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スターバックスラテ

さてさて、今夜もあなたを空想のショートムービーへご案内します。
今日のお供は誰もが好きな?コーヒーチェーン、スターバックスのラテです。最近ではだいたい大きな駅にはありますね。凄い人気です。なんだかお洒落になった気分になれます。


お手元にご用意されましたか?

では、ぐいっとやっちゃって下さい。熱いから火傷には気をつけて下さいね。

牛乳の甘い飲み口。しかし、後味は少し苦めのコーヒー。まるで自分がタレントになったような、お洒落な気分に浸れます。

朝もいいけど、夜飲むのにもちょうどいい。一日良い日だったような気がしてくるようです。


ささっ、もう一口ぐいっと。
どうです?
癖になりますね。では、今日もそろそろ行ってみましょうか。
読みながらお洒落に飲んで下さいね。

なにしろ今夜はスターバックスラテを楽しむ日なんですから。

ーーー
野村広樹(濱田岳似のあなた)
木村史子(仲里依紗似の女性)
ーーー

 勇気なんて初めからないのだ。
 僕は生まれてこの方勇気を振り絞ったことなんかない。少年野球では小学5年になってレギュラーから外れるとすぐに辞めた。プールで息継ぎがうまくできないとすぐに辞めた。頑張って、歯を食い縛って他人に勝ってまで、勝負してまで何かやる気はしなかった。

 中学生で初めて隣のクラスの子を好きになった。
 彼女はバスケ部で僕はサッカー部。接点はあまりなかった。3年間結局告白は出来なかった。気がつけば学年で1番カッコイイとされる友達が付き合っていた。僕は思いを伝える勇気がなかった。フラれるのが怖かった。

 結果を求めなければ、負けはしない。勿論勝ちもしないが負けはない。プライドは保たれる。言い訳もできる。本気じゃなかったと。
 それで何が悪いのか。
 勝負しなくたって就職はできた。40社も受ければ1社ぐらい引っかかる。今は少子化だ。

 しかし…中堅の工具メーカーなんて厳しい世界だった。技術の国日本というが、価格競争の波はそれよりも遥かに高い壁だ。グローバル化は確実に僕の会社から仕事を奪っている。
 会社に入って10年、あっという間に経った。何を成し遂げた?特に思い浮かばない。目標という名のノルマを達成すべく働いている間にいつのまにか32歳を迎えていた。
 他に負けない知識や技術は身についたか?
   わからない。
 燃えるような恋の思い出は?
 残念ながらない。

 現実論はこのくらいにしたい。考えても惨めな気持ちになるだけだ。

 惨め?
 おかしい。勝ってはないが負けもないのになぜ惨めになるのだろう。
 いや、何も勝負しない間に、既に負けに所属しているのではないか?何も勝ち得てない、それはイコール負けなのでは?
 夜ベッドに入ると時々その考えが僕を襲う。あっという間の30年の人生。このまま終わるのだろうか。それでいいのだろうか。
 僕は何から、あるいは誰から自分を守っていたのだろう。何からも誰からも全く守れてなかったのではないだろうか。

 考えるのはやめだ。そうだ、良いことを考えよう。

 僕の今の喜びはというと、自宅の最寄り駅からほど近くにあるスタバに朝と夜に行くこと。ささやかな喜び。行くだけで勝てるのだ。

 少し早起きして、頑張ってスタバに行く。まるでエリートサラリーマンのような顔をして、MacBookを開いて30分ばかり何も考えずに過ごす。夜も同じだ。再びMacBookを開いて、30分ばかり何も考えずに過ごす。勿論MacBookで仕事などしたこともない。それでもいい。毎日スタバにいることが、僕をお洒落な気分にしてくれる。それだけで十分幸せだ。

 いや、嘘をついた。

 そのスタバには、なんとも笑顔の素敵なお姉さんが働いている。

 名札にフミコ、と書いてあった。僕以外にも彼女のファンはたくさんいるはずだ。始業は9時なので、僕はいつも8時にはこの店に到着しているが、必ず利用客でレジは並んでいる。しかもおじさんばかり。明らかに彼女目当てだろう。

 まぁ僕もそうなのだから、文句は言えないけど。

 たまに思う。いやよく思う。なんなら毎日思う。彼女と付き合っている男はどんな奴なのか?と。

 お洒落で、笑顔が素敵で、おじさんのファンがたくさんいる。モテないわけがない。ひょっとしてその辺の芸能人よりもモテるんではないか?きっとそうだ。

 しかし、それはやっぱり悲しい。なぜなら、僕には手が届かないからだ。

「偶然を装って店以外で話しかけろ」
仲の良い同僚が茶化してそう言ってくる。

 無理だ。だってまだカップに何のメッセージも貰っていないし。スタバの店員がカップに手書きでメッセージを、書いてくれたら常連として認められる。そうネットに書いてあった。
 僕はまだない。毎日行ってるのに。印象が薄いんだろうか。MacBookを今度は手に抱えて行こうか。

 僕は思い立って、日曜日、少しお洒落なパーカーと細目のパンツを履いてスタバに向った。考えてみれば土日に行くのはいつだったろう。覚えていない。シフトで言うと平日入る人は通常土日は入らない。つまり彼女はいない。

 まぁいい。彼女ではなく、スタバに行くことが目的なのだから。休日優雅にスタバでゆっくりするエリートサラリーマンの僕…悪くないイメージだ。

 いや嘘だ。彼女がいたら…と思って行くのだ。わざわざ少しお洒落をして。彼女が目的でなければ上下スウェットだっていいはずだ。

 もう自分に建前を言うのはやめにしないか、僕。

「いらっしゃいませー」
自動ドアを入ると店の奥から店員の声が聞こえてくる。意外にも人はまばらだ。休日の早い時間だからだろうか。レジの待ちもなさそうだ。

「あれ、休日もいらっしゃるんですね!」
「え?」
 まさか。彼女がいた。しかも、質問?僕に?覚えてたんだ。まさか。
「私服初めて見ました。新鮮ですね」
 突然訪れるささやかな奇跡だった。
「あ、いや、その、たまには」
 なんとも要領を得ない答え。何も用意していなかった。千載一遇のチャンスなのに、何を喋るべきか…。
「いつも、元気で、素敵ですね」
 口がうわずる。
「え、やだ、嬉しいです」
 照れる彼女。めちゃめちゃ可愛い。
「お洒落なパーカーですね」
「え、あ、ありがとうございます。はは、恥ずかしい」
 まるで中学生の反応ではないか。いや、今時の中学生の方がよっぽど落ち着いている。
「何になさいますか?」
「え、あ、えーっと、スターバックスラテのトールで」
「かしこまりました。店内ですか?」
「あ、はい」
「ラテトールで、店内でーす」
 注文を入れる彼女。
 スターバックスカードを渡す僕。
「いつもありがとうございます。お忙しそうですね、平日は毎日パソコン見てらっしゃるし」
「え、あ、ああ。いや、そんなんじゃないですよ」
「では、ランプの下でお待ち下さい」
 MacBookのことは見られていた。作戦は成功したが、なんとも恥ずかしい。僕はランプのそばで待った。
 ぼーっとしている。これは次に繋がる大チャンスなのではないか。どうする?今日はこのままにするか、さらに畳み掛けるか。
「スターバックスラテ店内お待ちのお客様」
 別の店員から声がかかる。
「お待ちどおさまです」
「ありがとうございます」
 僕は受け取り空いているテーブルに座る。彼女の前にいつの間にか列が出来ている。店内が混み始めた。
 僕は彼女の作業を見ながらスターバックスラテを見た。
「お仕事頑張ってくださいね!^_^」
 なんと…はじめてのメッセージ。僕は心の中でまるでスラムダンクの安西監督のようにガッツポーズを決める。

 ついに常連に認められた。これはイケるんじゃないか。いやいや、ただ話しかけられただけだ。
 しかも今日は暇だからメッセージをもらえただけだろう。きっとそうだ。まだ早いだろう。しかし、裏腹に僕の鼓動は高鳴った。

 しかし、慎重にいかなければならない。急いては事を仕損じるだ。
 僕はラテを飲んだ後、彼女に会釈をして店を出ようとしたが、彼女は接客に忙しい。仕方なくそのまま店を出た。

「おまえさ!いくしかないだろ」
「いや、毎日会うから、変なふうになりたくないし」
「馬鹿、鉄は熱いうちにうたないとダメなんだよ。俺なら1週間以内に誘うね。それかライン聞くね」
「断られたらどーするんだよ」
「そしたらそのスタバ行かなきゃいいじゃん。どこにでもあんだろスタバなんて」
「それはそうだけど…」
 同僚との電話を終え、その日は眠りについた。久しぶりにマイナスなことは考えずに済んだ。

 翌朝、いつもより寝過ごしてしまった僕は、朝のスタバを諦めざるを得なかった。くそ、鉄は熱いうちなのに…。
 その日は運悪く夜も遅くまでアポイントが入り結局スタバに行けなかった。
 悶々として床についた。

 翌日はいつものように早めに起きて、スタバに向かった。
 相変わらず混んでいる。彼女が接客をしている。おじさんが並んでいる。俺はお前らよりはちょっと上を行っている。妙な優越感が心を満たした。

「おはようございます。昨日はお風邪か何かですか?いらっしゃらなかったので心配しました」
 嘘だろ?まじかよ!最高じゃねーか!おい!心配??まじかよ!

「あ。いや、寝坊しちゃって…」
「ふふ、お仕事大変なんですね!コーヒー飲んで元気出して行きましょう!」
「ですね!ありがとうございます」
 笑顔が眩しい。いかん、好きになってしまう。
 いや、そしたら勝負できるじゃないか俺。でも、負けたら最悪だ。この関係も壊れてしまう。もう少し様子を見よう。
 
 「フミコさんって言うんですね。僕は広樹って言います」
 思い切って自己紹介した。
「あ、木村史子って言います。よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。野村広樹です」
「広樹さんですね。あ、コーヒーこちらから提供しますね」
「あ、はい」
「行ってらっしゃいませ」
「行ってきます!」
 まるで恋人同士のような時間。これを壊してまで勝負にでるべきなのか。僕はそれを考えながら店を出た。

 ふと見るとまたカップに文字が書かれている。
「今日も頑張って下さいね^ ^」
 顔が緩む。
 飲みながら駅に向かう。
 さぁ、どうする僕。鉄は熱いうちに打て。その言葉が頭をよぎる。
 今夜また帰りに寄ろう。そして…いや、まだ早いか。いや、早い方がいいのか。
 しかし、単なる常連なだけでは?いや、あの笑顔はきっと…いやいや、そんなわけない。
 気づくと会社のある駅に着いていた。
 しかし、たったあの会話で僕の人生がこんなにも色づくなんて。人生は素晴らしい。そんな気まで起きてくる。
 まだ何も始まってないのに。だから、始めないとならない。勝負する時がやっぱり来てるんだ。

続。

 








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