36.氷の融解に備える
・北極で2週間の予定が2か月に
土谷様へ 6月11日
大場さんはゴール地点まで、残す所200kmのところまで来ています。明日6月12日午後9時に無線交信の予定です。土谷さんも個展に向けて忙しくやっているのではないかと想像しています。
大場さんの日記を読み返していたら、土谷さんが作ってくれたステッカーの事が書かれてありましたのでFAXします。前回の補給時に大場さんから、そのステッカーを預かってきています。
それは大場さんがダンボール箱からはがしたと見え、3分の1が無くなったよれよれのものでした。あの雪と氷の荒野を歩く大場さんにとっては、土谷さんの作ったステッカーは、心を燃やすストーブの役割をしていたのではないかと胸が熱くなりました。
私もレゾリュートに来て2ヶ月以上経ってしまいました。2週間の予定だったのがあっという間です。私がレゾリュートに来た時ここにいた、河野さんチーム、オランダチーム、イギリスチーム、日本人のポーラフリーチームの全ての冒険チームは帰ってしまい、テリーさんのロッジも全く静かです。
こちらに来てすぐの補給では大場さんと会えず、補給機からの無線で、大場さんが言った、「助かった。イヤー今回はもうだめかと思った。志賀さん助かったよ」の言葉に動かされ、仕事や家族と離れてこうしている自分をわがまま極まりないと感じると同時に、わがままをさせてもらっている事を幸せに感じています。
横断の成功・失敗はともかく、大場さんがギブアップするまで、私ができる全ての力を尽くして、補給の準備をしようと思っています。土谷さんも個展に向け忙しい中、お体に気をつけて頑張ってください。
PM11:55 志賀
・最後の山場
6月14日
レゾリュート時間 6月12日午前0時、大場さんは北緯85度00分を越え、翌13日には、1日24㎞以上を歩く超人ぶりを発揮しています。
ゴール地点のワードハント島は北緯83度、西経74度付近にある小さな島です。小さな地図にはワードハント島は載っていませんので、エルズミア島の先端にあると思ってもらうとわかりやすいです。この島は高さが1360フィート(約400m)あり、ポーラーフリーの成田君から聞いた話ですと、晴れていると70kmから80km先からでも見える特徴のある形をした島だそうです。
このまま順調に行けば、あと1週間もすると大場さんの目にこの島が入ってくると思います。この島には小さな小屋が2つあって、気象観測をしている人が2から3人滞在することがあるそうです。ワードハント島まで残りの距離は170km(6月14日現在)となってきました。ここから先には100mから200m位のオープンウォーター(開氷面)があったり、北風が吹いてできるプレッシャーリッジ(乱氷)が数多くでてきたりする事が予想される、最後の難関です。
6月12日夜9時と6月13日夜9時の大場さんとの無線交信では、次のような会話をしました。
■6月12日 午後9時から ファーストエアー社にて
10分間にわたって呼び続けたが応答はなかった。
■6月12日 午後10時から10分間の交信内容
テリーさんのガレージ2階にて
私・・・・・「85度通過おめでとうございます。もう少しですね。体調に問題はありませんか?」
大場さん・・「ラジャー ラジャー 問題ありません。ありがとうございます。」
私・・・・・「前回の補給時、壊れたものはありませんか?」
(受信状態が悪く、同じことを何度も言ってもらうように大場さんへ依頼した。この時は判断できず、無線交信を録音したテープを聴きなおして後で理解できた。)
大場さん・・「ポンプ ポンプ ボートのポンプ」
私・・・・・「スコップですか?よく聞き取れません。」
大場さん・・「ノー ボートのポンプ」
私・・・・・「よく聞き取れないので明日13日夜9時、再度の交信時にしたいのですがいかがですか?」
大場さん・・「ラジャー ラジャー」
*受信状態が悪く、話の内容が聞き取りにくかった。
■6月13日 午後9時から15分間の交信内容
ファーストエアー社にて無線交信 状態良好
私・・・・・「前夜交信時の壊れたものは、ボートのポンプですか?」
大場さん・・「そうです。ボートのポンプです。ドロップオフ時に壊れていました。」
私・・・・・「ボートは持っていますか?」
大場さん・・「ポンプが壊れたので、ボートも使いようがなく、置いてきました。」
私・・・・・「昨日レゾリュートでボートの空気を口で入れることを試したら30分くらいで入りましたので、次回のために覚えておいて下さい。」
私・・・・・「次回の補給は必要ですか?」
大場さん・・「食料燃料は十分に残っているので必要ないと思います。得に・・・・・・ワードハント島まで行けます。」
(イヌイットの交信がかぶさってよく聞き取れず)
私・・・・・「了解しました。もし補給が必要な場合、無線交信で打ち合わせをしましょう。その他壊れたものはありませんでしたか?」
大場さん・・「食料 チョコレートなどバラバラに飛び散りました。食用オイルも壊れましたが、特に問題ありません。」
私・・・・・「補給がある場合に備え、食料燃料以外に準備しておくものはありませんか?」
大場さん・・「今は特にありません。」
私・・・・・「氷の状態はどうですか?」
大場さん・・「北風が吹いて氷が押され、リードが閉じていました。視界もよく暖かかったので今日は距離を伸ばせました。衛生写真で次回、エルズミア島付近のオープンウォーターの状態を知らせてください。又いつごろから氷が融け、海が開き始めるのかが分かったら教えてください。」
私・・・・・「了解しました。次回無線交信は6月16日午後9時でいいですか?」
大場さん・・「ラジャー ラジャー ありがとうございました。」
これで無線交信を終了しました。レゾリュートもここ1週間は、どんどん雪が溶けて道路の雪はなくなり、雪融け水が川になっています。大場さんのいる場所はここから1000㎞離れていますが、どんどん暖かくなっているようです。大場さんは、氷が融けて海が開くのを心配していました。今はゴムボートも持っていません。あと2週間、氷が融けずにいる事を祈るのみです。
緊急補給のために、食料・燃料・スキーのシール・ゴムボートなどは既に用意してあります。もう1つ心配なのは、プレッシャーリッジ(乱氷)です。北風が強く吹くと風に押された氷が陸に近づき、行く場所がなくなってみてる間に2m位盛り上がることがあるそうです。大きいものは2階の屋根位の高さのものもあるそうです。
こういった乱氷が北緯84度以南に待ち受けている可能性が大です。今までの補給時、何度も悪天候に遭遇した不運の種がつき、これから先の大場さんの行程が運に恵まれるのを祈っております。大場さんがんばれ!!
6月14日午後9時 志賀