小説(SS) 「復習Tシャツとお金」@毎週ショートショートnote #復習Tシャツ
お題// 復習Tシャツ
それは夕食の献立を考えるよりも早く、いともたやすく行われた。通販の注文ボタンは、スマホの画面を押すか押さないか――リビングのベッドで横になりながらでも簡単にできるのである。
ほどほどの年収のサラリーマン夫を持つ二児の母トモコは、インターネットウィンドウショッピングを楽しんでいる最中、怪しい輝きを放つその商品に目を奪われてしまった。
〈復習能力が爆上げ!? 着るだけで勉強脳に早変わりしちゃう魔法の復習Tシャツ。3,000円!〉
馬鹿馬鹿しい。トモコは思った。
しかし不意に、小学五年生と三年生になる子どもたちの毎日遊び呆ける姿がよぎった。学校の成績で「5」がついたことはいままでに一度もない。このままではアホに育ってしまう。トモコは募り募った危機感から、我が子のためを思って復習Tシャツをショピングカートに追加した。クレジットカードの番号入力はお手のものだった。
注文の品は翌日すぐに届いた。トモコは、白地に〈復習〉とだけ書かれたTシャツを「ダサい!」の一点張りで着たがらない息子に無理矢理着させてみた。すると、息子は急に静かになって自分の部屋にある机に向かって、あろうことか教科書を開いたのである。夏休みの最終日近くにならないと騒ぎ出さないはずの息子が、である。
以来、息子はなにかに取り憑かれたように従順な復習のしもべとなった。そんな我が子の豹変ぶりを見て、トモコは確信した。
これは本物だ――間違いなく金になる!
トモコはお金が大好きだった。ほどほどの収入の夫との暮らしに大きな不満はないが、贅沢暮らしへの渇望は人並み以上にあった。
そうだ、転売しよう。心の奥でふと湧き起こった純粋な閃きを得てからのトモコの行動は早かった。復習Tシャツを買い足し、インターネットのフリーマーケットアプリで値段を吊り上げて多数出品した。販売元の復習Tシャツは売り切れになり、増産が追いつかない状態にまでなった。トモコは以後、インターネット上に出回る復習Tシャツを売り統べる女王となったのである。
だかしかし――。
それが売れることは一枚たりともなかった。
トモコは失意のどん底にいた。そして怒りと後悔からくる衝動から、すべての復習Tシャツの出品を引き上げ、ダンボールに叩き込んで近所の古着屋に売り払った。トモコは300円にも満たない小銭を手に入れた。もう、復習Tシャツなんて見たくない――。
それから一ヶ月の月日が経った頃、トモコはママ友の間である噂を耳にした。学校中で復習Tシャツを着た子どもたちが机に向かうようになる珍現象が起きているというのだ。
トモコは目をひん剥いた。ママ友に復習Tシャツを勧められたことなど耳から耳へと抜けていき、どこか直感めいた感覚に突き動かされて即座にフリーマーケットアプリを開いた。
そこには、かつて自分が出品していた金額よりもはるか高値でソールドアウトしている復習Tシャツが、いくらスクロールしても終わらないほどの量で陳列していた。
〈了〉1,228字
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久々に参加させていただきました〜!
リハビリと新たな文体練習のつもりで書いてみたら410字に全然収まりきらない話になっちゃいました。
文フリでひと息ついてからなにかとバタバタ続きで
4度目のコロナにもなってしまいましたが、少しずつ回復しております。
夏の訪れを感じる今日このごろです。
ではではまた〜。
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