
助監督時代
大学生のとき映画学科だったのですが、入学と同時に演劇と映画のサークルに入ったわたしはあっというまにそのおもしろさにのめりこみ、授業そっちのけで自主映画や演劇作りに没頭していきました。
誰かに何かをやれと言われるより、自分たちでこれをやろう!!と思ってやったほうが楽しいのは当たり前です。
ついでにサークルの先輩の紹介などでときどきプロの撮影現場のお手伝いをしていたこともあり、おとなしく授業だけを受けている同級生たちより2つも3つも先の世界を知っていたわたしは大学の先生の脚本や課題を「レベルが低くてつまらない」と完全に見下していました。
いま思えば授業にちゃんと出ていた同級生はそれはそれで立派ですが、19歳くらいの自分は反抗心と若さと傲慢さが全面に出ており、授業なんかより現場で学べることのほうがはるかに多いと、たしかにそうなんですけど、まあとにかく先生からは問題児扱いされよく呼び出されていました。
自主制作映画とか自主制作舞台なんて99.9%はしょうもないです。
そもそも演劇や映画を作ろうなどと思う人種の大半は基本的に自己愛が強く、自己顕示欲を満たすためだけにその業界を選んでいるだけで、意識の芯の部分に創造性の火を灯している真のアーティスト気質の人は本当に少数派です。
そんなわけで、芸能の世界で有名になることが、どれだけ難しいか、なんとなく知っているつもりです。
わたし自身はそんなことより学生の頃は、ただただ楽しい、という気持ちだけで奔走していたので、確固たる「これを作りたい」という気持ちはありませんでした。
そういう意味では良くも悪くも表現に対しての欲が無いので、撮影や舞台を誰よりもがんばる割に、どこか無頓着で受動的で、先輩や現場の人からは「もったいない」と言われることがよくありました。
しかしそう言われても、ありがたいとは思う反面、それが「じゃあ何か作ろう!!」という情熱には結びつかず、どこかで最後の一歩を踏み込めずにいました。
つまりわたしは映画も演劇も本当にやりたいことではなく、単にマイノリティで非日常的な世界がおもしろかっただけなのでした。
そもそも映像制作の現場はハラスメントの嵐です。
男も女も関係なく、使えないと罵倒されます。
怒られるのが大キライなわたしは、自分の中の瞬発力を総動員して撮影の時間だけは異常に集中していられるのですが、基本的に虚弱寄りのためそのあとの反動がすさまじく、体力的にも精神的にもこれを仕事にするのはむりだろうなあと思っていました。
なので結局は映像制作会社への就職はしなかったわけですが、それでも学生時代の助監督経験は、自分の中では青春そのものといった、人生の宝物です。
昔々、池袋の裏のほうで深夜に、あるVシネの撮影をしていたことがありました。
池袋の裏の方には、風俗のお店がたくさんあります。
もちろんそんなことはまったく知らない純粋で世間知らずの19歳新米助監督のわたしは、くそ真面目にでかい声で、
「本番、いきます!!」
とスタートを叫びます。
風俗の店の目の前で19歳の女子が本番いきますと叫ぶことがどういうことかというと、道端にいる全てのおっちゃんたちが爆笑するくらいおもしろいわけです。
「ねえちゃん!!本番か?!」
と笑いながらからかってくるおっちゃんに、しかし19歳の純粋で世間知らずのわたしは、負けじと真剣な顔で、
「シッ!!おっちゃん黙って、いま、本番中!!」
と返してさらに爆笑されるという有様でした。
深夜の撮影はいろいろと他にもまずいことが起きやすい(警備員さんに追いかけられる等。その場合は全員が別の方向へ逃げる)ので、監督・カメラ・俳優・助監督という少数精鋭で向かうのですが、無知なせいでいろいろと迷いのないわたしは幸か不幸かよくそのメンバーに選ばれており、そのゲリラ的な雰囲気がとにかく楽しくて毎晩徹夜で西武池袋線沿線をかけめぐる日々でした。
世間知らずだったからこそ、若かったからこそ、楽しめた日々でした。
2年くらいやって、完全に気が済みました。
「楽しいけど、わたしには向いてない」
だからいま、すべての映画や映像制作の現場にいる人を素直に尊敬しています。
テレビや映画の、なんとなく見ている数秒のワンカットに、どれだけ大変な手間がかかるか知っているからです。
カメラを止めるな!を見ると、あの時の楽しさと大変さが同時によみがえります。
あの極度の体力的精神的負担に負けず、全体で息を合わせて、なおかつ良いものを作る気持ちを維持するのは並大抵のことではないです。
あの世界の辛さからすっかり解放されて、一観客として楽しめる側にいられることは素直に幸せです。
そして映画が好きだ!!という気持ちを貫き通した監督には、大ヒット本当におめでとうございます、と心から申し上げたいと思っています。
カメラも情熱も止めなかった、すごい!!!!
意識が現実を作る、本当にその通りなんですが、それでもすごいなと思います。