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小説(SS) 「蕎麦の出前」@毎週ショートショートnote #スナイパーの意外な使い方

お題// スナイパーの意外な使い方
  

 なんてことだい。うちのじいさまときたら、もう二十分も前に注文のあった出前の蕎麦を茹で忘れていたらしい。いまようやく鍋の湯が沸騰したところだけど、こりゃ大惨事だよ。お客様が離れちまう。こんなときに限って、あのバカ息子は早めに上がってパチンコに行ってやがる。電話をしたところで、ぎゃーのぎゃーの言われるか、気づかないかのオチだよ。まったくどうするんだい、出前のバイクに乗れるのは、あの子だけだよ。あたしゃ、天ぷらを揚げるだけの主婦だよ。もう終わりだ南無阿弥陀仏。

「ばあさん、アレを使おう」

「アレたぁ、なんだい」

「こいつさ。やってくれるか?」

 じいさまが、スナイパーライフルを渡してきた。

「あんたを、殺しゃぁええのか?」

「違うぞ、ばあさん。早まらないでくれ。こいつで出前を届けるんだ。昔仕入れた、特製カプセル弾がある。こいつにネットを引っかけて、ひとまとまりにした蕎麦を発射するんだ」

「こいつぁ、とんでもねぇ」

「一定の距離まで飛行すると、パラシュートが展開される。飛行速度が緩やかになれば、正確に目的地に届けられるはずだ」

「ならあんたがやってみい」

「いいや無理だ。かつて戦場で"紅い死神"と言われたばあさんにしかできん」

「やめな、昔のことだよ」

「頼む、ばあさん! ばあさんや! 一生のお願いだ!」

「あたしゃ、あんたが泣きつくのを何度も見たよ」

「うう! だめなのか、やってはくれんのか……!?」

 しかし血は疼いていた。かつて戦場で息を殺し、自らの腕一つで戦略目標に狙いを定め、全ての命運が懸かっていた中での一撃。あのときは、直感だけでは引き金を絞れなかった。温度、湿度、風向き、地球の自転、日光が入ることによる視界の歪み、こちらと目標との環境差、あらゆる計算をした上で、スコープを覗いた。心に乱れはなかった。約二キロも離れた狙撃だったが、緊張することはなく、一人静かな時間の中で撃ち、そして六秒ほど経ってから目標に着弾したのを確かめ、なにごともなかったかのように立ち上がった。覚えている。冷静でいたが血は躍っていた。そしてそれはいま、じいさまからスナイパーライフルを受け取ったこの瞬間にも似たものを感じさせていた。

 あたしはじいさまが示した目標の家をスコープの中から覗いていた。家の屋上。幸いにも風はない。ここは高台にあるから、いつもなら強い風が吹く。しかしそれがない。見晴らしはよく、目標との間に大きな木などの障害物もない。問題は弾丸の特殊さと蕎麦の重量だった。ゴム弾より、はるかに距離は出る。しかし大気中でどれだけ減速するかがつかみきれない。いいや、なにより蕎麦だ。ネットの中にひとまとまりになっているからといって、すべてが思い通りにいくとは思えない。重量計算自体はすでに終えている。だが、せいろの中での蕎麦の傾きがどうなっているかがわからない。うちのじいさまは雑なところがあるから、片方に寄ってしまっている可能性はおおいにある。だから、多少は幅を効かせた想定でいなければならない。パラシュートが開くことを考えたら、目標に直接撃つ必要はない。上下の誤差は問題ないが、左右のブレは致命的だ。とはいえ、パラシュートを信じることはできない。目標周辺の風はおおよそまでしか予想がつかないうえ、どのタイミングで開くかはじいさまの言う通りだとしても、ドンピシャで座標を合わせられるかというと、ほぼ直感に従う以外のなにものでもない。
 可能な限りの計算はし尽くしたはずだ。あとは、その一点に向け、確実に、あのときと同じ動作で、静かにトリガーを絞るだけ。

 目標上空に、カプセル弾と蕎麦の入ったネットが飛んでいった。あとは見守るしかない。ゆっくりとパラシュートが開いていく。ネットに入ったせいろ蕎麦が重しとなって、徐々に高度を落とす。ネットがくるくるして、絡まっているのが見える。だが、大きく座標に影響はなさそうだ。いいや、ちょっと待て。ねじれすぎている。ネットの上の方が、よく見ると千切れかかっている。最大倍率までズームをしてみる。もう千切れていた。
 街中に、蕎麦が降り注いでいた。
 

 
〈了〉1,681字



またくだらないものを書いてしまいました。
ただ、蕎麦が街に降り注ぐというオチを書きたいがために、長い文章に時間を使っています。

今回は、スナイパーの知識が必要になったので、
ChatGPTくんに、やりたいことを叶えるアイデアを出してもらいました。

カプセルにピザを入れるという謎のアイデアでしたが、おかげでこれを借りて、いい塩梅のところまで落とし込めたんじゃないかなと思います。

ではではまた〜

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