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彼岸桜

2013.2.5 tue.(四季シリーズ1)

卒業式の彼女はとても綺麗だった。

袴姿の女子学生は、もちろん沢山いたけれど
薄くだが化粧をし、きちんと髪を結ったミサトは
元々綺麗な顔立ちをしているから、目立つし
今日はいつもの元気な彼女とは、どこか違う雰囲気で。

私はと言えば、母親のお下がりの着物で
友人達には「渋過ぎる」とか「極道の妻」とか
同じ感想を、延々と聞かされた。

…いえ好みで選んだものだから、いいのだけれど
ここまで、誰もかれも全く同じ反応なら
いっその事、ピンクとか可愛らしい色の振り袖でも着れば良かったかと思う。

3年生の夏から、大学の外で研修を受けていたミサトとは
暫く疎遠になっていたけれど、最近は会う事も多かった。
けれど卒業すれば、また離れ離れになる。

ミサトはドイツへ

私は第三東京市へ

母体は一緒の場所に就職したとはいえ、全く違う部門の仕事をするのだから
配属が別々になるのは仕方ないけれど、やはり少し寂しい気がした。

**********

「ね、リツコ」

友人のコトコが私の袖を引く。

「どうしたの」

彼女は声を潜めて私だけに聞こえるように言った。

「…加持君がいる」

「え?」

(リョウちゃんが…?)

最初は冗談かと思った。

4年生になってからは、全く学校で姿を見かけなくなっていた彼。
おそらく論文だけしか、残っていなかったはずだから
このまま、卒業していくのだろうと思っていたけれど
式に姿を見せるとは思わなかった。

しかしコトコの言う通り確かにそこに加持君の姿を見つける。

大学の校門の前にある、学生の溜り場のレトロな喫茶店の敷地内に
どっしり存在感を見せつけている
セカンドインパクトも生き延びた大きな桜、早咲きの彼岸桜は
見事な位にびっしりと、こぼれ落ちそうな程の花を咲かせている。

今日は時々風が強く吹いていた。
その意地悪に耐きれなかった花びら達が、ちらちらと美しく舞っていたのだが。

…その大きな桜の幹の影に彼はいた。

コトコに教えてもらわないと、気づかない位に
隠れるようにして立っている彼。

多くの男子生徒がそうしているように
卒業式用の正装…紋付袴やスーツの様な姿でなく
いつものラフな格好のままだったせいか、すぐに分かった。
全く目立たず、桜の木に溶け込んでいるようにも見える。

そして彼の視線の先には、明るく無邪気に笑って
仲間と談笑している、ミサトがいる。

一瞬声をかけそうになって、やめた。

彼と別れた後のミサトを思うと
とても声をかける気になれなかったのだ。

それに彼は、ミサト以外に視線を向けようとはしなかった。
その姿は近づきがたく、まるで、彼の世界はそこしかない様にも見えて。

不安そうに、判断を請うコトコに目配せし
それ以上加持君のいる方向を、見ないようにした。

それが友人として、正しい事なのかは分からなかったが
何より彼が姿を見せる事を、極力避けている事が分かる。
だから、そうした方がいいと思ったのだ。

卒業式に久々に仲間と集まったせいか、話に夢中なミサトは
彼の気配に気が付いていない、と思われた。

卒業生がどんどん集まって、華やかさが増す。
時間になり、式が行われる講堂へ入る前に振り返ると
もう加持君の姿は無かった。

私は複雑な気持ちで式に望んだ。
やはり、ミサトに加持君が来ていた事を教えた方が良かった気がしたのだ。

けれど式が始まると、形だけだと思っていたのに
社会人になるのを改めて感じ、背筋が伸びる気がして
暫しその事を忘れた。

ちゃんとした卒業式に出たのは、小学生の頃以来だろうか 。
中学生の時も高校生の時も、こんな形式張った行事は無かったので
私は思いがけず目頭を熱くし、自分でも驚いた。

もっとも仲間は号泣していた。
…特にミサトは、私にがっちりしがみつき
せっかくのお化粧が取れてしまう位に、泣きじゃくっていた。

そういえば、私は母さんが出席してくれたけれど
ミサトの親族は、誰もいなかった。
だから彼女は、余計に寂しかったのかもしれない。

涙をポロポロ流すミサトに、私も言葉が少なくなり

「今生の別れじゃないのよ」

と言うのが精一杯だった。

私もこの友人と別れるのが、辛くなっていたのだ。

やがて式が終わり、この後の謝恩会へ急いだり
別れを惜しむ卒業生の声が、あちらこちらで聞こえ始めた頃
ミサトの姿が、見えなくなっている事に気が付く。

母にミサトを探してくると告げ
ミサトの行きそうな場所を探したが、見つからない。
講堂へ戻っているかもしれないと、再び足を向けた。

その時、私の視界が一瞬淡いピンク色の世界になった。

強い風に吹かれ、桜の花びらが沢山私の方へ流れて来たのだ。

何気なく、花びらが飛んで来る方向を見ると
加持君が隠れる様に、ミサトを見つめていた
あの満開の桜の木の下に、彼女はいた。

いつからそこにいたのだろう…ただ佇んでいる。

そこに加持君はいない。

けれど、桜の木を愛しむ様に見つめているミサト。
間違いなく、彼女は彼を見ていた。

ミサトは気づいていたのだろうか
あの時、彼が他の誰にも見せない、優しい表情で
貴女を見つめていた事を。

そして加持君は知っているのだろうか
今、彼女がこの桜に他の誰にも見せない美しい表情で
貴方を重ねて見つめている事を。

…私はふたりに結ばれた、赤い糸を見た様な気がした。

再び風が桜の木に流れ、その花びらがミサトを包み込むように舞う。

ふたりの想いに答えるように舞った、桜の花びらも
桜の木に溶け込む彼女も、とても綺麗で。

私はその姿から、目を逸らす事が出来ずに
彼女をいつまでもいつまでも、見つめずにはいられなかった。

Fin.

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