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雨の日曜日

春の雨はとても静かでいつの間に止んだのか

昼下がり
遠慮がちになるドアベルの音で
来客に気がついた
まんぷく書房は予約制なので
突然の来客は珍しい

思いついて母校へ続く並木路の桜を見に
雨の中やってきたらしい
帰り道で
花壇に埋もれる様に差した
小さな看板を見つけてドアを開けたとの事

狭い店内をぐるりと見回すと
店主のわがままなこだわりを
すぐに察したらしく
見せてもらってもよいか?と問われる

たとえ偶然でも
ふらりと迷い込んだだけでも
来客は歓迎だ

正直にいうと
予約して訪れるお客様よりも
こうしてふらりと迷い込む様に訪れる方が多い

学生時代、薬草学の授業を専攻していたという
そのお客様が角の目立たないところにあった
図鑑を見つけて目を輝かせた
もう絶版になってしまった古い植物図鑑

子供の頃、おじいさんの本棚から
こっそりとって何度も眺めた図鑑と
同じものだそうだ
子供向けではなく学術的な本で
内容はさておき
植物が写真ではなく精緻な絵で説明されており
読まずとも絵からエネルギーを感じ
書棚に加えたものだった

まんぷく書房の古書の中では
破格に値段も高く(仕入れ値も高かった)
何より厚く重さもあったので
売れないだろうなと思いつつ
自分の愛蔵書のように
時折りページをめくって眺めていたのだ

とうに亡くなったお祖父様の本棚は
いつのまにか整理されて
そのお気に入りの図鑑も
他の本とまとめて処分されたそうだ
重い図鑑を満足げに抱えて
また降り出した弱い雨の中帰っていかれた

まんぷく書房の古書達がどんな道筋を経て
ここへきたかはわからない事がほとんど
あの植物図鑑もそうだ
でももしかすると
研究者だったというお祖父様の
本棚から時を超えて
まんぷく書房へやってきたのかもしれない
あのお客様にまた巡り会うために

『偶然とは匿名を用いた神の仕業』
誰の言葉だか忘れてしまったけれど
そんな事を思った雨の日曜日

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