ともに原作を育てていく。テレビ×マンガの新しい可能性〜TBSドラマプロデューサー・マンガボックス編集者対談〜
2013年から提供を開始したアプリ「マンガボックス」。
有名作家の人気作から新進気鋭の話題作まで、枠にとらわれない幅広いラインナップを擁し、マンガボックス編集部オリジナル作品の『ホリデイラブ~夫婦間恋愛~』『にぶんのいち夫婦』はTVドラマ化、週刊少年マガジン編集部作品の『恋と嘘』はアニメ・映画化するなど数々のヒットコンテンツを生み出してきました。
そんなマンガボックスで働く様々な社員にインタビューをする本企画。今回は番外編として、TBSとマンガボックスが共同で制作をしている『私がヒモを飼うなんて』の制作秘話についてお伺いしていきます。TBSからはドラマプロデューサーの飯田和孝さん、マンガボックスからは編集者の松井芙実香さんにそれぞれ登場してもらいました。
今回のプロジェクトを通して、テレビのプロデューサーとマンガ編集者がタッグを組むことの意義や新しい制作の形、初めて気づく互いの視点などについて、深掘りをしていきます。
『私がヒモを飼うなんて』は皆でとにかくいろんな話をして、細かい設定を作っていった
──TBSとマンガボックスの共同制作となる、オリジナルマンガ第1弾『私がヒモを飼うなんて』。今回は、テレビのプロデューサーとマンガ編集者がタッグを組んだ経緯や、テレビとマンガがタッグを組む意義などについてお伺いしていきたいと思います。まず、この作品は、飯田さんが企画を発案したことから始まったそうですね?
飯田さん:TBSとマンガボックスが協業を始めた2020年に、マンガで話題を呼び、ドラマを目指していくというメディアミックスの趣旨に共感して、マンガボックス副編集長の野上さんに、3つほど企画を提出しました。そのうちの1つが、『私がヒモを飼うなんて』だったんです。
『私がヒモを飼うなんて』の最初の形はTBSの深夜ドラマを意識して考えていた企画だったのですが、この企画のターゲット層が、マンガボックスが作ろうとしているものに合致するんじゃないかという反応があり、そこから共同制作へと流れが動き出しましたね。
──松井さんは、どのような経緯で制作に携わったのでしょうか。
松井さん:私は産休・育休を終えて、途中からの参加でした。社内の編集者から「一緒に担当してほしい作品がある」と、声がかかったんです。産休・育休に入る前に、『私がヒモを飼うなんて』のマンガを担当している美園さんの担当編集だったこともあり、この企画に参加することになりました。そのときにTBSと一緒に制作を進めていくことも聞いて、きっと大きな取り組みになるなと思い、少し緊張もしましたね(笑)。
──この作品は“ヒモ”という題材が特徴的ですが、最初はどのような印象でしたか?
松井さん:実は私自身そういう恋愛を経験したこともあったので、割と身近に考えることはできました(笑)。
飯田さん:脚本を書いてくださっている本山(久美子)さんも同じくヒモ飼いの経験があるそうで、最初はその話で盛り上がりましたよね(笑)。
──マンガにしていく過程はどのような流れで進んでいったのでしょうか。
松井さん:最初に飯田さんの企画書があり、それを元に飯田さんと私、そして脚本家の本山さんで会議を重ねていきました。その後、本山さんが全体のプロットを作成し、キャラクターに感情移入をしてもらうには、作品の魅力がもっと出るにはどうしたらいいのかを考えながら私のほうで編集し、美園さんにマンガにしていただくという形で現在も絶賛制作中です。企画が特徴的でおもしろいものになっているので、その魅力を失わないように皆でアイディアを出し合っていく感じですね。
飯田さん:会議では皆でとにかくいろんな話をして、当初の設定から変更したところもいくつかあります。そのうちの1つが、主人公・スミレの職業です。もともとスミレは、ランジェリーメーカー勤務ではなく、ウェディングドレスデザイナーという設定でした。
──どうして変更することになったのでしょうか?
松井さん:ウェディングドレスだと、少しメッセージ性が強いのではないか、ということになって。
飯田さん:幸せな人が着るものであるウェディングドレスを作ることと、ヒモを飼うこととが、少しチグハグだなと感じたんです。何か、狙いすぎた設定にも思えていて。そんな時、「ランジェリーデザイナーがいいのではないか」と意見が上がりました。下着って人によって選ぶものが違い、その人の内面が出やすいですし、内に秘めるものが多い今回の作品とマッチしているのではないかと。
松井さん:そうでしたね。そこでランジェリーの監修をお願いできる方が必要になり、『アルバージェ・ランジェリー』のデザイナー・高崎聖渚さんにデザインを考えていただくことになったんです。いろんな領域で活躍している方たちの力を合わせて、『私がヒモを飼うなんて』は作られています。
テレビとマンガ、お互いの視点から刺激を受けて生まれた新たな気付き
──今回マンガ編集者とテレビのプロデューサーでタッグを組んでみて、お互いの視点の違いや新たに気づいた点などはありましたか?
飯田さん:ドラマに比べて、マンガはキャラクターの掘り方がより繊細だと思いました。これはあくまで僕が感じていることなのですが、ドラマでも、当然キャラクターイメージに合うを思う方に演じて頂くのですが、実際に撮影していく中で、想像と変化してくることも多いんです。つまり、脚本上で動いていた人物を生身の人間が演じていく中で、キャラクターが定まっていくというイメージです。裏を返せば、脚本の段階では、まだキャラクターのイメージ像に余白があることが多いんです。
飯田さん:でも松井さんはじめマンガの編集者やマンガ家さんたちは、すごく細部までキャラクターを作り上げているのが印象的でした。松井さんにすみれのことを聞いたら、「今日食べた朝ごはんは何か」「今日はどんな服を着ているか」まできっと答えられると思います(笑)。そのぐらい細部までキャラクターのことを理解していて、その点は新鮮でしたね。
松井さん:たしかにマンガはキャラクターがブレるとストーリーに影響が出るので、そこはとても意識しています。特にキャラクターのセリフや行動がそのキャラクターらしいかどうかにはこだわっていますね。
飯田さん:僕の中でとても印象に残っているのは、マンガ担当の美園さんが今回のキャラクターのイメージデザインを描いてくださったときに、髪型の違うものを何パターンか用意してくださったことです。あれをはじめてみたときは、なかなかドラマにはない体験だったので新鮮でしたね。
飯田さん:その話し合いの中では「前髪を真ん中に分けているキャラクターだったらこういう性格だよね」「ロングヘアだったらこうなんじゃないか」とか、デザイン図を見ながらみんなで意見を言い合いました。ドラマは、言うなれば、俳優さんと共にキャラクターを作り上げていく作業で、次第にそのキャラクターは俳優さんが自然と動かしていく感覚だと思うのですが、マンガのキャラクターは勝手に動いてくれるわけではありません。だからこそ細部の作り込みがより重要になってくるんだということを知りました。
──松井さんは今回TBSのプロデューサーの飯田さんと制作したことで、気づいたことはありますか?
松井さん:私が感じたのはモノローグの有無ですね。マンガはモノローグが多いですが、ドラマにはモノローグがないのだなと。マンガの中でも特に少女マンガはモノローグが多くて「なんであいつのことが好きなんだろう……」とか、主人公の女の子が悩んでいるシーンには、だいたいモノローグがつきものです。でもドラマはモノローグがなくても、俳優さんの表情や流れている音楽によって感情が伝わってくるんですよね。その違いは面白かったですね。
飯田さん:映像だと、説明的なセリフは極力省いてしまいたくなってしまうので、たしかにそれは違うところですね。
松井さん:飯田さんとお話をしていく中で、視聴者や読み手のコンテンツの捉え方として、ドラマは受動的に観るメディアで、マンガは能動的なものという違いを感じましたね。ドラマは仮にその瞬間は意味が伝わらなかったとしても、次のシーンを見たら「そういうことか」と、理解できるじゃないですか。でもマンガは何を伝えたいのかわからない瞬間があると、そこで読むのをやめちゃう人が多く、そういった意味で、読者が作品から離脱するタイミングがテレビより多いかもしれません。そこを上手く設計しなければならないと改めて感じましたね。
──読者の反応も、ドラマとマンガでは違うものなのでしょうか。
飯田さん:ドラマの場合ですと、オンエアをしているときにSNSでリアルタイムに感想を言ったり、オンエア後に考察をしたりしている方も多いですが、『私がヒモを飼うなんて』を配信しているマンガアプリのコメント欄には「このキャラクターが許せない」など、僕が思っている以上に辛辣なものが多くて驚きました(笑)。でもそれって物語に没頭してマンガを読んでいるからともいえますよね。
松井さん:そうですね。マンガのキャラクターはドラマと違って生身の人間というわけではないので、読者のダイレクトな感想が多いのかもしれません。マンガでもドラマでもバラエティでも「語りたくなる」コンテンツであるということは、現代においてかなり重要なポイントなのではないかと思います。
──今回の作品を通じて、TBSとマンガボックスが協業したからこそ、実現できたことはありますか?
松井さん:マンガの編集者には考えつかないようなアイディアを出してくれて、それを実現できる実行力があることですね。先ほども話にでたように、作品に登場するランジェリーのデザインの監修をどうしようかとなったとき、『アルバージェ・ランジェリー』を紹介してくれたのが飯田さんなんです。私はそこにテレビ局がこれまで培ってきた繋がりを感じますし、テレビ局がアプローチしたからこそOKをいただけたのではないかと考えています。もしマンガボックスだけでランジェリーデザインの監修を探していたら、こんなにスムーズに解決できなかったと思います。
Penthouse - 雨宿り [Animation video Full Ver.]
松井さん:また、今回、『私がヒモを飼うなんて』プロモーションとして、Penthouseという人気バンドにインスパイアソング『雨宿り』を制作していただき、さらにそこにスミレ役に花澤香菜さん、宗一役に松岡禎丞さんという人気声優さんに声を吹き込んでいただいた、とても豪華なアニメーション動画が公開されました。これもすべて飯田さんのアイディアや繋がりのおかげなので、マンガボックスだけではとても実現できなかったことだなと感じています。
飯田さん:どうやってこの作品を宣伝したらいいかを考えているときに、ちょっとした繋がりがあって、このイメージ楽曲を実現することができました。僕はこの作品をドラマ化させるのが1つの目標なので、いろんな方向からこの作品を楽しむ人が増えてくれたらいいなと思います。この作品のテーマである“ヒモ”は、“ヒモ男”を飼う女性の話、それだけではなく人と人をつなぐ“紐”にもなっていってくれればいいなと思っていますね。
原作をともに成長させる。タッグによる可能性と未来
──今回の『私がヒモを飼うなんて』はTBSとマンガボックスが共同で制作となる原作第1弾のプロジェクトですが、今後協業することにで、どんな未来があると思いますか?
飯田さん:原作という一つの形をいろいろな出口で、一緒に育てていけたらいいなと思います。TBSが原作を作ることの一番のゴールは、制作した原作がドラマ化、アニメ化、映画化され、さらに海外でリメイクされるようになるまでになることだと思います。世界のトレンドをみても、テレビやマンガの垣根を越えていろんなスタイルで作品を作っていくことが、主流になっていくといいなと思います。そうした方がお互いの知識も高め合えるし、より視聴者に届きやすい形になるんじゃないかなと考えています。ただ、そのためには人材も確保していかなければいけないので、テレビ番組を作るだけではなく、TBSにはこういう新しい働き方があることを、これからの若い人たちに向けた1つのモデルとして見せていけたらいいなと思います。
松井さん:私も今回の『私がヒモを飼うなんて』がドラマ化することが、まず第1の目標だと思っています。ドラマというアウトプットが増えることで、作家さんに対してもマンガボックスで連載をすることに魅力を感じてもらえますし、その作家さんとよい作品をつくれたらまたアニメやドラマなどにできる、いいサイクルが生まれるのではないかと思います。そのためにも、まずは今回の作品が大きくなっていくように頑張っていきたいです。
飯田さん:今回、マンガボックスと共同制作をしたことで、僕自身、作品づくりの原点に立ち帰ることが何度かありました。ドラマはキャスティングだったりロケ地などを用意する関係だったり、時に予算だったり、企画を考えるときにいつの間にか発想が制限されていることがあるんです。でもマンガにはその制限がないので、純粋におもしろいと思うストーリーを考えることができます。これは、ドラマを作る上でも一番の基本のはずなんですが、今回の『私がヒモを飼うなんて』をマンガボックスと制作することで、この大切さに改めて気づくことができました。これからも一緒にコンテンツの可能性を広げていけたらいいなと思いますね。