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日記や思い出

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ふと思った事や思い出を書きます。
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極楽征夷大将軍

久しぶりに小説を読み切って面白かったので、書き記しておこうかと思いまして。

極楽征夷大将軍という本なのですが、どの将軍かと言うと室町幕府を作った足利尊氏で、この本の帯の紹介文に書かれてるのは、“やる気なし使命感無し執着無し なぜこんな人間が天下を獲れてしまったのか?”と書かれており、実際に読んでると尊氏がのび太みたいにダメな感じだけど、それがおかしくて、それでいて優しくて、周りが勝手について来て

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水に濡れたら視力が上がる

今から十数年前の僕が30代前半の頃、アパートの1階に住んでたのですが、深夜に家に遊びに来てた彼女が天井から水がこぼれてる事に気付きました。

徐々に漏水の勢いが強くなって行き、すぐに部屋が水浸しになるのですが、あわあわしてるだけの僕に彼女が指示してくれて、電化製品を先に非難させる事に成功しました。

少しして2階の女性が走って降りて来て、風呂のお湯を溜めて流したら漏水したとの事で詫びてくれて、その

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ぞうきん

保育園の授業で、ぞうきんを作る事があったのですが、それまでいかに目立たない様にするかを目指してたので1番最初に出来てはいけないし、最後に出来てもいけないと思って、常に真ん中くらいを目指してる子供でした。

そういう事もあって、まず最初に針の穴に糸が通らないフリをして時間稼ぎをしました。
周りを見渡すと少しずつ縫い始めた人もいたので、そろそろ針の穴に糸を通そうとしたのですが、これが全く通らないのです

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オッペン

小中学校の同級生にHという友達がいて、記憶は曖昧で、たしか小5からか、もしくは中学になって仲良くなったのですが、中学の頃にHは、ヤンキーになってて、でも仲良くて遊んだりしてたんですが、高校で離れ離れになりました。
ちなみに、↓の記事で、中学の時、ガキの使いを見たのは彼の家です。

僕は普通科の学校に行き、Hは地元で一番悪い紫の学ランの学校に行きました。
なぜ紫の学ランになったかと言うと僕らの少し上

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近隣住民が怯えてるのよ

まめのきというコンビで芸人をやってる頃、自分達だけのコントライブを22時〜1時間くらいの枠でやったのですが、その日、めちゃくちゃ体調悪くて、でも不思議なもので、ライブ前に体調戻って来て、ライブは普通にやれたのですが、ただ打ち上げして、自転車押しながら帰ってる時に限界を迎えたみたいで、道で寝てしまったみたいです。

パトカーというより、地域をパトロールしてる警察OB(なのかな?)みたいな、おじいさん

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パチンコ

こないだ、なんとなくパチンコ行こうと思って、1人で行って来ました。

ただ、人生でパチンコやったのは、3回くらいしか無くて、前に行ったのも12〜3年前でした。
その時の彼女とする事無くて行ってみて、彼女に借りた1000円で僕だけ3万くらい勝ったので、滞納してる国民健康保険に充てれるなと喜んでいたら、元々は私の金なんだから山分けだろ!と怒られた事があるんですが、それ以来のパチンコでした。
もちろんち

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風呂とは何か?

私の地元は、元々炭鉱の街で、炭鉱で働く人達が住むための長屋があり、私が生まれた頃にはすでに炭鉱は掘られてませんでしたが、長屋はまだ残ってて、小2の途中で引っ越すまでは、そこで育ちました。

長屋には風呂は無く、トイレはあるけど、外に出ないといけなかったのでトイレとはめんどうなものだと思ってました。
ただ、それしか知らないんで、特にそれが嫌だったとかも無く、そういうものだと思って生きてました。

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憧れの関西弁

僕は、福岡の田川という所の出身なので、博多弁とも違う方言を東京に出てくるまで話してました。
実際には、東京出て来たばかりの頃は、標準語にも照れがあるし、地元の方言で話すのも田舎者と思われるのが嫌で、敬語で話すかもしくは話さないかで、わりともじもじしてました。

僕は、子供の頃、地元が世界の全てなので、僕らの方言が普段の話し方だと思ってて、テレビや教科書の言葉は、テレビ用の話し方で、わざとそんな話し

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