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在宅勤務がもたらした心の変化。

リモートワークにシフトしたのが、4月上旬。それまでは、会社では在宅制度があったにも関わらず、オフィスで仕事した方が捗るからと言って、在宅はほんの数回しか使ったことがなかった私にとって、新たなワークライフが始まった。それも、「突如」だった。

最初は、お昼休みに散歩が出来るし、通勤時間がなくなるので、その時間を他に充てられるし、「結構良いかもしれない」と思っていた。コロナの影響で、社内の働き方が一気に変化したことにより、人事部に属する私の仕事は増大した。しかし、なんとかチームで協力しながら、こなしていった。在宅勤務でもチャット、電話、会議、便利なツールのお陰でリモートでのコミュニケーションも慣れてきた。

しかし、5月に入ってからだろうか?なんだか急にやる気が出なくなってきてしまった。毎朝、仕事に向かうのがしんどい時期が続いた。自分は、なぜこの仕事をしているのか?何のために生きているのか?よく分からなくなってきてしまったのである。コロナ禍での社会的不安の影響だろうと思われるかもしれないが、自分の中では、割と明確に、コロナによる社会の変容が原因ではないと分かっていた。

私の仕事は、会社の歯車になるだけで、誰もが担えるものである。自分である必要はない。しかし、そんな仕事は世の中ごまんとある。企業内での仕事とはそういうものである。その仕事に対して、1日8時間以上もの時間と労力を割いて生きていかなければならない、と考えるとゾッとして、急に真っ青になってしまったのである。(恥ずかしながら、学生メンタルではないかと思われるかも知れない。でも、事実なのだ・・・。) 転職できたときは本当に嬉しかった会社だし、別に、仕事が嫌いな訳でもない。(嫌なときももちろんあるが) また、周囲の人間関係で悩んでいるわけでもない。なぜだろう。

考えれば考えるほど、ドツボにハマっていき、軽く鬱状態な感じで5月を終えた。「自分は無価値である」という悪魔の囁きも聞えてきた・・・。これはやばい!と思い、なんとか、なんとか、くだり坂な気持ちを平行線までもっていった。(お陰で?こんな精神状況だったため、"マインドフルネス"や"認知療法"、"心理学"という領域への関心が出来た)今は、またやや普通の精神状態に戻ってきた。でも、いつまた振り切れるかわからない。やっぱり、一度きりの人生、「私は私の好きなことをして生きていきたい」という気持ちもある。

好きな事って?一つは文章を書くことである。0から自分の感情を表現したいのだ。あとは、つくってみたいものあるんだ。グラフィックもそうだし、映像もそうかも。(グラフィックで言うと、Photoshopをもう一度やってみようかな、という気にもなった。)なんか、こう、考えとか感情とか、表現すること。仕事は頭を使って論理的に考えることが多いけど、自由に発散できる場を欲しているんだろうな。わがままだよね。

また、こんな苦しい時期があったからこそ、人に会いたいと思った。家族、恋人、友人、知人、職場の仲間。人が恋しい。会って、たくさん話したいし何かを共有したい。人って、やっぱり一人じゃ寂しいときがある。オンラインにも助けられるけど、日常の孤独感は、ふいに襲ってくる。人と会って、飲んで、元気になって、明日も頑張れるような日常も待ち遠しい。でも、社会はなかなか変わらなそう。変化を待つだけの受け身ではなく、何かを主体的に始めていかないとならない、そう思った。

仕事とは別に、好きなことをやろうと決める。安心して帰れるHOMEのような場所。これは、きっと他力本願ではなく、自分で切り開いていくものなんだろうね。エッセイがその一つ。リモートばかりのライフワークで疲れた心も、癒やせる気がする。


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