ルイボスティー

さて、今夜もあなたを空想のショートムービーへご案内します。
今日のお供は最近流行りのルイボスティーです。メーカーはどこでも大丈夫です。いまはコンビニのプライベートブランドで沢山発売されてますね。

お手元にご用意しましたか？

では、きゅきゅっとキャップを開けて、一口ぐいっとやっちゃって下さい。

ほのかに苦い飲み口。しかし、後味は少し甘く、そしてさっぱりとして、まるで口の中がリセットされるようです。

食後に飲むのにも、今のように夜飲むのにもちょうどいい。身体にも良いそうですよ。なんだか健康になれそうです。


ささっ、もう一口ぐいっと。
どうです？
癖になりますね。では、今日もそろそろ行ってみましょうか。
読みながらぐいぐいっと飲んで下さいね。

なにしろ今夜はルイボスティーを楽しむ日なんですから。

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登場人物
山形航(中村倫也似のあなた)
女性(内田有紀似の女優)
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　蒸し暑い夜だった。もう9月も終わりだというのに中々涼しくならない。

　山形航は有楽町線に揺られていた。時間は22時を回ったところだった。

　最近はいつもこの時間になる。山形はシステム会社の営業マンだ。世の中はDXDXと暇さえ有れば呪文のように唱えられて久しい。どの企業もお題目だけはDXを唱えている。

　しかしその実、DXがなんなのかわかっていない奴がほとんどだ。自分も理系を卒業してはいるものの、何が本当のDXか、怪しい気もする。
　ただ会社の業績は好調。仕事は山のように積み上がっていく。しかし、山形の給料は一向に上がる気配がない。
　所詮日系企業はそんなものだ。外資系にでも転職すべきだろうか。このところ毎日そんなことを考えている。

　考えているうちに駅に着いた。
　江戸川橋駅。山形の最寄り駅だ。と言っても所在地は護国寺側。神楽坂からは離れている。山形の給料では都心の駅近は難しい。
　駅を降り地上に出たが、生ぬるい風が時折弱々しく吹くだけで涼しくはない。既にシャツは湿っていた。

「さてと、今夜は何を食べるかだ」
山形は駅から近くにある食べ物屋を探した。昨日松屋には入ったばかり。

まぁ中華にするか。

　駅を降りてすぐに見えるところに町中華が一軒ある。中国人がやっている中華。コロナ禍でどこも早めに閉まる中、ここは遅くまでやっている。深夜の方が混んでいる店だ。

「いらっしゃいませ」
「一人です」
「こちらどーぞ」
　カウンターは満席で、4人掛けのテーブルに案内された。店内はガヤガヤとうるさい。床は脂でヌルヌルしていた。
　テーブルに座ると、山形はすぐに店員を捕まえ注文した。

「エビチリとチンジョーロース、それと腸詰、それとライス。あとビール」
「はいよ」
　もう何度も来ているから、いつのまにかメニューを見ずとも注文できるようになった。

「お客さん、お客さん」
「え？」
「相席お願いします」
「え、あ、はい。どうぞ」
　もうここしかないから仕方ないか。

　目の前にサンダルとスウェット姿の不機嫌そうな、しかし美しい女性が座った。

　彼女はメニューを見ている。
「はい、エビチリとチンジョーロースと、ライスです」
　目の前に注文した料理が並んだ。どれも深夜に似つかわしく油っこく、うまそうな見た目だった。
　目の前の女性が、アクリル版越しに山形の頼んだエビチリを見ている。少し誇らしい気分だ。

　山形はこれ見よがしにエビチリに思い切りスプーンを差し入れ、それを豪快に口に入れる。そしてすぐにライスをかき込んだ。まるでCMのようだ。

　女性は手をあげて店員を呼んだ。
「エビチリとライス、ルイボスティー」
　彼女はやはりエビチリを頼んだ。勝った気分だ。
　チンジョーロースはいいのか？いや、いいんだろう。俺は食べすぎだ。山形は苦笑した。

　しかし…彼女は俺を見てくれない。エビチリにしか興味がないのか。まぁそうだろう。自分が綺麗だと思う人は、押し並べて自分よりレベルが高い。だから自分も惹かれるのだ。
　そして、そんな女は自分に興味がない。とても残念なことだが、これが真実だ。

　エビチリに罪はない。
　俺はひたすらエビチリをかきこんだ。勝ち誇っていたさっきの俺はどこへ行ったのか。既に負け戦になっていた。

　彼女にエビチリが運ばれてきた。俺にも腸詰めが運ばれてきた。
　彼女はニヤリとして、エビチリを上品に口に運ぶ。美味しそうに食べる。服装のラフさとのギャップが彼女の美しさを引き立てる。どこかのアナウンサーか？
　
　俺はチンジョーロースと腸詰めを勢いよく頬張る。
　彼女は優雅にルイボスティーを飲む。神々しくすらある。
　俺はグラスの水を勢いよく飲み干す。品のかけらもない。おかわりを頼む。
　彼女はエビチリを優雅に口に運ぶ。そして、ポケットから携帯を取り出し、タップする。
　きっと沢山の男からのメッセージを見ているのだろう。男やたちはスウェットとサンダルで独り中華屋に入るような磊落さを備えた性格など知るよしもないだろう。いや、俺だけが知っているのかもしれない。
　
　なんだか誇らしくなった。バカな生き物だ。
　しかし、ルイボスティーを飲む彼女の優雅な所作はなんなのだ。この世の奇跡か。

　思い切って、エビチリ友達として話しかけようか。そんな考えがよぎった時だった。彼女の携帯が鳴り、彼女が入口を見た。
　同じような黒いスウェットを着た男が立っていた。彼女はそいつに手を振った。その表情はたまらなく愛らしい。
　俺はバカバカしくなった。お代わりを持ってきた店員からグラスをひったくり、一気に飲み干した。
「お会計」
　間髪いれずに立ち上がりレジに向かった。
　彼女は笑いながら男を俺が座っていた席に導く。

　俺は支払いを済ませ、振り返らずに店を出た。
「はぁ」
　ため息がこぼれる。足りない要素はなんだ、年収か？顔か？考えても答えはない。ないのだ。こんな下賤の俺には。

　中華屋から自宅に向かう途中でコンビニがある。胃もたれする腹を撫でながら山形はそこに入る。黒烏龍茶を買うためだ。

　店の奥に行き、陳列されているドリンクを見て、黒烏龍茶を探す。
　その途中で、一つのドリンクに目が止まる。

　ルイボスティー。
　夜に飲むと身体にいいと評判で最近流行り始めている。
　いや、そんなことはどうでもいい。素直にさっき彼女が優雅に飲んでいたティーだ。

　そんなもの、飲むかバカヤロー。山形は諦念ににも似た気分で黒烏龍茶を手に取ってレジに向かった。

　店を出てペットボトルの蓋をひねる。
　山形はできるだけ優雅に飲んだ。

　うまい。こんなにもうまいのか。
　悔しい。神は何物を与えるのか、不公平ではないか。しかし、先程の中華の脂を洗い流すようにさっぱりとした味。

　結局山形は、黒烏龍茶を棚に戻し、ルイボスティーを買っていた。どうしても飲みたくなったのだ。

　悔しいが、流行るのがわかる。ほのかな苦さと甘み。さっぱりとした後口。口の中がすっきりとする。更に身体に良いらしい。

　とりあえず、あの優雅さを身につけるためにも、これから暫くはルイボスティーと共に過ごすとしよう。

　山形の足取りは、江戸川橋に着いた時より軽くなっていた。

続。