同居人
2013.7.20 sat.
「シンジくん、ここはあなたの家なのよ」
「…た、ただいま」
「おかえりなさい」
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同情…とか、そゆワケじゃないんだけれど、やっぱり放って置けなくて同居を申し出た。
自分の息子をエヴァに乗せるだけでも、親としては相当な決断なのではと、思っていたけれど、どうやら碇司令はそうではないらしい事を知って。
司令が大変な重責を抱えているのは分かる。わたしだって、自分の責務に押しつぶされそうになる時があるもの
けれど 、司令の態度はどこか一線を画しているような、そんなニュアンスを感じる。
それは子供の頃に父親に見放されていたと思い込んでいた、自分を思い出した。
(それにしてもお母さん似なのかしらね…)
(全く似てないとは思わないけれど)
シンジくんの優しい顔立ちは、碇司令の子供には見えなかった。
(しっかしリツコの奴…余計な事言うんだから)
確かにいくら子供とはいえ、他人と同居するなんてわたしも思い切った。
…しかも男のコとだし、ご飯とか掃除とか部屋の準備とか結構大変だろうし
きっとシンちゃん育ち盛りだろうし。
(同居か…)
過去に一緒に住んでいたある男の顔が浮かぶ。
アイツと暮らしていた時は
一緒にご飯を食べて
一緒に学校に行って
一緒に寝て…
(あ~バカバカ何を思い出してんだか。)
(しっかし勉強以外は欲望だけで生きてたわね…)
別れてからは学校で会うことはなかったし、社会人になってから、結局同じ組織で働いていたけれど、いつも逃げるように支部を転々とした。
(どうしてんだろ…ね)
そんなことを思いながら、止まったエレベーターから降りる。
引っ越してきたばかりのマンションは、使われている部屋が少ないにも関わらず、自分の部屋に近づくと、味噌汁の美味しそうな香りが漂っていた。
ハッとして部屋のドアを開けると、真っ暗なはずの家の中が明るい。
『遅かったな、おかえり』
そこには夕飯を作ってる大学生時代の加持がいた。
立ち尽くす、わたし。
…勿論、そんな幻は一瞬にして消えた。
わたしは苦笑いして、薄暗いはずの玄関のドアに手をかける。
(未だに忘れられないか)
(いえ、忘れようとしないだけね)
あの頃、わたしが先に出かける時はいつも
「お、いってこ~い」と加持は声をかけてくれた
アパート部屋の明かりで加持が先に帰っていると分かると、「おかえり」と言われるのが嬉しくて、いつもダッシュし、二階にある部屋まで階段を駆け上がった、そんな家族ごっこしていた日々を思うと、別れた痛みより、暖かさが胸に広がる。
中に入ると玄関は暗かったが、その廊下の先のドアから明かりが洩れている。
わたしは衝動的に靴も揃えずに、部屋に駆け込んだ。
「ミサトさん、おかえりなさい」
キッチンで夕食を作っていたのは、加持であるわけではなく、シンちゃんだった。
微笑むシンちゃんのその手元には、綺麗に刻まれた野菜が盛られたお皿。
(わ、美味しそうだなぁ)
そして、コンロには味噌汁の入った雪平鍋が見えた。
(…そっか、だから思い出しちゃったんだね)
苦笑い
少し胸が締め付けられるような、そんな想いと共に。
でも
味噌汁とシンちゃんの笑顔に癒される。
それにしても、この子はこんなことも出来るんだ。
わたしはこの子と一緒に住むことで、父親が彼の保護者として最低限のことしかしない。可哀想なシンちゃんと決めつけて、何かしてあげたと自惚れてた。
子供扱いして、自分が優位に立ったつもりでもいたのだろうか。
(…情けない)
そんなことで、この子はごまかされないだろう。
14歳
目の前から父が消え
母が行方不明になり
わたしは声を無くした
自分のことを思えばよく分かるじゃないか。
ふ~っとため息をついてシンちゃんを見ると、美味しそうなおかずが、テーブルに並べてられていく。おまけに、わたしのお酒のつまみまで用意しているようだ。
(ホントに気がつく子なんだな)
シンちゃんと一緒に暮らしただけで、ここに引越して来た頃とは違う、家庭的な雰囲気が漂っていた。
そんな暖かさの中にいることが、ただ素直に嬉しい。
(…料理は出来ないし、掃除も苦手なわたしだけれど、せめて「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」はちゃんと言ってあげなきゃ)
久しぶりに家族が出来たのだから。
fin.
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