[石川忠司インタビュー]漫画と言葉と藤本タツキと(前編)
聞き手:佐藤タキタロウ(洋画コース4年)、和田裕哉(文芸学科4年)、足立大志朗(文芸学科4年)
構成:編集部
芸工大と漫画
石川忠司(以下、石川):あ、始まった。
足立大志朗(以下、足立):よろしくお願いします。「文芸学科と漫画」といえばなんですけど、オープンキャンパスとかで「漫画の授業やってます」って書いてある看板出してるじゃないですか。でも、いわゆる「漫画の授業」を受けた記憶はなくて。実際、文芸学科で漫画の授業はやってはいるんですか?
石川:ようするに、授業という形ではなくって、漫画の原稿を教員が個別に指導するっていうのと、ラノベと漫画とアニメを扱うゼミがあるでしょ? だから授業としてはそのゼミでやってるっていう形なんだよね。でも、「漫画の授業やってます」っていうと、もしかしたら1年生の時はこの時間帯、2年生の時はこの時間帯みたいなイメージがあるのも分かるのよ。だから、なんとなく詐欺っぽいことしてるなって感じにはなる(笑)。
和田裕哉(以下、和田):石川さんにもその自覚あったんですね。
石川:あるんだよね。なので、そこを埋めるために……えーと、これはもうオープンな情報だから出しちゃっていいんだと思うんだけども、まだ誰とは分からないが、大学が漫画家っていう条件で新たに文芸学科の教員募集をしている。選考が最終的にどうなるかも分からないけども、うちの学科の姿勢としては、それなりの雑誌に連載を持った経験があって、かつ自分の単行本を出している漫画家を迎える予定です。で、その人に本格的に漫画の授業をやってもらおうかと思っているんだよね。
和田:やっと名実ともに「漫画の授業をやってます」と言えますね。
石川:そうそう、詐欺的な部分がなくなるな(笑)。漫画家の教員は、漫画家志望の学生には当然絵やコマ割りを教えることができるし、漫画家志望じゃない学生に対しては、漫画を題材にしてキャラとかストーリーも教えられるから、創作コースでは「物語を教える」という学科の方向性と合致してるかな。これはいいと思ってんだよね。
和田:文芸学科が始まって以来、その体制が整うのは初めてなんですか?
石川:初めてだね。
和田:はっきりとは分からないと思うんですけど、漫画家の教員を入れるのは、例えばオープンキャンパスで「漫画の授業やってますか」「漫画家の先生はいますか」って高校生に聞かれるから、それに対応する形で「じゃあ漫画の授業も本格的にやろう」ってなっているのか、それとも、大学側に「漫画の授業で学生を集めよう」っていう戦略的な意識があるからなんですか?
石川:実はね、オープンキャンパスとかで「漫画家いるんですか?」みたいな質問ってほぼないんだよね。どちらかというと、入ってきた学生の志望がやっぱり漫画家志望っていうのが年々増えてきている。で、それを見て「まあそろそろ本格的になんかやんないとやばいかな」と思ってね。
足立:単純に、なんで増えているんだと思います? 漫画を描く学生、漫画を学びたい描きたい学生が。
石川:なんで増えてんだろ。
足立:学科設立当時は、やっぱり小説志望の子の方が多かったですか? それとも当時から漫画描きたいっていう人はいたんですか?
石川:昔もいたんだけれども、でもね、明らかにやっぱり増えてると思うよ。
和田:それは、芸工大・文芸学科関係なく絶対数として増えてる可能性もありますか?
石川:あるよね。せっかくタキタロウがいるから聞くんだけどさ、タキタロウは洋画コースじゃん? 洋画って漫画家志望ってどんくらいいんの? 増えてる?
佐藤タキタロウ(以下、タキ):ようやく俺が話せる時が来た(笑)。最近文芸の学生とよくしゃべるので、ある程度雰囲気がわかるんですが、それに比べると洋画は多分増えてないっすねあんまり。
石川:あーそうなんだ。
タキ:芸工大に入る学生の中で漫画を描きたいっていう人がいた時に、洋画に行くんだったら文芸でもいいじゃん、って考える人がおそらく増えてるんだろうなって感じますね。実際、文芸の学科棟に足を運ぶと、やっぱり魅力的なところだなって思うので。
石川:サンキュー(笑)。洋画も魅力的だよ(笑)。もう一個聞くけど、「絵画」ではなくイラストを描く人間っていうのは洋画にもいる?
タキ:います。ただ、プロ並みの子が各学年必ず2、3人いて、それ以外はイラスト描く子はあまりいないし増えてない……。洋画コースは今でも基本はあくまで「油絵を描く学科」です。多分、入試の影響だと思うんですよね。入試の時に、漫画描くような学生はこのくらい、イラスト描くような子はこのくらい、がっつり油絵やりたいような子はこんくらい、みたいなことが調整できちゃうんですよ。洋画志望の子はかなり多いので、そこの調整があるから人数が増えるというのはないと思う。漫画描きたい子と油絵描きたい子だったら、油絵描きたい子の方が絵が上手いこと多いっすね。
石川:タキタロウはもともと油絵を描いてたの?
タキタロウ:そうですね。無難に高校3年間美術部で油絵やって、そのままの流れで油絵やりながら漫画も描いてみたいな。それこそ、僕が「藤本タツキってすごいなー」って思っていろいろ調べてみたら、近所の大学出てるじゃん! って知って、こんな感じで大学4年間過ごせたら楽しいだろうなと思って芸工大に入ってきたっていう。芸工大に来た理由に「藤本タツキが卒業生」っていうのがかなり大きな部分を占めてる学生です。
石川:イラストを描く学生の率は増えてるよね?
和田:文芸でもそんな感じします。2年生の編集系の演習授業で作る雑誌は、絵の描ける子が表紙イラストを担当するんですけど、うまさのレベルが年々上がってる気がして。
石川:昔も「あ、こいつイラスト描いてんだ、結構上手いな」って思った時はあったんだけれども、今はみんなが描いてるような気がするんだよね。なんか大昔はさ、誰でも文章を書いてるような時代っていうのがあったらしいんだよね。日記とかポエムとか。ヤンキーはポエム派だったんだけれども。普段生きて感じたこと、こう感じるのがかっこいいだろうと思ったことを文章の形で残そうとしていた。でも今はその役割がイラストなのかなって感じがある。日常の気持ちを言葉で描写するのではなくて、絵で残してるっていう感じにはなってきてんのかな。
足立:それの発展形が漫画なんですかね。文章よりはとっつきやすいというか。
石川:うーん、全く分からないんだけれども、みんなが普通に絵とかイラストを描く時代なのかね。
タキ:知り合いで、ライターやってますとか批評書いてますとか、それこそこの間自分を取材してくれたライターの人のTwitterを見てみると、自主制作で漫画描いてるんですよ。そういう人たちは、結構散歩した風景とかをスケッチして書き留めてるとかしてる。今は、文字を書く人も絵との関係が密接になってきている。
和田:ざっくり「クリエイターになりたい」とか「創作をしたい」っていう人が、どんどんイラストとか漫画の分野を選び取っていくことが多いってことですかね。
石川:うちって、毎年版画コースとコラボをしてるんだよね。向こうが版画を描いて、こっちが文章を書く。俺のイメージの版画ってさ、モノトーンで“芸術”って感じがする渋いやつなんだけど、年々イラストっぽいやつが増えてきてるよ。
和田:僕たちも1年生のときにやったんですけど、イラストに近いなと感じる作品やっぱりありましたね。
石川:版画の概念も拡大しつつあるかもしれないんだよね。
和田:それは、大学としては、あまりにも版画がイラストみたいになってくるのを伝統的な版画に寄せてこうよ、みたいに矯正した方がいいんですか?
石川:逆じゃない? 開いていったほうがいい。
和田:それは文芸も同じですか?
石川:うん。
タキ:少し話を前に戻しますが、漫画を描くという選択をする子が母数として年々増えてきてる中で、彼らが芸工大の学科を選ぶ時、その選択肢もすごく増えてるんじゃないかなって思います。芸工大には、漫画描ける学生がほぼ全ての学科にいる気がする。色んなところに「実は俺も、私も」って。例えば、彫刻コースの子とかいるもんね。『Melt』に漫画で参加してくれた学生に。
和田:『Melt』Vol.2は、映像学科の1年生が2人、漫画家として参加してますね。確かに漫画描きに関しては学科で区別がない感じしますね。
タキ:実例としてあるかどうかは分からないけど、ありそうだなって思うのは、文芸学科にいるからこそ漫画を描いてみたくなるという必然性を抱えているパターン。他の学科は、最初は漫画を描きたいと思って入るけど途中から変わっていくことも多い中で、文芸の学生の漫画描きは少し特殊なんじゃないかと。
石川:それは、文芸学科に入ってみて、今までは漫画を描いてこなかったけども、同級生が漫画描いて「ああ面白そうだな」と思って描き始める、みたいなこと?
タキ:というより、画か話のどちらかができて、その上でどちらかの刺激を文芸学科の中で受けて、じゃあ両方使える漫画をやろうっていうような選択が取れるっていうことですかね。やっぱり、物語を学ぶという点だと、他の学科にいて独学で習得することは難しいんですよね。だから、特に文芸の何に魅力を感じるかって、やっぱ本に囲まれてるところだと思うんですよ、当たり前だけど。自分の学科ではなかなかない光景だから、とにかくそこにすごく魅力を感じる。やっぱり文芸いいな(笑)。
石川:ほめるね(笑)。サンキュ(笑)。
藤本タツキは変人じゃないし人の話を聞く
和田:漫画に関するサークルは、まだ他にあるんだよね? 芸工大に。
タキ:いや、ないんじゃない? え、どうなんだろう。公式サークル欄からはなくなってるんじゃないかな。
和田:公式サークルはたぶんないね。
石川:じゃあ雑誌もこの『Melt』がほぼ唯一なの?
和田:こうやって雑誌作ってる漫画に関するサークルは、たぶん今唯一じゃないですか。……他にいたらごめんなさい(笑)。
石川:文芸学科ができて俺が芸工大に来た年、藤本タツキがいきなりうちの研究室来たのよ。「漫画描きたいんで、ネーム見てくれ」って言って。大学に来る以前のことがどうなっていたかはさっぱり分からないんだけれども、でもその行動から推測すると、それまでも漫画サークルってなかったような気がするんだよね。あったらそっち行ってない? で、記憶が定かではないんだけど、もしかしたらね、もうデビューしてたかもしれないんだよね。藤本はあれのネームを持ってきたのよ。「佐々木くんが銃弾止めた」。ネームを綺麗にプリントアウトして、「これ描いたんでちょっと見てくれ」みたいな感じで渡してきてさ。もうね、作品として完成されてるんだよね。『ジャンプスクエア』かなんかで、もうデビューが決まっていたんだか、そこからそれを投稿したんだかが、いまいち記憶がはっきりしない。
石川:その話を、例えば洋画の先生とかにすると、「めちゃめちゃ変わったやつでしょ」って言われるんだよね。こっちも話を合わせて適当に「そうでしたねー」とか言っている。でもね、実は変人という印象はあまりないんだよ。当時、文芸に結構他学科に顔がきく学生がいて、そいつに「今、藤本タツキってやつと、あとうちの学科の何人かと漫画サークル始めたんだぜ」って言ったら、「え、あの藤本!?」みたいな顔をするんだよ。やっぱり変人だって言うんだよ。でも、俺、その変人っていう評価がさっぱりわからないんだよね。礼儀正しかったし。
タキ:へー! そうなんですね。
石川:しかも感心したのが、その当時、じゃあ新作を描いて合評会しましょうみたいな流れになった時、さっき言ったように藤本はデビューしてるかしてないかギリギリ、もしくはとっくにデビューしてるかで、あれだけの作品を描いてるやつが、なんかね、ちゃんと人の話を聞くんだよ(笑)。「俺はもうこれだけのものを描いてるんだ!」っていう態度を一切出さないんだよね。あれはね、とても感心したのを覚えてる。感銘を受けた。
和田:それは、小説が上手かったりとか、なにかが優れている学生は、人の話を聞かないという印象を石川さんが持っていたから、その人たちと藤本タツキの態度にギャップを感じたということですか?
石川:まずね、小説が自分で上手いと思っていたり、あるいは実際に上手かったりした場合でも、それってただ学内での評価でしかないでしょう? それと実際に商業誌でデビューしてるってことは、もう大きく違うと思うんだよ。そういう実績があるときの普通の態度って、まあやな感じになるよね(笑)。以前、カルチャーセンターで教えていた時があったんだけれども、ちょっと出版社に片足とか突っ込むと、受講生同士で結構態度変わるんだよね(笑)。
和田:正直なところ、どうなんですか? 実際に商業誌に描いてるタキタロウ先生!
タキ:え、わかんない。こうやって深い話を大学の人とするのは、デビューした後にしかないから。自分の中で変わったなっていう体験はない。
和田:まあ、僕はJUMP新世界漫画賞を獲る直前にタキタロウと知り合って、受賞してからの方が長いんであれですけど、最初からこんな感じです(笑)。新人賞獲ったから態度変わったとか、そんなことは全くないですね、タキタロウも。それに、例えば担当編集ついたからって威張るような子は知っている限り周りにはいないです。逆に言えば、当然そういう子だからうまい、うまくなるというか。
石川:もしかしたら世代の問題かもしれないんだよね。俺が1960年代生まれで、もうひとまわり年上もそうだけれど、みんな頭おかしいんだよ。人格がちょっとおかしくって(笑)。今の方がSNSでいいねを求めて自己アピールとか自己顕示欲とかが云々かんぬんって論調あるじゃん? あれはね、昔から変わってないような気もするんだよ(笑)。人間だから周りからの承認が欲しいっていうのはずっと変わってなくって、昔の方がちょっとしたことで(自分も含めて)いい気になってたのよ(笑)。そこはなんか、年々人間が良くなっているような気もするんだよね(笑)。
「才能がある」と「デビューできる」は別
タキ:藤本タツキと合評会をしたっていうのはどういう集まりだったんですか?
石川:藤本が「佐々木くんが銃弾止めた」を持ってうちの研究室に来たから、「じゃあせっかくだからみんなで合評会とかする漫画研究会を非公式でやっていこうか」みたいな流れなんだよね。で、学科に声をかけたら、漫画が好きなやつが何人か来て。文芸2期生の学生で、『ゲッサン』でデビューしてるやつとか、たしか今『ブルーピリオド』のアシスタントやってる、あ、今現在はやってないか、とにかく同じく2期生のやつもいて、あと何人かいた。
石川:これがね、確か自然消滅して、1年なんか続いた記憶がないんだよ。でも、2期生がいるってことは多分1年間やってるんだよね。古いパソコンに藤本の原稿とその2期生の原稿が入ってるし、合評会をみんなでやった覚えはあるのよ。俺がいて、藤本が隣にいて、2期生たちもいてっていう記憶は確かに残っている。
タキ:なんとなく藤本タツキの在学中、2011年あたりって、芸工大に漫画が描ける学生がいっぱいいた時期な気がするんですよね。
石川:え、それはなんで?
タキ:僕はずっと執拗に藤本タツキを追ってきたので、彼の発言とか遡ると、最近はしないですけど、「大学の知り合いが描いた○○っていう作品が公開されました。オススメです」みたいなことをTwitterでつぶやいたりしてるんですよ。それが面白くて。藤本タツキと同世代の芸工大生って、漫画描いてる子が学科問わず結構いたんじゃないかなっていう推測が自分の中にあって、その話をちょっと聞きたいんですよね。
石川:少なくとも文芸だとあんまりいなかったかな。何人かは描いてて、上手いじゃん、っていう学生はいたけども、今の方が漫画を描いていて、かつうまい学生は増えてる気がする。他の学科のことはちょっと分かんないんだよね。みんながどこまで描いていて、どこまで上手かったのかは。
タキ:そうなんですね。じゃあ、他学科からネームを持ってきた学生っていうと、藤本タツキくらいということになるんでしょうか?
石川:そうだね。藤本タツキの次は、和田・足立の紹介で来た佐藤タキタロウだね。
タキ:え? 次が俺なんですか??
和田:ネクストブレイク決まりだ。
石川:作風もやっぱり似てるよね。
タキ:いやもう、そりゃ影響受けてるんで。
石川:でも今のタキタロウの話ってさ、書けるやつが集まった世代があったんじゃないか、っていう話じゃない? でもさ、俺、「才能がある」っていうことと「デビューして作家なり漫画家なりとして食っていく」っていうことは、別のような気がしてるんだよね。
足立:というと?
石川:才能ないけど描いてるやつってのは普通にいるじゃない? でも才能あるから描いているやつも普通にいる。その才能ないやつ+才能あるやつのマスの中から、何かの偶然と巡り合わせでで誰かがデビューするんだよね。揺るがない「才能のヒエラルキー」があって、上のほうから順にデビューしていくのかっていうと、それは違うような気がしている。才能あるんだけど、ヤマッ気がないやつも確かに存在してて、そいつらは何かの縁で、例えば周りから新人賞に出すのを勧められたとかでデビューする。作品を創作しているから、誰もがプロとして作品を人前に出して食っていくのを目指しているとは限らない気がするんだよね。
足立:なるほど……。
石川:だから、藤本は実力のあるやつなのでデビューは当然だとしても、もしかしたらタキタロウが言ったように、藤本の世代にすごく描けるやつはいっぱいいたんだけど、結果として、なんらかの偶然とか縁で世に出られたってことだよね、きっとね。だってさ、あいつあんなに上手いのに、なんで世の中に知られてないんだろう、ってやついない?
タキ:山ほどいますね。
石川:いるんだよね。学生の作品見てても、こいつ普通に単行本になっててもおかしくないな、ってもの書くやつたまにいるんだよね。でも、デビューするかどうかはちょっとわかんないところなんだよ。これは『Melt』で原稿を寄稿していた五井さんも言っていたな。
〈後編に続く〉
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?