して、農業分野で栽培作物を多様化し、生産効率を向上するなどの技術支援(国際援助庁 Sembrando La Vidaプログラム)を始めた。こうした一連の政策をAMLO政権は「人道的」な移民問題対策と称し、シェインバウム氏もこの政策を続けると発言している。
移民政策を転換したAMLO
ところが、2019年6月に当時のトランプ大統領がメキシコからの輸入品に関税を課すと発表すると、AMLO政権はチアパス州に6,000人の兵士を派遣し、グアテマラ国境で移民を取り締まり始めた。
パスポートやビザを持たない移民を拘束し、強制退去させる措置だ。展開される兵士は増員され、現在では同州を中心に36,000人となっている。
同じ時期には、長距離バスの切符を購入するのに、身元を証明できる書類の提示を求める措置を導入した。
この措置は、今年に入って最高裁から「違憲」と判断され、撤回されることになる。
それまで難民・亡命者に保証されていた国内移動の自由が制限されるとして、人権団体やマスコミから批判された。この措置によって、安全な移動手段を奪われた移民が、Coyoteと呼ばれる斡旋業者の準備する長距離トラックに乗らざるを得ない状況を生み、劣悪な状態での輸送や道中での事故が多発し、問題視されている。また、斡旋業者の資金源となっているとして批判されてきた。
移民政策の転換 取り締まり強化
AMLO政権はさらに移民の取り締まりを強化する。23年12月にはバイデン政権の依頼を受けて、北部国境に滞留する書類を持たない移民を出身国に送還し始めた。
その結果、メキシコ国内で拘束された移民の数は24年には前年の3倍となった。ちなみに拘束された移民の出身国で最も多いのはベネズエラであることには留意が必要だろう。
こうした中、本来は亡命者や移民・難民を保護するはずのメキシコ移民局が「軍事化」していることが問題視されている。まざまな方面から指摘されている。南部国境では移民局と軍が一体化して恣意的な取り締まりを行なっていると批判されている。
AMLO政権の一連の移民対策について、人権団体によっては、メキシコ全体が米国への入国審査場で、いわば「垂直国境」になっているとする指摘もある。
シェインバウム大統領が踏襲しようとする前政権の移民政策とは、出身国の貧困や格差に対処しようとする「Sembrando Vida」プログラムのことを指しているようだが、ことメキシコを通過しようとするパスポートやビザを持たない移民に関しては、拘束、強制退去させる政策を意味しているように見える。11月にトランプ氏と初めての電話会談を行った後、大統領やデラフエンテ外相は、「米国側でパスポートなどの不所持で逮捕された移民は76%減少」していて、メキシコの対策が成果を上げていると強調した。
本来、対策をとるべきは米国政府と移民排出国の政府のはずだが、現在の主要な移民出身国である、ベネズエラ、キューバ、ニカラグア、ハイチとは直接の交渉が行えないために、メキシコへの負担が大きくなっている。
今後、メキシコ政府にとっては、関税のカードを持ったトランプ氏に、移民や違法な薬物の 取り締まり実績を示す必要に迫られている。また、事態の推移次第では、米国に存在する1100万人のメキシコ人不法滞在者がトランプ氏の標的となる恐れもある。交渉を円満に収めるために、シェインバウム政権が移民にさらに厳しい対応をとり、移民がさらに過酷な状況に追い込まれる可能性がある。