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恋届(こいとどけ)

2014.2.14 fri.

部屋に戻ると彼女の個室の奥にある、簡易ベットに横たわる男が1人。
ミサトはベット真横まで近づくとそのまま、加持の顔を見つめる。

いつも以上に青白い顔。
バッタリ倒れたのか、靴を履いたままで片足がベットに乗ってない。

外の世界で遭遇した、多くの現実を抱えてここにいる加持。
彼がこうやって疲れを隠さなくなったのは、いつからだったか。

何か大きな事件があったか。
受け入れがたい情報を掴んだのか

そしてまた、誰か彼の身近な人物が、死んだ…のだろう。

聞かなくても分かる。

**********

世界が壊れかけた…そう、サードインパクトの後だとミサトは思う。

加持は彼女との間に、それまで、彼自身が進んで置いていた距離を縮めたのではないかと。
その時から、ほんの少しだけ、加持の弱さを彼女の前で出すようになったと確信した。

そして、そんな2人の関係が変化しつつあった頃、いつしかミサトは知ることになった。
自身が父親の復讐の為に生きていた様に、加持も親しい人間の復習の為に生きてきたのだと。

少ない時間の中で、それまで出来なかった沢山の話をした。
誰よりも傍にいた時には、知らなかったこと、話せなかったことを。
遠回りして、また存在の大きさに気づかされる。

それからのミサトは2人でいる時間、この時間だけは、素直になろうと思った。

それでも加持は、出会った時から変わらず落ち着いた振る舞いで、穏やかなことが多かった。
いつも笑顔で軽口を聞いて、周りを気遣い、張りつめた空気を変える。
それはミサトが知ってる、ずっと変わらない加持だった。

.

そっと頬に手を置くと、何日か剃られてない髭。
そのざらり、とした感触と温もりを確認すると、ミサトは安堵のため息をついた。
そうしてそのまま温かさに暫く癒しを求める。

まるで、ミサトの気持ちに答える様に、目を覚ました加持は
そのまま何も言わずにミサトを引き寄せた。


***


隣で深い眠りに落ちている加持がいる。

昔は無防備な寝顔を晒していたミサトも、今では加持が傍にいる時はほとんど眠ることがない。

その加持の腕の中を抜け出し、ミサトはベット脇に散らばった自分の服を拾い集め
収納棚にある新しいインナーを取り出した。
そしてランドリーバスケットに、ジャケット以外、身に付けていたものを全て放り入れる。

先程まで加持と1つになっていた、恋人としてのつかの間の時間から
仕事の顔に切り替える為にシャワーを浴び、火照った体を冷ました。

身支度を整えると、加持の寝ているベットのへりに座り、部屋に備え付けの時計を確認する。

時計は真夜中の時刻を差していた。

この時間だからといって、安心できる訳ではない。
昼夜問わず、襲撃の恐れがある事態には変わりなく。
常に緊張感を強いられる日々。

ただ、24時間毎日休み無く慌ただしい施設内も、何故か今夜は珍しく静かで。
その静寂にミサトは心から、誰に対して…と言う訳ではないが、感謝した。


このままで、少しの間でいいから。

心からそう願う。


もう数時間もすれば加持はこの場を去り、またいつ会えるかはわからない。
分かっていても、やはり慣れることは出来なかった。

あれだけの大惨事が目の前で起こり、多くの命が失われ
シンジやレイを取り戻せない状況が続き、混乱し
…それでも何とかその事実を受け止めた時、自分の進むべき道は、それまでと少し変化したはずだった。

ただ、NERVのエヴァンゲリオンを全て殲滅する、今はその任務だけを遂行すること。

後に引くことは出来ないのだ。
常に背水の陣を引いて、とにかく前へ進むだけしか。
気がつけば感情抜きに、任務のことばかり考える様になった。

やはり、何かを切り捨てている実感があるが、それは自分にとって必要なことだと感じていた。

それまでの自分自身は、誰より感情に流され易く、私情を巻き込んで仕事も私生活も生きてきた。
それが、ミサトが貫くべき正義だと思っていたからだ。
だから明確な目標が見えてきたと分かった時に、そんな生き方は捨てようとした。

だが、加持との関係を、救出出来ないシンジやレイを、諦めきれない自分がいる。

結局、どんなことがあっても、自分の欲望を全て捨てきることなど出来ないのだ。

そんな自分が弱いと思う。
そんな自分がここにいて良いのかとも。

何もかも投げ出してしまいたくなることもある。
けれど、実際にそうしたところで楽になることは決してなく、後悔だけが残るだろう。

ミサトの下で働いている部下も、何とか生き延びた民間人も、必死に生きている。
その先に何があるか分からなくても、今日という日から、明日という日を繋ぐ為に。

ミサトは静かに溜め息を付くと、そんな想いを巡らせながら。
気が付けば睨みつける様に見つめていた、時計の横に表示されている日付を見てハッとした。


14. Februar


加持がこの日に合わせて、ここに来たとは思えなかった。
そんな、かつて世間が浮き足立ち、恋する者が大事にしていた日は過去の遺物となった。
が、ミサトはこんな偶然は彼らしいとも思う。

ミサトは加持の顔に視線を戻す。
彼はまだ静かに寝息をたてていた。

こんな日に加持の鼓動を聞くことが、温もりを感じることが出来ることが、ただ素直に嬉しい。
運命の神様が、加持を送り届けてくれたのかもしれないと思ってはいけないだろうか。
そして、何故かすっかり忘れていたチョコレートの甘さを思い出し、苦笑いする。

その甘さの記憶が、ミサトを満たしていった。

fin.

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