Vとして「そうある」「そう振舞う」「そう扱われる」コミュニケーション
どうも、バーチャル魔法生物マネミックです。
そう、「バーチャル魔法生物マネミック」です。
僕がマネミックである事は明白な事実であり。僕の振る舞いとは即ちマネミックの振る舞いであり。当然、周囲は僕の事をマネミックとして扱います。
日が東から登る事や龍が不滅であるように、僕がマネミックであるという事は当然な事ですね?
今回はこんな感じの奴を薄ぼんやりとやります。
僕が紛れもなくマネミックである事はご理解いただけたと思いますが、バーチャル魔法生物である事はどうでしょうか?
態々noteを読んでくれるようなコア・マネミックファンの皆さんであれば、バーチャル魔法生物マネミックとは〈世界迷宮キトランク〉に潜む魔法の力によって生み出された生物であり〈迷宮の魔女〉と呼称される超常存在の下、冒険者たちを監視し、日夜〈異界〉の調査に明け暮れるプリチーな存在である。という事は御存じだと思います。
だかしかし、残念な事に(本当に残念な事に!!!)世の多くの人はバーチャル魔法生物マネミックの事を深く知りません。
薄ぼんやりと迂遠な言い方をしますが、対話コミュニケーションにおいては
最初にマネミックに焦点が当たるため、バーチャル魔法生物である事はノイズにすらなり得るでしょう。
これは良いとか悪いとかではなく、ましてやバーチャル魔法生物としての尊厳を毀損されたとかいう事ではありません。コミュニケーションのスタートとは剣豪の立会の様にそろりそろりとしたものであり、ほぼ間違いなく僕も誰かと初めましての時にはお相手のバーチャル魔法生物ではなくマネミックの部分に目を向けている事でしょう。
僕はV存在の本質とはエゴ(色んな意味で)だと思っていて、例えば僕であればたとえ周囲からどの様に扱われていたとしても、自身がバーチャル魔法生物マネミックとして在り、そのように振る舞えばそこに存在するのは紛れもなくバーチャル魔法生物マネミックである。そうあるべきだ。と考えています。ただ、幸いにも僕は周囲の存在達に恵まれ、活動当初からバーチャル魔法生物マネミックとして振る舞い、バーチャル魔法生物マネミックとして扱われてきました。
自己を形作るのは他ならぬ自分自身である。とは思ってはいますがそれはそれとして周囲からバーチャル魔法生物マネミックとして扱われると滅茶苦茶に嬉しいんですよ。例えばライトな所で言えば単眼ジョークを言ってもらえた時ですね(例:やっぱ体の殆どが目だと視力が凄いわ的な)他にも、仲の良い友人に迷宮トークを振られたときも滅茶苦茶に嬉しいんです。
それは何故かと考えた時に、「私はこのような存在なのでこう振舞います」と行動する事は出来ても「私はこういう存在なのでこう扱ってください」と強制する事は出来ないじゃないですか(いや、出来るんですけどそれをしてしまうとカッコよくないじゃないですか)なので自らの振る舞いにより、「そう」扱われるというのは世界、ひいてはその存在に認められたような気になるんですね。勿論、僕が接する存在ってなんというか「デキた」方が多いのでそういうのも多分にあると思うんですけど。
世界という大海原に浮かぶ俺という船は自前で櫂をこいで何処までも行く自信はあるけれどそれはそれとして、帆に風を受ければ更に気持ちよく前に進んでいくぜ。的な…?
まぁ、なんか…自分でもよく分からなくなってきましたけど。
Vとして、というかVに限らずだと思うんですけど。なりたい状態に対してそう扱われたいのなら何よりも自分が「そう在り」「そう振舞う」コミュニケーションが大事なのかなって思いました。
さて、今回のnoteでは何回「バーチャル魔法生物マネミック」を使用したでしょうか?そんな感じでバーチャル魔法生物マネミックでした!(←の奴もカウントしてね)