星空2
「ね~ミサト、浴衣着たい!」
「浴衣?」
アスカはファッション雑誌をミサトに見せる。
そこには浴衣の特集記事。
「そっか、着たことないんだ」
そういえば、自分も随分着てないな、と思いつつ
残りを流し込んで空になったビール缶を、ダイニングテーブルに置き、アスカが差し出したファッション雑誌を、ミサトは手に取った。
(昔と違って今は華やかねぇ…)
「先月の七夕、なんにも出来なかったけれど」
「八月七日にする地域もあるって話だったから着てみたいの!」
矢継ぎ早に飛んでくる、アスカの浴衣話に、ミサトは久々に自分も箪笥の奥に眠っている浴衣を
引っ張り出してみようかと思いながら、ページをめくった。
**********
「折角バカシンジが七夕パーティー開くって言ってるし」
シンジは唐突にアスカに言葉を投げられて、きょとんとしている。
「え?そんなこと言ってないよ」
アスカはそんなシンジに容赦なく、いつものように命令口調になる。
「うるさいわね、あたしがやれって言ってるんだからやりなさいよ」
(…なんだかすっかりこのふたりの掛け合いにも慣れたわね)
当の本人達は至って真剣なのだが、ミサトはそんな、仲良く言い合ってるふたりを楽しそうに見ていた。
「だいたい、何作ればいいか分からないよ」
一応抵抗を試みたシンジだったが、アスカの反応は意外なものだった。
「あんたの作ったものなら何でも美味しいから大丈夫よ」
そこまで言ってアスカは急に顔を赤くして硬直した。
が、すぐに自分を取り戻したのか
「ヒカリを呼びたいんだから、とにかく何かやんなさいよ!」
そう乱暴に言い残して自室戻った。
アスカを見送ったミサトとシンジは、顔を合わせて笑う。
「シンちゃん、明日は学校もエヴァのテストもあるんだから、無理しなくて良いのよ」
ミサトは新しいビールを冷蔵庫から出して、元の椅子に腰掛けた。
「…いや、何か作ろうかなとは思っていたんです」
「先月、ミサトさんも帰り遅かったし、僕もNERVの七夕の準備で忙しかったし」
「しかも先月は土砂降りで、あんまりそんな雰囲気じゃなかったし」
「けど、いつもの夕飯を少しだけ豪華にしようかな位にしか思っていなくて…困ったな」
シンジの話を聞きながらプルトップを開けると、ミサトは勢い良く喉に流し込んだ。
「シンちゃんはホントに気が効くというか…」
「心配りが出来るというか…そう、まめよねぇ」
と、そこまで言ってミサトの脳裏にある人物が浮かぶ。
(…まただ)
気がつけば加持のことを考えてしまう自分。
(子供じゃあるまいし…ホントバカみたい)
リツコから加持が本部付きになると内々に聞いた時、自分に言い聞かせたつもりだった。
業務以外の接触はしないと。
それに加持自体が、自分に対して関わりを持つとは思わなかった。
付き合っていたのはたったの2年、それも8年も前の学生時代で、自分は逃げるように、加持と過ごした部屋から飛び出して以来、まともに顔を合わす機会は殆どなかったのだ。
あれから結局、誰とも恋愛することが出来なかった自分とは違う日々を、加持はきっと過ごしてきただろう。
(我ながら重過ぎるわ…)
加持に限らず、誰でもこんな女とは関わりたくないだろうとも思った。
それなのに.
加持が来てから、ずっと自分のペースを乱されっぱなしで、先月の七日、NERV本部に飾られた七夕飾りの中に目に入った、見慣れた文字で、書かれた短冊があったことを思い出す。
(それにしても作戦部長とか書くのやめて欲しいし!)
(こんなこと書くの誰か、容易に察することが出来るもの)
ミサトは困ったように笑う。
結局あの日の夜は、仕事で缶詰だった。
その一ヶ月後の八月の七夕の夜は、シンジがトウジとケンスケ、それにレイも呼び、アスカがヒカリを呼んだので、ミサトの昇進祝い日以来の賑やかさとなった。
ミサトはアスカと浴衣を買いに行こうと思ってはいたが、彼女自身は仕事、アスカはそれに加えて学校もあったので
アスカはヒカリの姉の浴衣を貸りてきた。
シンジとケンスケやトウジは学生服のままだったが、ヒカリとレイはアスカと一緒の浴衣姿で、雰囲気が華やかになった。
しかしもうひとりいた、浴衣姿の美人さんは飲みっぱなしだった。
というのも、シンジが加持をこの会にも呼んだと聞いたのと、その当の本人がさっぱり現れないことで
ミサトはいつもよりハイペースで、アルコールで自分を浸していた。
それはミサトに憧れている、ケンスケやトウジがげんなりする程で、アスカやレイ、ヒカリとは違う大人の色気や、せっかくの艶やかさが台無しになっていたのは言うまでもない。
「ミサト~飲んでばっかりいないで、外で花火するわよ」
アスカの声でぐったりしていたミサトは、ハッとする。
「わたしはいいわよ~」
飲み過ぎて、とても動く気になれないミサトは
ダイニングテーブルに突っ伏したまま、アスカやシンジ達に手を振る仕草をした。
「あ~保護者が義務を放棄してる~」
「うっさいわね~飲み足りないのよ」
悪酔いの気配を感じたのか、子供達はそれ以上追求しないで外へ出た。
ミサトはそれでもなんとか、ぞろぞろと部屋を出て行く背中に声をかけた。
「ちゃんとバケツに水入れて持ってくのよ~」
子供達の『は~い』という声を聞くと
彼女はまたテーブルと一体化したのだった。
「あったま、いた~い」
ミサトが顔を上げると、テーブルの向かいに誰かいる気配。
やっと焦点が合って加持の顔が見える。
「あ~か~じ~くんだ~やっと来た~だいちこく~」
「まってたのにぃ~」
そこまで言うと、また彼女はテーブルに突っ伏した。
加持は、そんなミサトを暫く見つめていたが、冷蔵庫のミネラルウォーターをグラスに注ぎ、彼女に差し出した。
そのグラスを一気に飲み干したミサトは、目の前の人物を見て目をぱちくりさせる。
「あ、ありがと…」
「えっと…加持くん、なんでいるの?」
「相変わらずひどい言い方だなぁ…シンジ君にご招待頂いたから来たんだよ」
「まぁ、遅れちゃったけどな」
「あんたらしいわ…あ、シンちゃんやアスカは?」
「公園に花火しに行ったよ、下ですれ違った」
「…大丈夫かしら」
ミサトはさっき追い出すように手を振ったのも忘れて、急に心配になる。
そんな彼女の気持ちを察して、加持はミサトの手を取った。
「葛城の酔い覚ましついでに、様子見に行くか」
「しっつれいね~そんなに酔ってないわよ」
しかしミサトは立ち上がると、すぐにふらついて加持の腕の中に倒れ込み、彼に寄り掛かりながら、マンションを出た。
外は涼しかった。
結局ミサトは飲み過ぎで、自分で歩くことも出来ず、またも加持の背中にとまっていた。
(昔もそうだったし、最近も、そう。)
(もう何度めなんだろう。)
そんな思いを廻らせている時
「ローソクだーせーだーせーよー」
「だーさないとひっかくぞー」
加持がふとあの歌を口ずさんだ。
「あれ?その歌、加持くん知ってるの?」
「昔、誰がさんから教えてもらったからな」
「…そうだったっけ」
「あの頃のことは、どんな小さなことだって覚えてるさ」
「バカね」
「違うよ、みんな大事なことだっただからさ」
「…ホントにバカ」
ミサトは背負われてる加持の背中を、そっと、抱きしめた。
ふと見上げると満天の星
「凄いな」
加持がつぶやく。
「うん、星ゆっくり見るのなんて、すんごい久しぶり」
「しかも天の川が見れるなんて、なんか嬉しいな」
ミサトは空に目が釘付けになった。
加持も暫し足を止めて空を見上げている。
「今日は織姫と彦星、ちゃんと会えたわね」
「俺たちみたいにな」
そんな加持に、ミサトは何も言わない。
けれど、シンジ達のいる公園へ辿り着く前に、加持とのこの時間を、もう少しだけ感じていたかった。
おしまい。
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