クーザーン館の主
夢に、美しい少女を見たとして
起きてその少女が横に眠っていたら
そして君を夢見ているのが彼女だったならば
―――リューリック
初めて入った館の内部は記憶とはずいぶんと違う場所だった。
ゴシック様式の屋根、柱廊に挟まれ緑潤う中庭、赤絨毯の廊下は天井高く、各室にはウォシュレット完備。
「しばらく滞在していくかね?」
「そういうわけにもいかんだろう」
一宿一飯の恩義の婦人の頼みだった。
「館にわたしの子どもたちがいます」
道中、誰もが止めたが、捨て置けないし、そもそもそういう仕事だ。
探索を続けておそらく三日。
「やあ、君がタニトちゃんだね」
この広間はいつでも夜だ。ヴィオラのもの悲しい調べ、あたりは白く煙って、踊り続ける人々の数はわからない。
金髪巻き毛のまだあどけない少女。
「あなたは?」
「自分は曼衍(まんえん)。レティシアさんに頼まれてね。お姉さんたちは?」
少女は放心していたようだったが、
「ああ、お姉様」
ようやく頷き、
「姉は、また別の階におります」
「なるほど」
青いテーブルクロスの上のリンゴを手に取りかけてやめる。食べ物を口にしないに越したことはない。
「ついてこられるかい?」
「はい」
少女が立ち上がったとき、
「待てよ」
声がかけられた。
タキシードを着た巨軀の男だが、頭部はねじくれた触手のようなものが生えているだけだ。
「どこから声を出しているのかね?」
「そんなことはどうでもいい。その娘っ子、どこへ連れて行くつもりだ」
「館の方?」
「いいや、俺も客人だ。その娘はずっと俺が目をつけてたんだぜ」
太い両腕が開き、顎に変ずる。
ワルツは変らず続いている。
「君も夢歩きか」
一気に迫り、涎をしたたらせる巨腕で齧り付こうとする。
その腕に、左手でわずかに触れた、ように見えた。
「え?」
無表情だった娘が目を見開き、驚きの声をあげた。
怪人は消え失せていた。
「いま、何を?」
「裏返したんだよ」
少女が小首をかしげる。
「う~ん、そうだね」
【続く】