たりなさの剣
明日のたりないふたり、圧巻だった。
好評のため延長されていたアーカイブ期間も終わったし、スニッチありの感想を書いても許されるかな。
【以下、内容のネタバレを含みます】
ありきたりな感想かもしれないけれど、全部をありのまま見せてくれるふたりが最高にかっこよかった。痺れた。
どれだけ歳を重ねたって、この世の森羅万象全てを理解している人などいない。そんなのは神様だけだ。この世は知らないこと、分からないことで溢れている。何かを知っているつもりでいても、後から自分の理解が不足していた、誤解していたと気付くこともたくさんある。
大人だって普通に間違えるのだ。びっくりするようなことに気付いて、目から鱗が落ちたりもするのだ。
歳をとると、恥ずかしいからそれらを隠そうとする。なあなあにしたり、とぼけたり、茶化したり、忘れたふりしたり、ブチ切れたり、すかしたりしてどうにかごまかして、全部分かってるみたいな顔をするようになる。
かく言う私も、ごまかしながら、上辺だけどうにか取り繕いながら生きている大人の1人だ。
でもふたりは違う。自分たちがたりていないことに自覚的だから。自分と相方と世界にまっすぐ向き合って、間違えたら間違えたと、気付かなかったら気付かなかったと、擬態していれば擬態しているとちゃんと言える。
なんて潔く、なんて尊いのだろう。
そうしてたどり着いた境地から見える景色を、漫才に落としこんで全部見せてくれる。手に入れたものを、惜しみなく全部分け与えてくれる。
そんなふたりにこれからもずっとついて行きたいと思う。
無様に、リアルに、生々しく、恥を晒して生きて行こうと思う。
自分がたりないと気付けてよかった。
そう思えるようになったのはふたりのおかげだ。
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漫才も佳境に差し掛かったとき、若林さんがアカペラでラップを披露する場面があり、胸を打たれた。少し前オードリーのオールナイトニッポンで若林さんが、ラップを1曲だけどうしても作りたい、トラックを誰かに作ってほしいが、誰にお願いしたらいいか分からないという話をしていた。私は、若林さんがあのとき話していたのは、このラップのことだったのではないかと思っている。
オードリー若林 自分のラップ用にトラックを探している話 https://miyearnzzlabo.com/archives/73999
中でも私の心をざっくりえぐったパンチラインはここだ。
たりなさの剣 諸刃の剣
悩みであり 武器であり お守り
たりないことは悩みの種。でも見方を変えると、たりないからこそ悩めるのであって、それを武器にしたからこそ、ふたりは一流の芸能人としてここまで勝ち上がってくることができたのかもしれない。
片刃は悩み、片刃は武器の諸刃の剣。
普段は人間力のマシンガンで戦いながら、若林さんはこの剣をお守りとして、ずっとその背中に忍ばせていた。そして誰も知らないところで、その剣で自らを傷つけていたのだ。毎日毎日。
その自傷行為を敢えて、ライブで曝け出した。エアの剣が輪郭を持ち、若林さんのコアをグサグサ貫くのがはっきりと見える。とてもつらく、涙が止まらなかった。魂の叫びを見たように思った。
だから終演後に倒れてしまったのだろう。血液検査で炎症反応が強く出たというのも、あのエアの傷のせいだったのではないか。本来なら痺れるはずのないみぞおちが痺れたのも、右のお腹が痛くないか医師に聞かれたのも全て、あのエアの自傷行為の傷のせいだったと考えると合点がいく。
オードリー若林『明日のたりないふたり』終了直後に救急搬送された話 https://miyearnzzlabo.com/archives/74508
6月5日深夜放送のオードリーのオールナイトニッポンでは婉曲的に表現していたけれど、何度か意識が遠のいて、もしかしたらこのまま死んでしまうかもしれないと思った若林さん。山里さんも6月9日深夜放送の不毛な議論でそのときの様子を「ブッダの最期」と例えていた。
搬送された病院で「過換気症候群」と診断され、大事には至らなかったという。また、後日受けた精密検査でも、幸いにも全く異常はなかったそうだ。
ほんとうによかった。心からほっとした。
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「それ(自傷行為)をライブで言ってゆるされようとしてんじゃないよ!!」
そう言って自らを断罪する若林さんを、すぐ隣でゆるしていたのは山里さんだった。明日を頼まれた2人組も、画面の向こう側の2万人もゆるしていたはずだ。もちろん私も。
若林さん、これからはどうか自分を傷つけるのは止めてほしい。完全燃焼を以て、12年に亘るライフワークに一区切りつけたのだから。たりないままでいてくれるのは嬉しいけれど、もうあんな風にストイックに自傷行為を繰り返さなくてもいい。
たりなさの剣をお守りとして、これからも背中にそっと隠し持っておくのは構わない。丁寧にお手入れして、ときどきはその切れ味を確認するのもいい。ただし試し切りは自分の身体ではなく、巻藁か畳表にしてほしい。
あなたは一瞬お父様に会いに行きかけて、くそっ!と思ってこちらに戻ってきたのだ。もういちど生まれたのだと思う。
新薬のおかげで長年悩まされた激しい頭痛と肩こりから(まだときどき激しく痛むこともあるそうだが、ほぼほぼ)解放され、自傷行為からも解き放たれたあなたが、ベランダの七色のテーブルで朝食を摂り、美味しいハムの野郎を買って河川敷で食べ、考えごとはほどほどに、肩の力を抜いて、たりないとの新しい向き合い方を見つけてくださいますように。
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あなたがあなたを崇拝してやまない後輩に唯一望んだこと、そしてその後輩も同じくあなたに唯一望むこと
「健康でいてくれれば良い」
同じ言葉を私からもあなたにおくらせてほしい。
最後に、あなたが安い自分語りと言っていたエッセイに救われた人間がたしかにここにいる。そのことだけはどうしても絶対にお伝えしておきたい。
Huluでさよならたりないふたりを見て衝撃を受けたのが半年前のこと。こんな新参の私も、パソコンの画面にかじりついている2万人(その後アーカイブで見た人も含めたら全部で約5万2千人)のサイコなお友達の1人として平等に、あたたかく迎え入れてくださり、ありがとうございました。
ああ、たりなくてよかった。ふたりと巡り会えてよかった。
追記:このnoteはできれば山里さんに見つかりたくない。山里さんはラジオでnoteも読むと言っていたから。文字数を数えて、山里さんの話が少ないと思われて、凹んでほしくない。それは私の本意ではない。
若林さんがあれだけ自分を曝け出すことができたのは、たりないふたりの相方が山里さんだから。ライブの冒頭でも「これまでのたりないふたり」としてまとめられていたように、若林さんは「山ちゃんのイタいファンなんだよね、何度も言うけど、もう一番だと思ってる」のだ。その言葉が全てを表していると思う。
山里さん、あなたはほんとうにすごい人です。