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ひなまつり

2013.3.3 sun.

仕事を早めに切り上げて帰ったら、ほんのり甘い匂い

キッチンではいつも通りシンちゃんが夕御飯を作ってる...と思ったら

「うっわ~ちらし寿司だぁ」
「菜の花のかき揚げまである」

ダイニングテーブルに置かれた、寿司桶やらオードブルやらが目に入る
ケーキまであると聞いてシンちゃんの心配りに
わたしは思わず子供の様に歓声を上げる

シンちゃんは、そんなわたしにちょっち得意気な笑顔

「ひな祭りだから作ってみましたよ」
「ミサトさんの口に合えばいいんですけれど」
「アスカに味見してもらったら合格って言ってくれたし」

リビングで寝転がって雑誌を読んでたアスカが
こちらに視線も向けず、つっけんどんに言う

「ま~食べれない事ないわね」

でも表情は柔らかだから、彼女も嬉しいのね

それにしても玄関に入って来た時の甘い匂いは
甘酒の香りだったのか

すっかりお酒は辛口派だしって...それは関係ないか
正直甘酒ってあまり得意じゃなかった様な気がするけれど
子供の頃以来口にした事ない甘酒が飲める事が、とっても嬉しかった

わたしが部屋着に着替えている間に
シンちゃんが最後に作っていた、アサリのお吸い物が出来て
3人揃って久々の夕御飯...しかも豪華なひなまつりバージョンを食べた

つかの間の家族の時間
それは他人同士が集まった、寄せ集めの家族ごっこかもしれない

けれど今日はひなまつりのご馳走に
その後のあたたかい甘酒とケーキという、甘さづくしのデザートが
味覚だけではなく心もあたたかく甘い気持ちで満たされる
そしてまた少しだけシンちゃんやアスカとの距離を縮めた気がして
わたしはなんだかしあわせな気分だった

アスカがお風呂に入って、シンちゃんが後片付けしてる
わたしは「獺祭」なんか開けちゃってご機嫌

最後にパンっと布巾を伸ばして、ハンガーにかけたシンちゃんが
自分で紅茶を入れて、わたしの向かい側に座る
そして美味しそうに一口飲むと、ホッとした顔になった

「おつかれさまん~美味しかったぁ」
「シンちゃんホント器用よね」

ホントはわたしも手伝えばいいのは分かってるんだけれど
ほろ酔い気分でシンちゃんを労ったりして

「初めて作ったけれどミサトさんもアスカも喜んでくれて良かったです」

そんな可愛い事を言う今日のシンちゃんは、終始笑顔だなぁなんて思う

それから仕事の話は今日は口にせず、学校の話を聞いたり
作っていた料理の話を聞いたりして
いつもより明るい話題ばかりで会話も弾む

暫くそんな時間が流れて
二杯目の紅茶をポットからカップに注いでいたシンちゃんは
急に思い出した様に席を立ち、学校の鞄を持って来た

「忘れてました」
「これ加持さんから預かってきました」

封筒を取り出して私に差し出す

「ん~加持ぃ~?」

アイツの名前が出て来て結構飲んだのに、一気に酔いが醒めた気がした

「加持さんも誘ったんですけれど、今日から出張だって」

「あ~そうだったっけね、いいのよ誘わなくたってあんなヤツ」

それまで子供みたいにはしゃいでたクセに
今はきっと機嫌が悪い声を出している、わたし
ここまで来るともう条件反射になってるなぁ...と思うと自己嫌悪

シンちゃんは何にも悪くないのに
封筒を乱暴に受け取ってわたしは自室に戻った

少しだけ迷って...そう1時間位悩んだ

結局ガサガサと封筒を開けると
中から綺麗な和紙で織られた、雛人形が出て来た

『お姫様がちゃんと嫁に行けます様に』

『追伸:俺がもらってやってもいいよ』

そんなメッセージと共に

時間が止まったままのあの場所へまた連れ戻される

「...なによ」
「バカじゃないの」

あの日、照れくさそうにプレゼントしてくれた彼
丁寧に折られた雄雛と雌雛のお雛様に、目を輝かせたわたし

ふたりきりの世界しかなかった小さな部屋で
その加持くんが折った雛人形が飾られていた遠い日
わたしは堪えきれずに泣いた

思い知らされる

加持くんと一緒にいた時間だけがわたしの中で色褪せてない事も
その想いを未だに断ち切れてない事も

...こうやって今も愛情溢れる優しさをあたえてくれる事も

結局どんなに忘れようとしても
突き放そうとしても
彼の事が好きでたまらないのだ

暫くしてなんとか自分を落ち着かせて部屋を出た

シンちゃんとアスカは既にお風呂も終わって
珍しく仲良くテレビを観ている

わたしは邪魔しない様に、サイドテーブルの上に折り雛を飾ると
その様子を見ていたアスカが飛びついた

「ミサト、これ凄く可愛い~どうしたの」

アスカの年頃の女のコと同じ様に、頬を少し赤くし
『可愛い』という単語を繰り返し、彼女は折り雛を見つめている

「ほら、うちには雛人形がないでしょ」
「せっかくだから飾ろうかなって」

わたしは彼女のあまり見せない、その表情が愛しかった
やはり仕舞い込まないで、飾って良かったなとも

「こういうのは日本人って得意よね」
「繊細で丁寧な所がいいな...それに綺麗な紙ね」

「それは千代紙っていうのよ、折り紙の仲間ね」

しかし自分にはこゆセンスないな~とか思うと
わたしは彼の器用さに脱帽し、苦笑する

「ミサト、これ明日になったらもらってもいい?」

アスカは相変わらず折り雛に目を奪われていた
シンちゃんがこの送り主を察して何か言いかけたけれど
わたしはアスカに気づかれない様に小さく首を振る

「もちろんよ、明日にはすぐ片付けなきゃいけないし」
「それに...大事にしないとお嫁に行けなくなっちゃうわよ」

アスカはいたずらっぽく笑った

「ミサトじゃないから大丈夫よ」
「でも、ありがと」

彼女の顔を見ていると、何だかしあわせそうで微笑ましかった
わたしもあの時、こんな顔をしていたのだろうか

あの頃、何もかも無くしたわたしに
いろいろなしあわせをくれた彼との時間は、きっと何にも代え難く
もう二度と味わうことの出来ない、甘美な時間だったのだ
あの時はそんなことにも気づかず、ただ当り前のように過ごした

けれど、わたし達は別れた
きっとわたしだけではなく、加持くんもその胸に隠し事をしたまま
あの時の心の傷が癒えることなく、自分の中の奥底に封印した

ずっと意地を張り続けるだけ張り続ければ
忘れられるのだろうか

…そんな自信はなかった

あんな想いはもうしたくない
だから、そんなに簡単に素直にはなれない
再会してから、昔の恋を思い出して感傷的になっているだけと
自分に言い聞かせて、ここまで来た

でも

急に声が聞きたくなった

(やっぱりありがとうって伝えておこう)

狡いわたしはこうして自分の中で、ちゃんと加持くんの声を
聞く理由を無理矢理見つける

「シンちゃん、アスカちょっち車に忘れ物取りに行って来るね」

はーい、という声を背にポケットの携帯電話を確認し
わたしはまだ甘い香りのするマンションの部屋を出た

Fin.

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