溶ける月
溶ける月
その頃倉庫をアトリエに借りていて
熱くなり始めた夏の午後
シャッターの前を片付けていたら
ずっと放置され雨水が溜まったバケツの中にいつか手に入れて行方のわからなくなっていたオウム貝が沈んでいるのを見つけたのです。
ああ、こんな所にあったのかと取り出しみると貝の表面は溶けて真珠層が剥き出しになった鈍く銀色に光る貝の表面が太陽を反射しているのでした。
それを見た瞬間それまで忘れていた事を思い出したのです。
それより何年か前にバイクでのツーリングに熱中していた時期がありバイク仲間に目的地として木場の製材所の裏手に広がる箱庭のような海に連れて行ってもらった事があったのです。
そこは魚釣りのポイントでもあるらしく小さい魚でしたが釣りに縁のなかった私でもそれなりの釣り果を果たせました。
それはちょうど秋の初め頃だったと思いますが時間があり特にやる事もなかったのでそこへ出かけたのです。
着いてみるとそのコンクリートの岸壁に囲まれた小さな海は落ち葉に埋もれていて少し奥の方には小高く積もって浮島のようになっている所がありました。
ちょうど持って来た釣竿が届く距離だったので何度か突いているうちにそれはグルりとひっくり返りよく見ればそれは膨れ上がった水死体で頭の皮と肉は削げ落ちていてそこから鈍く銀色に光る頭骨が見えたのです。
それは今まさに手にしているオウム貝と同じように鈍く太陽光を反射しているのでした。
でもそこから先の記憶が無いのです。
警察を呼んだのか、そのまま帰ってしまったのか、それどころかそれが夢か現実かなのさえ分からないままでオウム貝をみた刹那それが全て頭の中で映画のように展開されてしまったのです。
それからオウム貝は私の中で象徴的な存在となりました。
それは鈍く光る頭蓋であり同時に子宮でもあるのです。
生を死を別けるものはほんの少し差異でありその境界は曖昧です。
その後バケツの雨水で貝が溶けて行く事が気になり調べてみると70年代に深刻な社会問題として槍玉に上がっていた酸性雨は現在でも地域により差はあるもののそこまでの健康被害は無いと言う判断と結局世界規模の事でもあり効果のある対策は取りづらく環境での規制を強化するにもすぐには効果には結びつかないという事もわかりました。
でもそれを視覚化出来ないかと
この溶ける月のシリーズを制作しています。
これは現在の酸性雨がずっと降り続けた結果大体10年程度でオウム貝がここまで溶けてしまうという目安でもあるのです。
溶けた貝に透過して浮き出す模様は月のようであり同時に天空に浮かぶ死の星でもある。
虫は月の満ち欠けと密接な関係にありそれにより産卵などの時期が決定されると言う。
随分と長くなりましたが作り始めると妄想のように色々な思いに囚われてしまうのです。