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小説(SS) 「路上の旅先」@毎週ショートショートnote #ネコクインテット

お題// ネコクインテット  ※1,600字くらい


 飼い主が出かけている隙を狙い、その気まぐれな好奇心から家を抜け出した老猫ジョーンズは、すぐに後悔した。
 帰り道が、わからなくなってしまったのである。
 老いゆえの己への過信か、こっちだと思った方向に行けば行くほど、見知れぬ建物に出くわした。

 それからの三年間、ジョーンズに待ち受けていたのは、くさい飯を食う毎日だった。

「ああ、ケーキが食いてえ……」

 飼い主に恵まれていたジョーンズは、猫用のデザートの味がわかるほどに舌が肥えていた。 
 当時の暮らしを思い出しながら、ふと、路地裏のゴミ箱を漁っている自分に気づく。

「なぜおれは、骨だけの魚をくわえているんだ」

 あの頃に戻りたい。飼い主が友人たちを招いて、楽しそうに楽器を演奏していたあの頃に。そういえば、音楽でテンションが上がってしまって、譜面台をしょっちゅう蹴り倒していたっけ。ここで野垂れ死ぬ前に、一度でいいからまた聴きたいなあ。

 そのとき、ゴミ箱を掘り進めていたジョーンズの手になにかが当たった。ぐっと引き揚げると、それはバイオリンだった。
 ジョーンズは目を見開いた。ひらめいたのである。飼い主の演奏が聴けないならば、自分で弾けばいい。どうせ退屈していた身だ。ネズミと遊んだりカラスをからかったりする日々にはもう飽きた。そうだ、余生を注ぎ込んでこいつを弾きまくってやろう。待てよ? なんなら、人間相手に商売をすればたんまりと飯が食えるんじゃないか? 人間は金を持っていて、そいつで美味いものを買っている。

 衝動に突き動かされ、ジョーンズは来る日も来る日も練習を重ねた。最初はひどい音がしたが、いつからか、聴けるくらいのレベルまで上達していた。ついには彼の演奏を聴き、真似をする猫まで現れたことで、ジョーンズは路地裏仲間を集めてブルースバンドを結成した。
 人間たちから、「ネコクインテット」と呼ばれるようになった五匹組バンドは、街の片隅でライブを始めると、すぐさまメディアに取り上げられた。
 日に日に観客は増えていき、それに応じて得られるごちそうも豪華なものになっていった。

 そんなある日、ジョーンズはいつものように路上でバイオリンを演奏していると、観客の中に見覚えのある人影を見た。
 それは、家を飛び出して以来、一度も会うことのできなかった飼い主だった。ふとその姿が目に入ると、あの頃の日々がよみがえった。ジョーンズは、いますぐにでも飼い主の胸に飛び込みたかった。しかし、はやる気持ちを抑え、震える手脚を必死に制御する。演奏を止めるわけにはいかない。すべてはこの楽曲のあとだ。溢れ出る感情をこらえながら、ハーモニーを奏で続ける。飼い主のいる方を見ることはできなかった。そっちを向こうものなら、もう演奏どころではなくなってしまう。心から湧き出る音に耳を傾け、バンドのグルーブに身を委ねる。
 やがて演奏が終わると、路上ライブ会場は盛大な拍手に包まれた。人間たちが投げ銭やごちそうを置く中、ジョーンズはようやく、飼い主のいる方向を見た。そして、凍りついた。

 元飼い主の腕には、見知らぬ猫が乗っていた。
 時間が止まったような感覚になった。もう何年も家を離れていたジョーンズに、帰る場所はなかったのである。元飼い主はゆっくりとしゃがみ込むと、ポケットをまさぐり、ジョーンズの前にケーキを置いた。それは間違いなく、かつてあの家で食べたものだった。しかし顔を上げると、元飼い主の表情に浮かんでいたのは、身内に向けた温かさではなく、他人として頑張りや功績を賞讃する、他の人間たちと同じような反応だった。
 元飼い主は、優しく微笑むと、散り散りになっていく人混みの中に消えていった。

 忘れてしまったのだろうか。
 しかし、ジョーンズはそれでもいいと思った。
 自分が新たな道を歩んだように、飼い主もまた、なにかしらの思いを胸に前へ進んでいるのである。
 それに、もう会えないというわけではない。

 ジョーンズはバイオリンをしまうと、バンド仲間と目を合わせ、次の街へと繰り出すのだった。
 

〈了〉1,656字



だいぶ、長くなってしまいました。
最後の再会あたりが難しくて、言葉繰りに迷っていたら、時間も結構かかってしまいました。

今日、恵比寿にあるブルーノート・プレイスというジャズの生演奏が聴けるレストランに行ってきまして(決して気取ってるわけではなく、ジャズに嗜みがあるわけでもなく、ビヤホールに行くつもりで店に入ったら、おしゃれすぎる空間に迷い込んでしまい……)バイオリン演奏を聴く機会がありました。

 そのインスピレーションもあってか、題材選びもどこか近しいものになったような気がします。
 ドラムの人、すごかったです。。

長いのに読んでくださり、ありがとうございます。
ではではまた。

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