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甘苦祭

2013.02.14 thu. (Valentine's Dayのおはなし)

お仕事お疲れ様です

先日お話したバレンタインチョコレートの件ですが
1人2000円でお願いします
なるべくお釣りのないように伊吹まで13日1700までに
お手数ですがお届け下さい

→赤木博士
司令と副司令の分も準備した方がいいでしょうか
その場合お2人の分は後から別にお金を集めますので
女子職員の皆様、ご理解下さい

以上よろしくお願い致します

*** God's in his heaven; all's right with the world ***
国際連合直属非公開組織 特務機関NERV本部
   技術開発部技術局1課
       二尉 伊吹マヤ (内線:0711)
*** God's in his heaven; all's right with the world ***

「…何処へ転勤しても女子が少ないし、毎年集金額上がっているような気がするわ」

リツコのラボで、コーヒーを飲んで休憩していたミサトは、NERV女子職員一斉送信されたマヤのメールを一瞥し、リツコに口を尖らせた。

リツコは苦笑いを浮かべる。

「こんなご時世でもやっぱりヴァレンタインデーは続いてるわよね」
「やっぱりお菓子メーカーも商魂逞しいっていうのかしら」

セカンドインパクト後、嗜好品は贅沢品になり、なかなか口に入ることも難しい時代もあった。

しかしバレンタインデーの風習が廃れる事はなく、一時は高価だったチョコレートが手に入りやすくなったのは、業界の努力の賜物なのだろう。

NERVでも去年に引き続き、マヤがバレンタイン幹事をしていたが 、女性職員より圧倒的に男性職員が多いので、頭を悩ませているようだ。

「ま。これで自分で買う事もないし楽だけれどねん」

ミサトはマヤの苦労に感謝しつつ呑気にそう言うと、リツコが眉を寄せた。

「あら、貴女は加持くんの分があるでしょ」

ミサトは丁度口に付けていたコーヒーを、吹出しそうになる。
いつもは顔色変えることなく、涼しい顔をしているリツコが、不機嫌そうな顔を自分に向けているのが見えた。
全くこの美しい旧友のツッコミは厳しすぎると思いつつ、一応反論を試みた。

「何言ってんの、みんなで渡すのに必要ないでしょ」

そして、その件については忘れようとしてたのに、とミサトは自分を仕切り直してリツコを睨んだ。

全く気にしてなかった訳ではないが、もし万がひとつの可能性で、加持に買ったとしても、ミサトは今更渡す勇気など持ち合わせてなかったから、加持に対しても、義理チョコで充分だと思いたかったのだ。

けれどリツコはさらに追い討ちをかける。

「そうかしら」
「…きっとリョウちゃんがっかりするわね」

ミサトは自分の気持ちを読み透かすリツコの言葉に、何だか落ち着かなくなる。
次第にもどかしい気持ちで一杯になった。

けれどリツコに動揺を悟られないように話題を変える。

「ところで司令たちどうするの?」

リツコは少し困ったような顔をした。

「そうねぇ…」

ミサトはリツコの珍しい顔に、少しだけ驚いたが、すぐに加持へのバレンタインデーギフトの事で、頭が一杯になった。

ミサトは自分の執務室で一人、関係各所への要望書と始末書と請求書に埋もれ、不機嫌そうな顔でデスクの隅に置かれた、この部屋に似つかわしくない、綺麗にラッピングされた箱を見ていた。

ふーっとため息をつくと、自分のパソコンに集中する。

少しでも手を抜く、どんどん溜まり収拾が付かなくなる。
私生活はだらしない、と言って過言ではないミサトだったが、仕事に関しては至って真面目だった。

仕事が一段落して、随分前に入れたコーヒーを口に運ぶ。苦すぎたせいか、一口飲んだだけで、コップを机に置くと、シュっという音と共に後方のドアが開いた。

…誰が入ってきたか分かるのは、それまでの訓練の賜物で。

ましてや、もう自分の一部になっているかと思う程に、聞き慣れた足音とその気配は、自然と彼女の声はさらに機嫌を損ねた。

「何」

ミサト忙しそうに、必要もない書類を掻き回しながら、振り返りもせず、冷たく言い放った。

「よっ、やってるねぇ」

ミサトの声の冷たさなど気にしない様に、加持はいつもの調子で自然に部屋に入ってきた。
ミサトはその顔が振り向かずとも、どんな顔をしているのか容易に想像がつき、余計にナーバスになる。

そんなミサトの様子を知ってか知らずか、加持は爽やかに声をかけた。

「葛城」
「チョコさんきゅーな」

「へ?」

ミサトは全く予想してなかった言葉に、思わず間抜けな反応をしてしまった。

「さっきマヤちゃんからもらったよ発令所女子一同って」

…一瞬、頭が真っ白になったのは、NERV女子で用意したギフトと、自分が用意した渡せるかもわからないギフトと、頭の中でごちゃ混ぜになったからだった。

加持に気付かれない様に、そのギフトの方向を横目で見ると、机の上に乗った書類に辛うじて隠れている事に、ホッとする。

「ああ…あれね」
「あんたのは義理チョコよ、ただの『義理』チョコ」

それにしても、わざわざ部屋にお礼言いに来るなんて。
このマメな男には負ける…と感心しながらも

『義理』

の部分を強調して言う。

実際、あれは職員の気持ちというか。
義理チョコという意味合いかと言われれば、そうだったのだけれど。
加持にはそんな事は全く関係ないようで、楽しそうに話し出す。.

「あれはマヤちゃんが選んだのかな…」
「ピンクのリボンにピンクの包装なんて葛城は選ばないだろ」
「あの女子高っぽい選択はそうだと思うんだよな…」

「でも、嬉しいよ」

加持の言葉通りの笑顔がミサトには眩しい。

それにしても。

(ピンクだったんだ…)
(確かにわたしは選ばないわね)

ミサトはなんだかマヤが羨ましくなった。
自分はそんな女の子らしい、色目のギフトなんて憧れても手に出来ない。
ずっと渡すか悩んでいたバレンタインギフト。

結局買ってしまった…けれど。

(シンちゃんの分はいいのよあげたかったし…)
(今朝渡したら、はにかむように笑ってくれて、可愛かったし)

最近は、以前と比べると自己主張も強くなって
小さな喧嘩する時もあるけれど、今日のシンジは素直だったなとミサトは回想する。

そんな事より目の前のご機嫌な加持。

(…問題はコイツよね)

(リツコが、あんな事言うからいけないのよ )
(…気になって、買っちゃったじゃない)
(…しかも選ぶのに、2時間もかかってしまった)
(こんな事、死んでも言えないわ)

ミサトは自分の行動が、そのまま封印している想いに、直結するような気がして、必死で打ち消す。

ありえない

ありえない

ありえない

とはいえ、適当にコンビニとかで済ますはずが
結局、わざわざデパ地下まで行って選んだのだった。

ミサトは再び長いため息をつく。

(この忙しい時だっていうのに…なんなのよ)

加持はどうして自分の部屋まで来て、余計な事言うのか。
マヤが選んだと思われる、可愛らしいチョコレートよりも、数段地味だと思われる、バレンタインギフトをまた横目で見て、加持に気付かれない様に、彼女はまた小さくため息をついた。

(…もうどうしてくれようか)

その時ミサトの携帯電話が鳴った。

「ええ、わかったわすぐに行きます」

それは日向からの呼び出しで、作戦部の定例課内会議の時間を知らせるものだった。
今日の会議に必要な書類を小脇に抱え、隠れていた若葉色のリボンで包まれた、チョコレートの包みも持ち出す。

そして

「…悪かったわね可愛気ない包装で」

と、ひとこと言って、加持にその包みを押し付ける様に差し出した。

加持は一瞬きょとんとしたが、ミサトが差し出す、どうやらバレンタインデーのギフトらしい箱を受け取ると、すぐに満面の笑みをこぼした。

あまりにも素直に感情を出す加持を見て、ミサトはそれまで心の中にあった悶々としていた気持ちが、一気に晴れるような気がした。

しかし、そんなに素直な彼女ではない。

「シンちゃんに買ったついでに買ったのよ」
「貰えなかったら可哀想かと思って」

ミサトは昨晩、必死に考えた言い訳を口にした。

「…どっちが本命が気になるな」
「まさか14歳の中学生に、負けるとは思わないが」

と、そこまで言いかけて、加持は少し静かになり何かを考えている。
やがて、それまで余裕を見せていた笑顔が消えた。

「相手がシンジ君だと自信が無いな…」

いつになく真剣な加持の声が響いた直後、チョコレートの箱ごと、ミサトは引き寄せられた。

「ちょっと何すんのよ、これからわたし会ぎ…」

言い終わらないうちに、一度は出掛けた自分の執務室に戻されて、ミサトは加持の腕の中にいた。

不意打ちで力強く抱きしめられたミサトは、もう抵抗できないと感じる。
顔が真っ赤になっているのは分かるし、自分の鼓動が早鐘のように打っていた。


ふと見上げると、自分を真直ぐに見る加持の瞳に、自分の心まで引き込まれそうになり、思わず目をつぶる。

しかしすぐミサトは後悔した。

(しまった…これじゃキスしてって言ってる様なものじゃない)

しかし、いつまでも加持はミサトを抱き締めたまま。

自分の中でエレベーターの中で強引にキスされた時の事が、オーバーラップしたミサトは、急に恥ずかしくなった。

(…バカ、あたし何考えてんのよ)

自分が考えている事に慌てて、思わず目を開けると、すぐに加持と目が合う。

彼は優しく自分を見つめていて、ミサトは目が離せなくなる。

(こんな顔見るの、本当に久しぶりだな…)

うっかり見とれてしまったミサトは、さらに顔を赤くする。

「…なんだ、キスして欲しかったのかい?」

加持の声がとても甘くなる。

やっぱりそう思われたか…と思うと逃げ出したくなる。
だから加持の腕が緩んだ隙に、ミサトはその温もりから抜け出した。

「そんなワケないでしょ!」

「じゃ、し、仕事だから!」

慌てながらも走り出そうとするミサトの背中に、加持は声をかける。

「な、葛城…お礼に今日飲みに行こうか」

「…し、仕事が終わればね、徹夜かもしんないし」

最後まで動揺を隠せないまま、ミサトは走り去った。

ミサトの後ろ姿を見送る加持は、そんな彼女が可愛らしくて愛しいと思った。

「しかし」
「ちょっと我慢し過ぎたかな…」

加持はまだ鮮明に残っているミサトの感触に、名残り惜しさを感じ苦笑いする。

そしてミサトが差し出したバレンタインギフトを、大事そうに抱える。

(…ま、今晩も会えるからいいか)


↓おしまい?↓


* おまけ。 *

お仕事お疲れ様です

先日の件ですが赤木博士の指示により
司令と副司令の分もお渡しする事になりましたが
現在お二人とも出張中ですし
強制ではなくこちらは有志でとの事でした

協力いただける方は伊吹まで連絡下さい

以上よろしくお願い致します

*** God's in his heaven; all's right with the world ***
国際連合直属非公開組織 特務機関NERV本部
   技術開発部技術局1課
       二尉 伊吹マヤ (内線:0711)
*** God's in his heaven; all's right with the world ***


「…で、結局誰も希望しなかったのね」

ミサトはお金をマヤに渡しながら苦笑した。

「ハイ…やっぱり発令所にいないとなかなか遠い存在みたいで」
「あ。でも副司令だけならという希望も…あ。これは内緒にしておいて下さい」

ミサトは思わずコーヒーを吹出しそうになる。

「ま。分かるわ」
「マヤ、また可愛らしいの買ってあげてね」

買ってきた報告をした時は、包みを見もしなかったのに、どうして自分の選んだものが可愛いと分かるのか、とマヤは思ったがすぐに理由が分かった。

きっと昨日のバレンタインデーは、加持と過ごしたのだろう。

いつも加持に対して喧嘩越しな上司がそんな素振りもなく、今日は少し機嫌が良い理由も分かった気がする。

(…お似合いですよ、葛城さん)

マヤは小さな声で呟くのだった。


今度こそホントに、おしまい。


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