【ショートストーリー】涼飇
暑さが和らぎ心地よい風が吹き始めると、僕は毎年、彼岸花に囲まれた彼女の笑顔を思い出す。
3年前の仲秋、僕は彼女と彼岸花の名所へ旅に出た。
何万本もの花から成る赤いじゅうたんが、涼飇になびく。その光景に僕が目を奪われている横で、彼女はそのなかに数本だけ紛れている白い彼岸花を見つけては嬉しそうに写真を撮っていた。
その旅から程なくして、彼女は夢を追って海外へと飛び立った。
彼女は僕に待っててねとは言わなかったし、僕も彼女に待ってるねとは言わなかった。
あれから3度目の秋、一人川沿いの道を歩いていると、ポツリと一輪だけ咲いている白い彼岸花を見つけた。
「白い彼岸花の花言葉って知ってる?」
すれ違った女性が子どもに語りかける声が、脳裏に焼き付いた彼女の声と重なる。ハナコトバ…。すぐに検索をした僕はその場で固まった。
「また会う日を楽しみに。想うはあなた一人。」
ぽつりと呟いた僕の声を、あの日と同じ涼飇がかき消した。