夜を作る機械
夜を作る機械
その世界には夜が無かった
長い時間をかけて議論されたが結局夜は必要がないと結論づけられたのだ。
地下500メートルの深さにしつらえられた急ごしらえのシェルターは確かに巨大なものだったがそれでも元々その国にいた人口の2%程度を収容するのがやっとだった。
予想もしない時期に氷河期がはじまり地表がブリザードと氷に覆い尽くされる前の限りある時間の中で選ばれた人間達だけがなんとかそこに逃げ込む事が出来たのだ。
地表の様子はある程度は計器で調べる事が出来たし少しの時間なら地上に出る事も出来たが地表の事はあまりわからないことになっていた。
それは地表に残して来た過去を早く忘れるべきだったし残された人々がむかえているあまりにも過酷な現実を誰も考えたくなかったからだ。
氷に覆われた地表に比べればここは楽園だった。
地熱発電によってエネルギーは豊富だったし当初は地上から回収されたものでまかなわれていた食料もやがて地下で作られるようになったので生きる為に必要な全てのものが充分に足りていたからだ。
人々は夜の無い世界で閉ざされた地下の世界を掘り進みながらその領域を広げそこに残された人類の未来を見出す事になった。
だが 3世代目あたりから明らかに人類と言う種の変質が認められるようになりそれは種としての危機的状況を予想させるに充分なものだった。
彼らには時間的概念が存在せず時系列を理解することが出来なかったのだ。
それに所謂シンパシーが極度に欠如していたのもあって彼らの多くは時間概念の欠如を問題と認識出来ず修正しようとは考えなかったのでそれはより深刻な事態と変化した。
つまり過去と未来と現在が同時、もしくは点在するように存在するため社会的な統一した行動がとれず社会的基盤が崩壊し始めたからだ。
治療の方法はその時点で皆無であってこのままではこの地下世界は遅かれ早かれ崩壊し人類は進化する前の状態に戻りこの地底の中で果てるだろうと予測された。
人々は穴を掘り広げ自らの領土を拡大する事さえやめて治療法を探しはじめた。
唯一原因として考えられたのは夜が無い事だが今更夜を作り出す事はできなかった。
夜と言うのは概念であってただ暗くなれば良いと言うものではなかったからだ。
夜と言う存在 夜と言う状態が本当はどういうものだったかを知る者はもう誰もいなかったのだ。
だが 錬金術という古代の魔法のようなものを受け継いでいる一族が残っていて彼らが地表から持ち込んでいた資料の中に「夜を作る機械」というものが存在していた。
資料は古く曖昧だったがそれが残された唯一の希望といっても良いものだったので地下世界の指導者達は必要な物資を手に入れるため地上に探査隊まで送り出し結果多くの犠牲をはらったがその機械を作らせることに成功した。
それは夜の鳥である「梟の死骸」をベースにしたもので作動原理すら理解出来る代物ではなかったが錬金術の末裔達は正確に機械を造り上げそれはちゃんと作動して夜を作り始めたのだ。
機械は向き合うと体内にある鳥籠に相手の耳(聴覚)を取り込み相手に自分しか聞こえない音を聞かせる事が出来たのだ。
それは共有する時間であってそれが必要とする音であって梟の死骸に無数に取り付けられた記憶の断片とそれを音に変える鈴の音だった。
夜は共有される時間と記憶でありそれはあらゆる生物に必要不可欠な生きる区切りを示すものでもあったのだ。
夜を失う事は過去を失う事でもありそれは結果として未来への必然を否定しかねないものだったのだ。
だが 多くの人間は夜から帰る事が出来なかった。
あまりにも長い間夜を喪失していたので夜に抗えなくなっていたせいだ。
それでも誰も機械を止めようとはしなかった。
機械の持つ夜はあまりにも甘美でありそこにある記憶は残骸となって出口を簡単に塞いでしまったからだ。
もう穴を掘り広げる者はいなかった。
地下世界はゆっくりと滅び始めたのだ。