昔の文章筋トレまとめ

20210627-イマジナリーフレンドとの会話

 ここは無限の書庫、アカシックレコード。
 あらゆるものが収められた本の世界です。

「ホームズとワトソンこれ絶対できてるだろ!!!」

「できてないです。あの二人の関係をそんな風に陳腐化しないでください。
 というかだいたい、ワトソンはメアリーと結婚したでしょ」

 万華鏡かのんは、イマジナリーフレンドのリリカとケンカをしていました。
 リリカはかのんの想像の中にずっと住み続けている、いわば本に挟まったペーバーバッグのような存在です。
 彼女は常にアホで脳直な意見を出すポジションである一方、驚くほど常識的なときもあり、ポンコツで考え込むタイプのかのんに蹴りを入れるのが主な役割でした。
 最近は手掛けている仕事と見ているドラマのせいで腐女子気味です。

「というか、『シャーロック』が名作なのはもう十分わかったので
 いい加減『全裸監督 シーズン2』を見させてくださいよ……」

「いいやダメだね! この依存と信頼が織り交ざる複雑な関係は、今後の創作の解像度をぐっとレベルアップさせる! 絶対掘り下げて考えたほうが良い!
 あたしに言わせれば、全裸監督は主人公が舞台を回してばっかりで周囲の味付けが雑だ」

「何でもかんでもキャラのディテールにこだわればいいと思ってたら大間違いでしょう。
 それに『全裸監督』だって、演出が大味なだけで脚本は練られてるし映像でもちゃんと見せようっていう意図が伝わってくるじゃないですか……」

「男が主人公なのに気の利いた美しい語らいがないじゃん!
 刑事とオッサンくらいだよ信頼できるのは!」

「あなた男同士で皮肉言い合うのが好きなだけでしょ。
 とにかく……あ」

「あ?」

 リリカの性癖脳直発言に呆れるなか、かのんははっと思い出しました。

「Steamのサマーセール!!!
 アンテが300円だ!!」

「あ!!!!!!! やれ!!!!!!」

 こうして二人は仲直りしました。
 そしてついでに、『METRO 2033』も買って仲良く遊ぶことにしたのでした。


20210303-アカシックレコード

「だから~!
 キャット&チョコレートは生物の項目じゃないって何回言ったらわかるんだよお前は!」

「すみません~!」

 ここは無限の書庫、アカシックレコード。
 あらゆるものが収められた本の世界です。

 そして、このカードゲームを生物の項目にしまおうとしたのは万華鏡かのん。
 アカシックレコードの新米司書です。
 司書と言っても、日々消えたり現れたりする蔵書を正しいところに収めたり、新たな蔵書の中身を確認したりするのが仕事で、
 一般に言うの司書の仕事――レファレンスであるとか、読んでもらうためのイベント企画であるとかはまるでありません。

 そんなある日。

「かのん、これしまっといて」

「あい~」

 秘密結社「ラプラスの悪魔」の構成員のお兄さん(悪魔のマスクをかぶっている)がかのんにどさっと本を渡していきました。
 ヴォイニッチ手稿なみのデカさの本が数冊。
 この前近代文学のところに入れそうになった文ストの映像作品。
 そして黒い表紙のペーパーバックが1冊。
 かのんはふたつ返事で引き受けたのをウェ……と後悔しました。

「表紙のどこにもタイトル描いてないじゃないですか。後でテプラしとかなきゃ……」

 黒い表紙は、大体よくないものが収められているもの。
 だいたい不吉なことが書かれていますが、確認するのも仕事のうちです。

 何はともあれ何の本かわからないことには名前のつけようもありません。
 黒塗りのペーパーバックの中身を開こうとかのんが手をかけた瞬間、「やめとけ」とお兄さんが声をかけました。

「その本は魔本、名状しがたい冒涜的な神々が収められた本だ。
 開くと書庫が汚染される模倣子で書かれてる。お前さんにはまだ早い」

「…………」

 お兄さんの暖かい忠告を無視して、かのんは、黒いペーパーバックをばさっと開きます。
 その中で、ひときわまがまがしく忌まわしい紋様が描かれたページを見つけると、素早くピンク色のしおりを一枚挟み込みました。

 すると、何ということでしょう。
 悪魔のマスクをかぶったお兄さんは、マイナス方向にピッチシフトをかけつつリバーブさせたような声を上げて、しゅわしゅわと消滅していったのです。

「な、なぜ……」

「確認するのは私の仕事のうちだって、『ラプラスの悪魔』は知ってますし。
 まして止めるなんて……三文芝居もいいところですよ、本物の悪魔さん」

 ごぼぼぼ……と音を立てて悪魔は消えていきます。
 それを見送りつつ、かのんは「最近の悪魔は手が込んでるなぁ」とため息をつきました。

 アカシックレコードはいろんなものに狙われており、その正しい対処を行うのも、レコード司書のお仕事なのでした。

「さて、お茶でも入れますか。
 そろそろ本物のラプラスの悪魔が来てもおかしくない頃ですし、せっかくなのでお茶請けも構えることにしましょう」


20210228-ドラゴンスキン

 それは彼女と旅をしていた、道すがらのことだった。

「ここには、確かめに来たの」

 焼け落ちた都があった。
 聖なる炎に特有の、焚いた香木のような残り香が、いまだ消えることなく充満していた。

 ここが故郷であり、そして生きている理由だと、彼女は私に言った。
 まるで何度も繰り返された呪文のように、その言葉はなめらかで。
 その声色は、年端も行かない子供の姿に、およそ似つかわしくない色香をたたえていて、私はぞくりと背筋を冷たいものが撫でていくのを感じた。

 この国を滅ぼした神聖教国は、その膨れ上がった力で、版図を拡げるために異端狩りと銘打った侵略を続けている。
 私はその腐敗に耐えきれなくて、出奔して魔女になり、亡国の王女である彼女の復讐に手を貸したのだった。

「確かめるって……何を?」

「覚悟。――あなたの」

 朽ちた王城の玉座に腰かけ、彼女は背後を指さした。
 崩れて原型が見えないが、骨ばった竜――故国の、彼女の継いで来た王家の紋章があった。

「これが、私たちが国を滅ぼされた理由」

「『竜の眷属、人の皮をかぶった魔物』
 あなたの家は、そう呼ばれて斬られたのよね。
 理不尽に、神聖騎士団によって」

「ええ。許しがたいことにね。
 ……だけど、彼らはひとつ、的を射てもいた」

 深く息を吸って、王女は私に尋ねた。

「あなたがここにいるのは、なぜ?
 正義感? それとも哀れみ?」

「それって、どういう……」

「私たちは本当に、『人の皮をかぶった魔物』だってこと」

 いぶかる私にそう告げると、彼女はかくんと前にうなだれて
 その後頭部から、ずるりと服を脱ぐように、白い骨ばった竜が姿を現した。

「――あなた、は」

「人を依り代にして、その中で育つ竜。
 人の体で子供を産み、産まれた子供に竜の雛を呑ませて血を継ぐ一族が、私たちなの」

 人である皮の血に濡れて光るその白い竜は、王女と同じ青い瞳で私のことをじっと見つめて語る。
 何者にも降らず、誇り高く受け継がれる王たる血脈のことを。
 そして私は、目の前に現れたそれの異形に、息ができなくなっていた。

「私はね、あなたに私の雛を継いでほしいと思ってる。
 あなたが私と志を共にするなら、命を懸ける覚悟があるなら、私と血をわけて欲しいの」

 竜は……彼女は、その口から小さなヘビのようなものを吐き出して、私に差し出した。

「もう一度聞くわ。
 あなたがここにいるのは、なぜ?」

 動くことができないまま、私はその青い瞳をのぞき込み――

「綺麗……」

 と、ただそうつぶやいた。
 竜から奇妙な呼吸音が聞こえた。

 私は恐怖や畏怖で凍り付いていたわけではなかった。
 ただその美しさに見とれて、私にすべてをさらしたことに胸を震わせていた。

 たしかに間違った教国を正したい使命感とか、王女を哀れに感じたとか、口にすれば陳腐な理由もあった。
 ――だけど、私は。

「私はずっと、あなたと同じになりたかった。
 煤けたドレスであろうと、気高く微笑むあなたのように。
 ――それがかなうのなら、喜んで」

 差し出されたものを、吞み込んだ。
 吐き出したり消し去ったりすることは、きっともうできないのだろう。それでいい。
 私が私でなくなることに、なんの障害があるというのだ。

「あ゛、っ……」

 胎に走る激痛も、命を吸われるような不快感も、心が融けていく恐怖も、そのひとつひとつが愛おしい。
 うずくまってかみしめる口角はにっと吊り上がっていて、私は涙を流しながら笑っていた。

 そうして、しばらくののち。
 私は背中に不思議なかゆみを覚えつつ、ゆっくりと立ち上がった。

 見える世界も、息の使い方も、感じるものすべてがまったく変わっていた。
 五感のどれとも違う、いくつもの感覚で、この場所のことを感じる。

 目の前に座る竜の王女に、先ほどまで抱いていた淡いあこがれはもはやなく。
 ただ、固い絆で結ばれていることだけを、強く強く感じられた。

「――おめでとう。ありがとう。
 これであなたは、私のただひとりの家族よ」

20210225-盾と剣

 あなたに必ず勝つ、と。そう言ってきた子がいた。
 サーブルの立ち回りはほかの子よりも頭一つ抜けていて、自信があったのだろう。

 けれど、そういう自信家ほど、踏みとどまらせるプレッシャーゲームには弱い。
 カットが他より速いくらいで、あとはこちらが動じなければ、あとは焦れるのを待つだけだった。

『鷺沼女子の“盾(ブークリエ)”、パラードの速さと読みは圧巻。
 矢立の“炎(フランメ)”でも攻略できないか』

「……とはね。大きく取り上げられたものだ」

「次は! 絶対に! 勝つから!!」

 フットワークの勢いと斬撃のレパートリーがこの子の個性だったが、私は常にそのすべてに対応してきた。
 どの試合も。どの大会も。この2年間、一度も負けたことはない。
 必ず決勝まで上がってくる“フランメ”を、私は幾度となく降してきた。

 炎を押しとどめる盾、なんて言い方で囃されたこともある。
 そのたびに“フランメ”はわたしを目の敵にして、ものすごい長文のLINEを飛ばしてきた。
 矢立はそんなに遠くないので、直接会ってアイスをむさぼりながらめちゃくちゃに怒りをあらわにしていたこともある。

「かわいいなあ」
「うるさい! なんでこんな顔がいいお嬢様に、ギリギリまで鍛えてる私が負けなきゃいけないのよ!」
「私だって同じだからだよ。ギリギリまで鍛えてて、たまたま勝っているだけさ」
「その言い方がムッッカつくのよ!」

 異名のとおり、炎のような子だった。
 心血を剣に注いで、切っ先に覚悟を乗せて戦っている剣士は、みんな愛おしい。
 だからこそ、負けられない。

 ――そう。
 必死になっている相手には、誰一人として手抜きをするわけにはいかないのだ。

「ちょっと。さっきの試合、足ひねったでしょ。
 棄権して、さっさと手当受けてきなさいよ」

「……何のことかな」

「動きで分かるわよ!
 そんなコンディションで戦って、私の戦歴に泥を塗るつもり!?
 手負いに勝ったって嬉しくもなんともないのよ!」

 私の怪我は、全力で戦った結果だった。
 麒麟児と目される剣士を降して得た、名誉の負傷だ。
 それを気遣ってくれることは、好敵手として素直にうれしいと思った。

 それでも――私は、戦うためにここにいる。
 動かざること盾のごとし、などと持ち上げられることはあるが、
 私は、決して負てもいいと思ってピストへ上がっているわけじゃない。

「勝てるつもりでいるのかい、それは都合がいい。
 たかが足をひねったくらいで、“ブークリエ”の剣が鈍ると思われているなら――
 そのまま、慢心しているがいいさ」

「っ……!」

 作ってみせた笑いに、“フランメ”はカッとその顔を赤くした。
 私の言葉が通じたに違いない。
 ここにいるのは違う学校のお友達ではなく、刃を交える敵なのだ。

「いいわよ、そこまで言うなら全力で相手してあげる。
 ヒーローインタビューでは、『お互いに手加減なしの約束をした』って言ってあげる」

「それはまた、記者が面白おかしく書きそうだ。
 私もそうさせてもらうとしよう」

 そして私たちは、お互いににやりと笑みを作り、必ず互いを打ち倒すのだと、固く握手で誓うのだった。

もしご興味がございましたら、サポートいただけますと大変ありがたく存じます。いただきましたものは、しっかり活動へ活かしてまいりますので、ぜひご検討くださいませ。