北陸行脚の備忘録 20 須磨 2024年11月6日 16:01 一富山県水墨美術館にて展覧会〈歌麿、北斎、若冲、蕭白、秋暉…魅惑の摘水軒コレクション―江戸絵画の奇才たち〉を鑑賞。鈴木春信らの肉筆浮世絵を多数見られるのは貴重だそう。曾我蕭白の《竹に鶏図》』がよかった。常設展にも近代日本画が多数。岸駒《獅子図・虎図》のダイナミックな筆致にほれぼれ。石川県美の《虎図》よりも好きやもしれん。金沢は主計町。この路地の左手に折れた乙剣宮、泉鏡花記念館へ通ずる坂道は暗がり坂と呼ばれるそう。茶屋街としては「いかにも」といった路地で、近くのひがし─の通りと比べても艶やかな雰囲気が漂う。横を流れるのが浅野川。金沢城の西を流れる犀川の「男川」と呼ばれるのに対して、「女川」の愛称がある。遡ったところに湯涌温泉というのがあって、ずうと泊まりたいとは思っているのだが、実現する気配はあらず。夜、高校時代に同じ部活であったタク氏と片町をぶらつく。金沢へ出向中だそう。はじめに入った店の用いている器が大変宜しく、聞いてみると店主の女性自ら窯場へ通い、オーダーで作ってもらっているとのこと。下戸のタク氏は美味しそうにコオラを喉に注いでおられた。話は尽きぬから、毎度のように遅くまで付き合わせるのである。二国立工芸館にて〈心象工芸展〉を鑑賞。素材と技法とに関わる"技"だけではなく、作家の個人史や制作背景にも光があてられる本展。上は沖潤子《scarlet》、縫うという行為を「生命の痕跡を刻み込む作業」として位置付ける。中田真裕《サウンドスケープ》は漆面を彫り、色漆を充填したものを研ぎ出して模様を生み出す「キンマ」なる技法を用いている。元はタイ、ミャンマーの伝統技法だそう。模様のモチーフは雷雨であったり、嵐であったり。その表現と色彩、質感の生み出す情景イメージに思わず足が止まる。加賀象嵌の中川衛は"デザイナー"という印象が強い。画像の《帰来》に見られる幾何学模様と自然のモチーフとの組み合わせも"絶妙"としか言い得ない調和具合。伝統技法とモダンの融合。《夕映え》のように自身が見た風景やその記憶をもとに、抽象的な文様が紡がれることも多いそうな。一点々々、その形だけでも大いに愉しめる。目的の建物まで歩くのが煩わしく、この小径 ─萩の季節はさぞ綺麗なのであろう─ は走り抜けた。すぐあとでここが「思索の道」とされていると知った。大変きまりが悪い。東山の「哲学の道」を全力疾走するのとなんら変わりない。第一、ワケの分からぬ建築である。建築は安藤忠雄が手掛けたそう。「迷い、考えること」を楽しみなさいとでも言うのであろう。階段が行き止まりとなったときは怒りすら込み上げた。私はそういう人間である。かほく市、西田幾多郎記念哲学館にて。大学時代、テツロウ教授の授業でよく聞かされた内容を思い出す。四年間で秀でた・・・成績をもらった単位は片手で足りそうなものだが、その中のひとつであったから確り覚えている。時間が経って、改めて学び直す。やはり面白いものだし、ハッとさせられる。お客に勧めてもらった宿をとった。一階に割烹がくっついていたが、夜は外で約束があったから湯だけ浴びて出掛ける。解散は二十四時手前、その体のまま海まで走った。酔いが回ると、それこそ歩いていられない。早く何処かへ落ち着きたいから走るのである。後ろの里山街道を車がビュンビュン通るのが、光と音とで伝わる。海辺も眠らない。三北陸にしては珍しくいい天気、と驚いていたが、案の定昼前にはポツポツと降り出す。どうしようもない。富山県はまんだら遊苑。立山信仰の内容を描いた「立山曼荼羅」を基に、信仰世界を表現する施設。地界・陽の道・天界・闇の道、の四エリアで構成されている。地界は小松のハニべ巌窟院にも似ているが、視覚だけでなく全身の感覚を総動員させられる造りは無二のもの。常願寺川へと突き出すのは精霊橋。お世辞抜きに怖かった。陽の道は立山登拝を疑似体験できる。タイミング悪く草刈りの音が煩い。天界エリアはアーティスティックな空間が多数。とは言えど、自身の存在であったり、生命の輪郭であったりが各々の方法で表現されているのは好ましい。最期は闇の道を通って現実世界へと還る。胎道くぐりのような感である。帰りの車で角野隼人の《胎動》を流してみると、大変しっくりきた。生の歓びだとかなんだとか。悪路進みて砺波平野の散居村を見渡せる展望台に。兼ねてよりこの地の風景は素晴らしいものだと再三言うておったが、上から見るのは初めてであった。点在する農家に屋敷林、農地。生活という二文字が形をとって現れたような景観である。木彫刻のまち、井波へ。ここから南西に十分と少し行けば「越中の小京都」とも称される城端がある。そういえば城端別院の木彫刻も精緻なものだったか。大きな大きな蟹牡丹が記憶上を漂っている。八日町通りを歩く。「トントン、カンカン」あちこちでやっているようだ。翁から若者まで職人は沢山。柱や看板、ちょっとした小屋にまで木彫が施されている。井波別院瑞泉寺は井波彫刻発祥の寺院とされる。富山県は真宗の寺院が多いような印象。寺院の産業とが結び付くのは珍しいのか否か。煌々と連なるヘッドライトにハンドルを任せ、砺波より高岡は伏木まで庄川沿いを行く。氷見あたりより山を越え、中能登にて宿を。七尾線を夜闇の中走る列車は遠くなってゆく。近場にあった居酒屋の店主は、和倉の某宿にて料理人をしていたそう。すっかり酔って、部屋に戻って一時間も経たぬうちに寝た。途中目覚めて、厠へ行ってもう一度寝ると、日付が変わる前後に起こされる。部屋には見知らぬ男。吃驚したのはあちら側、私が他人の部屋の布団でスヤスヤしていたらしい。 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する この記事が参加している募集 #旅のフォトアルバム 45,062件 #旅のフォトアルバム #美術館 #国内旅行 #石川県 #富山県 20