初恋2
加持は全く普段、色気が無い話ばかりしていたミサトが
今日は面白い、可愛いことを連発して言うせいか
心くすぐられていた。
『学食』とか『Bランチ』という彼女らしい話に真剣な彼女に
吹き出しそうになる…というか
実際吹出してしまったのだが
そんな自分に慌てて、ポケットティッシュを差し出す彼女も
今まで見たことのない表情で、ドキリとするのを感じる。
「俺が葛城に欲しいもの言うとしたら…」
少しからかってやろうかと、そのままミサトとの距離を縮めようとすると
そこには真剣な顔で、加持の話に耳を傾けている、ミサトの赤い顔。
きっと自分とは違って下心とか、人付き合いに計算とか考えもしないだろう。
そんな裏表のない、真直ぐな彼女がとても愛おしく思えて
加持の中で、理性のカケラがコトリと落ちるのを感じる。
彼は真顔になり、言葉を止めてしばしミサトを見つめた。
が、加持の様子がおかしいことに気付いたのか、ミサトは不安そうな顔をしている。
そんな彼女の感情を察して、加持はまた自分をいつもの調子に戻した。
**********
「ゼミの飲みでも結構飲んだけれど、たまにはこうやって外で飲むのもいいな」
「うん、わたしは初中終だけどね」
ミサトは悪戯っぽく舌をだして得意気な顔をした。
「寮追い出されるんじゃないかーこんな近くで飲んで」
「…う。痛いところを」
しかし言葉とは裏腹に、本当によく飲む。
細い体の中にどんどんビールが吸収されていくのに
その量とは比例せずに気持ち良く酔っている程度。
自分より酒が強いんだろうな、と心の中で密かに降参しつつ
加持自身も持っていたビール缶を空にした。
「やっぱ葛城が寮生の中では一番怒られてるんだろ」
「しっつれいね~」
「でも大丈夫」
「門限までに一回帰ってこっそり抜け出せば大体バレないし」
どうやら寮を抜け出して飲むのも日常茶飯事らしい。
「門限って何時?」
「24時。その日のうちに帰れば大丈夫だよ」
(24時って…まさか)
加持の悪い予感は当たり、一度自分の腕時計に目を落としてから
呑気なミサトの前に差し出した。
「…残念ながら過ぎてる」
ミサトの顔色が明らかに変わり、動揺を隠さない。
「え?」
「げっどうしよう!」
思ったよりも慌てるミサトを見て加持も吊られるように心配になった。
「もう入れないの?」
ミサトは少しだけ考えて、力なく笑った。
「多分自分の部屋の窓は空いてるから何とか入れるけど」
「一度帰った履歴を残してないから…はぁ寮長に怒られるなぁ」
窓から入る、しかも鍵開けてあるらしいことを聞くと
加持は泥棒と間違えられかねないだろうし、不味いのではと思ったが
ミサトが飲みかけのビールを見つめて真顔になっているのを見ると
自然と別の言葉が出る。
「一緒に行って謝ろうか?」
「気持ちは嬉しいけれど…多分逆効果」
確かに男が説明に行ったら余計問題が大きくなるか、と加持は思った。
でも窓から入るのも申し訳ない気がする。
「ゴメンな、つい話し込んじゃったから」
「いいの…帰り遅かったワタシが悪いし」
「それにまさか午前様になるとは…」
「あ。そっか!」
その不安そうな顔が急に明るくなった。
「お誕生日おめでとう!」
「24時廻ったってことは今度こそ加持くんの誕生日だね!」
ミサトは新しいビールを加持に押し付けるように渡し
自分は乾杯するようにビール缶を上げた。
「あはは…ごめんごめん、葛城がどうやって帰るか悩んでる時に」
「…でも嬉しいよ」
加持はくしゃりと笑った。
それにしても表情がコロコロ変わるミサトに付いていくのは大変だ。
さっきまでの落ち込みモードは何処へやらニコニコしている。
「だってそれとこれは別だし」
「ここ何年かちゃんとお誕生日お祝いしてもらったことなんてないけれど」
「やっぱりおめでとうって言われると嬉しいんだよね」
「それは分かるなぁ…今実感してるよ」
ミサトの顔から嬉しそうな笑みがこぼれた。
「でしょ。」
ミサトの無邪気な笑顔に加持は暫く目を奪われる。
その笑顔にまた理性のカケラがコトリと落ちるのを感じる。
だからそのまま自分の素直な気持ちが言葉に出た。
「やっぱり貰おうかな、誕生日プレゼント」
「Bランチじゃなくてもいい?」
ミサトは相変わらず上機嫌でビールを口に運んでいる。
「いいけどあんまり高いものは無理よー」
「大丈夫…だと思うよ」
「え?なにが欲し…」
加持はミサトの手からビール缶を奪うとまだ話しているのも構わず
そのまま彼女の唇を塞いだ。
初めてふたりの時間が重なった。
そのままどれ位時間が経ったのか。
ミサトは加持から唇を離されても呆然としたまま
加持が何を言っても返事をせずに
心ここにあらずといった様子で黙ったままだった。
が、しばらくして
「おやすみなさい」
と独り言のように言葉を残すと、そのまま寮へ向かって歩いて行った。
加持はせめて寮の前まで送るべきだとは思ったのだが
自分自身がかなり冷静でいられない状態だったのと
すっかり様子の変わったミサトを見ると、ただ見送るのが精一杯だった。
ミサトが寮へ帰る後ろ姿を見送りながら加持は苦笑いを浮かべる。
(…ヤバい)
唇を合わせてすぐに、ミサトがこういったことに不慣れなのが分かった。
キスしている最中に彼女が目を開けたまま驚いた顔をしてたこと。
そして目が合ったその後必死に目を閉じた顔が目に浮かぶ。
その後のフリーズした顔は少女のあどけなさがまだ残っていて
どうしようもなく可愛らしかった。
それにしても自分の中で抑えきれずに唇を奪ってしまったが
酒が入っていたとはいえ性急過ぎたかもしれないと少し後悔する。
いろいろな意味で有名だった彼女のことを、ずっと気になってはいた。
最初はあの事件の関係者だったからなのは否めない。
それは大学の中の生徒だけではなく、教授を始め講師や助手
事務方の職員、学食で働く年配の女性まで
新学期が始まって以来、校内の全ての人間のの視線が
彼女へ一点集中しているかの如くで。
多くの人間がミサトに興味を持ち、近づき、離れていくのを加持は遠くから見ていた。
それは彼女が我が儘なようにも、心が閉ざしているようにも見えたのだが。
ミサトの周りが落ち着いてきた頃に声をかけると全く違った。
良く喋るし良く笑う。
適当な所と気遣いが出来る所のギャップは激しい気もしたが
基本的に真面目で正義感が強く、一生懸命で優しさや逞しさを持っている、そんな印象。
加持は本来の目的は封印してミサトと接するようにした。
でも自分が特定の誰かを好きになることはないと思っていた。
女性との付き合いは浅く短く後腐れなく…それでいいと思っていたから。
それまでもただ欲望を満たす相手だけを選べば良いと。
まして、自分の将来に家族がいる生活など浮かびはしなかった。
分かってるさ、今なら引き返せる。
…自分にはパートナーも恋人も必要ない。
なのに心は全く正反対のことを考えていた。
誕生日を祝う心からの言葉、無邪気な笑顔。
そして…キスしているあんな顔見せられたら堪らない。
明日…いや今日は確か1コマ同じ授業だったな、などと考えたら
彼女の言ったBランチご馳走になるのを口実に
授業終わったら昼ご飯に誘おうとか、いや夕食でもとか
いつになく加持の心ははずんでいた。
(しかしあのお姫様のナイトになるのは相当むつかしいかもな…)
ベンチの周りに残されたビール缶をコンビニ袋に入れながら
彼女の顔を、唇の感触を思い浮かべる。
「けど」
「恋か…最高の誕生日プレゼントだ」
加持は自分が初めて恋に落ちたことを実感しつつ呟いた。
Fin.
* おまけ(ミサっちゃんその後)*
いつものミサトなら門限を過ぎた場合は窓から自室へ入ったり
玄関から気づかれないように、こっそり帰ったりしていたのだが
普通に玄関から堂々と何の小細工もなく帰ったので
ミサトの門限破りに気が付いた寮長が飛んで来た。
(えっと…なんでこゆことになったんだっけ)
加持とのことが頭から離れずに
横で寮長が怒っているのに全然耳に入って来ない。
しばらくして寮長から解放されるとふらふらと自室へ入り
そのまま部屋に戻りベットに倒れこんだ。
「キス…しちゃったんだよ、ね」
少し前まで一緒にいた加持の顔が、浮かんでは消え浮かんでは消える。
重ねた唇の感触も残ったままで。
その日のミサトの夜はこれから。
とても眠れそうにない。
長い夜になりそうだった。
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