小説(SS) 「重力じゃんけん 鬼モード」@毎週ショートショートnote
お題// 初めての鬼
今夜もまた、絶命必至のじゃんけん試合がはじまった。
地下闘技場の中央にあるドーム型のリングには、屈強な肉体を持つ男二人が、拳を握りしめて向かい合う。
彼らは泰然自若と立っているが、ドーム内の重力は人工重力制御によって、地球上のおよそ32倍に保たれている。
そんな無意味で高価かつ最先端な設備が造られたのは、観客席を埋めつくす世界中から集まった大富豪たちによる出資とその膨れ上がる享楽への願望のためであった。
彼らは、ここで行われる試合――対立する企業や個人が代表者を選出し、表の世界での大型M&Aや権利をかけて激突する闇じゃんけん――を見物し、狂乱たる裏賭博に興じているのだ。
ゆえにその試合ルールも、大金を手にして世界を知った人々の感情の渇きを潤すほどに奇怪かつ理解不能。常人であれば尻込みしてしまう大胆で稚拙なものである。
重力じゃんけん。
世界各国でルールや表現形式こそ異なれど、あらゆる地域に存在し、一定の共通認識のあるごくごく簡素な遊戯――じゃんけんを過度な重力下にて5回勝負、3点先取で勝利を競う。
試合は2Gから開始され、競技者のじゃんけんの結果があいことなる度に、重力数値が2倍ずつ膨れ上がっていく仕組みだ。
過去の試合では、最高でも8倍。偶然にも、それ以上の負荷が競技者にのしかかることはなかった。
だが今、出てしまった度重なるあいこの応酬により、フィールド上の重力は32Gにまで達している。体重の32倍の重さが全身に降りかかっているのだ。
競技者の男二人はなんとかその場で立ち踏みとどまっているものの、重力で頬を垂れさせ、両肩を丸め、その両手を重力に抗わぬようにぶら下げている。
常人であれば、立っていることはおろか、すでに気を失っているはずだろう。
ドッグファイトを繰り広げる戦闘機で急旋回をしたとしても、かかる重力は8Gから10Gほどと言われている。そのときパイロットの身体を巡る血流は、重力によって下肢に集中し、全身に行き渡らない。視界は色味を失い、意識は間もなく朦朧とする。訓練を積み重ねた者ならば、数秒なら耐え得ることのできる圧ではある。だがそれも、耐Gスーツを着用してでの話だ。
じゃんけん競技者たちは生身。筋肉を剥き出しにした上半身で、服さえも着ていない。
なぜ立っていられるのか。それは、彼らが幼き頃から重力実験にさらされた魔改造ミュータントだからである。
だがその彼らとて、これ以上の過重力は受け止めきれるか怪しい。なにせ、次にあいこが出れば、フィールドの重力は、64Gという未知の領域となるのだ。
現在、両者の勝敗は2勝2敗で並ぶ。
次こそが決着の時。
しかし、絶対にあいこにしてはならない。そうなったときには、互いの命が間違いなく危険にさらされるのである!
レフェリーの声とともに最後のゴングが鳴り響いた。
会場には熱気が急激に渦巻き、金持ちたちの狂気に満ちた怒号が重なり合う。
「じゃゃああああああん、けええええええんんん!!!」
観客の視線と掛け声がリングの中央に向かって一斉に注がれる。
競技者の二人は、100キロの体重のおよそ32倍の重力に逆らい、その利き腕を震わせながら、ゆっくりと持ち上げていく。二の腕に浮き上がる血管は細い。重力の影響で、腕部まで十分に血液が行き渡っていないのだ。
「勝てええええええええええい!」
「絶対に負けるんじゃああああないぞおおっ!」
両競技者を選出した、企業の社長同士が声を張り上げる。
そして、観衆の「ぽん!」の大合唱とともに、競技者の出し手が明らかになる。
一方は、グー。
もう一方は――
グー!!!!!!
「ああああああああああああっ!!!!!!」
観衆の異様な興奮と、絶望的な落胆が会場を包む。
出てしまった! あいこだ!
それもそのはず、競技者たちはすでに体力も精神力も尽きかけており、最後まで立っていることだけに集中して、握った拳を開くことさえかなわなかったのである。
無情にも、あいこは必然であった!
ただでさえ精気の抜けた競技者二人の表情から、血の気が瞬く間に引いていく。
そして、自らの運命を悟った数秒後、会場の重力制御装置が動き出し、フィールドに降りかかる負荷が32Gから1Gずつ加速度的に上昇する。
その内部に立つ男二人は、両眼から血を噴き出し、身体中の血管から鮮血を四方へと撒き散らしながら、同時にその上体を前方によろめかせる。彼らの視界はすでにグレーアウトしていた。だが、倒れ込む寸前に、両者は無意識で踏みとどまる。会場の地面はその両脚を形どるように陥没し、その周囲を同心円状にひび割れさせている。
されど重力は彼らの限界を無視し、なおも上昇を続ける。やがて64Gに到達したとき、両者は互いに自重に抗えなくなり、ついにそのままうつ伏せに倒れこんだ。下方向への重力により、顔面を地面に強打した彼らは、猛スピードで突っ込んできたトラックにはねられることの比でないほどのパワーをもろに受け、気を失った。
まもなくして、地面全体は地響きを上げながら崩れ落ち、重力制御装置は一部から発火したのちに爆発した。
その場にいた金の亡者たちは、悲鳴と絶叫を上げて、崩壊した底へと放られていった。
あとに残ったのは、大きく地上を穿った虚空が望める穴だけであった。
〈了〉2,180字
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どこぞのケン〇ン試合みたいになってしまいました笑
それと途中まで書いて、この題材を選んだことを激しく後悔しました。
文章が重いのです。まったく、書き上げるのに体力を必要とする作品でした。。もっと気軽に、お酒片手に綴りたいものです。
今回はお題のレンジが広くアプローチに迷いましたが
結局、程度としての「鬼」という方向でやってみました。
楽しんでいただければです。
ではでは、来週もまたお会いしましょう。