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小説 漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第2話

第2話 漫画の岩戸

※この小説はフィクションです。 漫画空間以外は実在の人物、団体等とは一切関係ありません。

ある8月の暑い日…。
開店前、鼻歌を歌いながらトイレ掃除をしていると、入り口にノソッとと立つ男がいた。青白い顔をした痩せてひょろっとした男だった。それがS君だった。
「わ、ビックリしたぁ!いらっしゃい。」と言うと
「ここは漫画を描けるんですか?」
「はい、描けますよ。」
「描いてみたいです。」と言うので中に案内した。
「初めて描くんですけど、どうやって描けばいいんですか?」
「そうだね。まずお話を考えて、それを紙にネームという、漫画の設計図みたいなもんだけど、コマ割りやセリフ、構図なんかを大まかに描いて、それができたら原稿用紙に下描きしてペンで描いて、仕上げしてみたいな感じだけどね。まずは話を考えてネームを描いてみようか?」「はい。わかりました」と青年は黙々と描き始めた。
6時間後。
「できました。」「え!もうできたの?早いね。」
「はい。6ページくらいでそんなに長くないので…。読んでもらっていいですか?」
「うん、いいよ」と読ませてもらった。
読むと絵は拙いだけど、大自然の中で苦難にもがきながら彷徨い歩く旅人の話だった。
「これ初めて描いたの?なんか内面描写がすごいね。」
「はい。ありがとうございます。実は僕、もう5年くらい引きこもり中なんです…。」
「え!そうなの!そんな風に見えないけどね。こうやって外に出てきてるし。」
「引きこもりといってもずっと引きこもってるわけじゃないですよ。たまには買い物にも出ますし…。」
「そうなんだ。じゃ、今度はこれをもとに原稿用紙に描いてみればいいよ。たまには気晴らしに描きにおいで。」
「はい。わかりました。また来ます。」と帰っていった。

 数週間後。彼はまた来て今度は原稿用紙にこの前の作品を描いていた。
「下描き終わったんですけど、ペンはどうやって使えばいいですか?」
「基本はGペンで、細い線はカブラペンや丸ペンで描くといいよ。」
S君は黙々とペンを入れ始めた。
「漫画って描くの結構大変ですね。細かいし、すごく時間もかかるし。いつも読むだけだから知りませんでした。漫画家さんはすごいですね。こういうの毎日やってるんですね。」
「そうだね。漫画家は大変だよね。寝る暇もなく朝から晩までずーっと家で描いてるからね。それこそ引きこもりと一緒だよwww」
「ハハハ…。」

彼は初めて描いた作品を完成させるため、何回か来てるうちに他のお客さんとも話すようになり、だんだん表情も明るくなっていった。
「S君、最近明るくなったね。よく笑うし」
「はい、ここの人たちはおもしろい人が多くて。」
「実は僕、引きこもったのは、会社で陰湿ないじめにあって、鬱になってしまったんです。それで外に出られなくなってしまって…。人に会うのが怖くなってしまったんです。
ずっと家にいるといろんな事考えちゃうんですね。この先どうなるのかな?自分は社会不適合者なのかな?このまま生きてていいのかな?なんてネガティブな事ばっかり…。でもこの前、たまたまここの前を通りかかって看板を見て"漫画が描ける?”って思って入ってきたんですけど、描いてみたら余計なこと何も考えずに、ただひたすら集中して描くのがすごく新鮮だったんです。それに通ってるうちにいろいろ知り合いもできて…。なんか居場所ができたって感じなんです。」
「そうなんだ。よかったね。居場所ができて。家以外の居場所って意外と大事だからね~。」
「はい。最近よく出かけるので親もちょっと安心したみたいで。なんか少し普通の人らしくなってきましたwww」

その後S君はしばらく頻繁に来てたけど、パタッと来なくなった。

数か月後、久しぶりに彼がやって来た。
「久し振りだね。元気だった?最近来ないからまた引きこもってるんじゃないかと心配していたよ。」
「いえ、実は最近働き始めまして…。」
「え!そうなの!!働き始めたの!引きこもりやめたの?何の仕事?」
「実は牧場なんです。」
「牧場!!」
「はい、アルバイトなんですけど、人と関わるのはまだしんどいので牧場で牛の世話をしていますwww。体力が落ちてるので結構大変なんですが、ちょっとずつ慣れていけばいいかなと思って…。」
「そうなんだ!よかったね。じゃ、牧場の経験積んで牧場の漫画描いたらいいよwww」
「はいwww」
それからS君は来るたびに日焼けして筋肉質になっていき、顔つきも精悍な感じになっていった。

それから1年くらいたったころ
「今度はお寺で働くことになりました。」と言い出した。
「お寺!!何でまた?お寺ってどんな仕事するの?」
「境内や本堂の掃除とか勤行とか座禅とか、いわゆる寺の小僧ですねwww。牧場である程度体力は付いたので今度は精神面を鍛えようかと思いまして。」
「そうなんだ!ちゃんと考えてるんだねーwww」

そしてまた1年くらいたったころ
「実は今度転職することになりました。普通の製造系の仕事ですが正社員で働けるようになりました。いつまでもアルバイトじゃいけないなと思い、自信はないんですが、そろそろ社会復帰しようかなと思って…。全く初めての仕事なので不安だらけなんですが、仕事を覚えないといけないので、しばらくは仕事に集中しようと思います。」
「え?そうなの!よかったね~。おめでとう!頑張ってね。でもあまり無理しないように。前みたいなイヤなことあったらすぐ辞めればいいんだから。」
「はい。ありがとうございます。やれるところまでやってみます。」

それから数年後。スーツ姿のバリッとしたビジネスマンがやってきた。
「お久しぶりです!」
一瞬「誰?」と思いながら「いらっしゃい」と言うと
「以前お世話になったSです。」
「おお!あの引きこもりの…?」
「はい。今日は仕事でこっち方面に来たものですから懐かしくて寄りました。」
「誰かと思った。見違えたよ。どう、その後は?」
S君は髪型も顔つきも以前とは全然違ってて、あの頃のひ弱な雰囲気は微塵もなかった。
「はい。あれから正社員で働き出して、今はチームリーダーになって何名かの部下をもたせてもらっています。」
「そうなんだ。ちゃんと社会復帰できたんだ。それに出世までして。」
「はい。漫画のおかげで引きこもりを脱出して社会復帰できました!すんなり行ったわけじゃないんですけど、辛いことがあると、ここで描いた漫画を見返して、あの頃の自分には戻りたくないって思い直してなんとか頑張りました!」
「そうなんだ。漫画で脱出できたんだ。よく頑張ったね。また漫画も描いたらどう?」
「はい。もう少し時間ができたらまた描こうと思います。その時はまたお願いします!」
と言ってS君は颯爽と帰っていった。

俺はS君が次に来るときは、今度は奥さんと子どもを連れて描きに来るんじゃないかと思っている。

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