闇呼ぶ声のするほうへ(長編小説) あらすじ/目次/本編【プロローグ】
・長編小説タイトル:
闇呼ぶ声のするほうへ(ジャンル:現代ファンタジー)
・あらすじ:
昔々、いまから30年と少し前の、お話。
高校2年生の御崎真緒子はある日突然、人語を話す黒いヘビの姿を視る。
それは御崎家の先祖――蛇神にその身を捧げ自らも神になった巫女が、子孫に寄こす祝福であり従者だった。
それまで、祝福を受けたと聞く自分にその兆候はなく、もうなにも起こらないだろうと思っていた真緒子は、ヘビの出現に困惑する。だが居合わせた友人、佐倉玲花の存在により、真緒子は黒いヘビのことを受け入れてゆく。
佐倉玲花との高校時代、大学生になって真緒子が巻き込まれた事件、安達玄との出会い、そして――。
これは真緒子と、彼女が出会う人や人ではないモノたちとの、ゆるやかな『非日常』の物語である。
(299字)
闇呼ぶ声のするほうへ・目次とリンク
【プロローグ・祝福と名付け、そして母のこと】(2739字)
→ この「目次とリンク」のあとに掲載
【第1章・私は黒いヘビの名を呼ぶ】(19995字)
<1>高校生の私と佐倉、黒いヘビのこと(5748字)
<2>霊能力と幽体離脱、佐倉の夢のこと(6823字)
<3>高緒叔母と銀のヘビ、高校時代の終わりのこと(7424字)
【第2章・貴方が私の名を呼んだ日】(19679字)
<1>大学デビュー失敗と水難、彼シャツのこと(6470字)
<2>公開告白とシャツの匂い、もったいないお願いのこと(6227字)
<3>ちくわ天カレーと白猫、彼の引力のこと(6982字)
【第3章・その目が私を呼んでいる】(20018字)
<1>密室からの脱出と目撃者、彼らの呼ぶ声のこと(6776字)
<2>優先順位と経験値上げ、無限増殖のこと(6441字)
<3>佐倉への追伸と新歓コンパ、本当の彼シャツのこと(6801字)
【第4章・私をその名で呼ばないで】(19664字)
<1>闇の光と動く仮面、金色のヘビのこと(7429字)
<2>ブラックドレスとヘビ様の夢、オカアサンのこと(6359字)
<3>写真立てと常套手段、愛人のこと(5876字)
【第5章・闇呼ぶ声のするほうへ】(9760字)
<1>漆黒の闇と伝わる波、小さな明かりのこと(6083字)
<2>御崎真緒子と黒いヘビ、ふたりの番いのこと(3677字)
【エピローグ・そして私は彼女の名を呼ぶ】(1109字)
→【第5章】のページ最後に掲載
total:92964字
※作品の総文字数は、約9万字です。
※上記カッコ内文字数は本文のみの文字数です。
(サブタイトルを含みません。)
闇呼ぶ声のするほうへ・本編
【プロローグ・祝福と名付け、そして母のこと】
(2739字)
私、御崎真緒子の、真緒子、という名をいちばん最初に呼んだのは、母の夢の中に出てきた神様だった。
母は妊娠がわかってからずっと名付けに悩んで、でも楽しみにもしていたそうなのだが、結局自分で名付けをすることは叶わなかったと、後々事あるごとに、うれしそうに私に話してくれたものだ。
「きれいな場所で、光が溢れて、色とりどりの花が咲き乱れていて。でも花かと思ったそれは、神様の御遣いの、たくさんの蛇だったのよ」
母はスケッチブックをめくり、自身が水彩で描いた絵を見せながら話す。元々絵を描くことが趣味だった母だが、そのときの様子を再現するのには、なかなか苦労したそうだ。
でもそのおかげで。母の夢の話に耳をかたむける幼い私も、母の絵を元にその場面を思い浮かべるようになった。
「たくさんの蛇、なんて、普通は怖いと思うでしょう? でも怖くないの、とにかくすごくきれいで、美しくて……ぼうっと眺めていたら、ことばが聞こえてきたの」
母はここで、ちょっと得意気になる。「そのことばを、お母さんは一言一句間違えずに覚えてたの。夢なのに、すごいでしょ?」というひとことを、挟むときと挟まないときがあって、そのときは挟まなかった。
「『胎に宿る、汝の子。この我が末を、真緒子、と呼ぶ。従者と祝福を授かるその先の、そのすべてを我は許そう』」
目を閉じ、ゆっくりと、ことばを紡ぎ出す母。また目を開けて、今度はどこか遠くを見ながら続ける。
「不思議なんだけど、マオコ、という名前がどういう字なのか、すっと頭に入ってきたのよ。本当にあれは、不思議で幸せな体験だったわ。お姿は拝見出来なかったけれど、あれは神様のことばだったのよ」
普通なら、ちょっとすごい夢見たな、くらいなもので。
だけど母はその夢を、神様からの託宣なのだと信じて疑わず、まっすぐに受け入れた。
なぜなら母の実家、御崎家には。
そういう考え方が不思議でもなんでもない、ちょっとした事情があったのだ。
夢のことを、とにかく会って話さなくては。母はそう考え、夢を見た次の日には電話をかけ所在の確認だけし、その翌日にはもう、まだそれほどには目立たない身重の体でひとり電車を乗り継ぎ、御崎の本家である、大層な広さの日本家屋の門をくぐっていた。
結婚して嫁いでいた母が久しぶりに帰ってきた実家、御崎本家にはそのとき、高緒、という名の母の姉がひとりで暮らしていた。母の三人いる姉のひとりで、つまり、私の叔母にあたる。
高緒叔母は、自室に母を通すと人払いをし、それから両手のひらを上に向けた状態で重ね、母に言った。
「ここにいるものが、視えるか?」
用件も伝えていないのに、いきなり話しはじめる叔母に戸惑いつつも、母は目を凝らした。
だが。
「……いいえ」
「そう。産む親はやはり、視る能力は得ず、夢だけ、なのだな。私も、おそらくお前と同時に、ここにいる銀のヘビ様から聞いたのだ。……おめでとう、とは。言い難い気もするな」
そう。少し男勝りな話し方をする高緒叔母は、私と同じように祝福され、”従者”を授けられていた。
母の目には映らなかったけれど、その手のひらの上には。
この世のものではないヘビ……そのすべてが銀色の、しかも透明で光を帯びる、美しい体の小さなヘビが、乗っていたのだ。
御崎の家の遠いご先祖に、蛇神様に身を捧げた巫女がいた、とかで。
その巫女が神様になって、自らの子孫に気まぐれにその”従者”、神様の御遣いであるヘビを寄こす。
そのヘビは不思議な力を持っていて、子孫たちはそれに助けられ生きてきたのだと、母も話にだけは聞いていたし、だからこそ、それほどには驚かなかった。そして真っ先に報告するべきは、三人の姉のうち、祝福を受けている高緒姉であると判断出来た。
ヘビ様は複数存在しており、過去には、祝福を受けた人間が叔母の他にもいたそうなのだが、彼らが亡くなってしばらく経っていたこのときは、この高緒叔母しかいなかった。
「ひとまずは、私の内に留めておく。本家にも分家にもいちいちうるさいのがいるから、まだお前も、あまり口外しないほうがいい」
母は叔母の助言に硬い表情でうなずき、そんな母を見て叔母は続けた。
「まあ……良いことといえば。この出産には絶対の加護がついたのだから、安心して産めばいい。来年の春か? この子に会うのが楽しみだな」
ここでやっと、高緒叔母も、表情を緩めたのだそうだ。
そして私は生まれ(「でもね、安産ってわかってても痛かったし苦しかった、8時間よ、8時間」)、すくすくと育ち、物心ついたときにはこの本家で、母と高緒叔母と暮らしていた。父の顔は写真でしか知らない。私が2歳だか3歳だかのときに、母は父と離婚したそうだ。
離婚の原因はどうやら私で、祝福を受け能力者となる私を本家で引き取るか否か、みたいなことで揉めたらしい。叔母の言っていた『うるさいの』に、私のことがどこからか洩れてしまったのだ。
そもそも、高緒叔母も。幼少時に、他家から無理矢理引き取られてきたらしい。だから叔母は、母の実の姉ではない。
そうやって引き取るのは一応、能力者が幼いうちにその能力を発現してしまったときの危険性を考えて、他の能力者の監視の元に置くべき、という配慮なのだそうだが。
それだけではないところに、なんだかな、という気持ちになる。
だけど、御崎の家がそうやって大きくなったおかげで、私はいま、なんの不自由もない生活を送れてしまっている。
……もしも私が、祝福なんか、されていなければ。
母は父と、離婚しなくて済んだのかもしれない。
そういうことに気付いたのはいつ頃だったか……そう、中学に入ったあたり、だったろうか?
私は周囲の期待を裏切って、なかなかその能力を発現しなかった。
本当に祝福されているのか、という声が耳に入ってくるようになったのと、同じ頃だったのではなかったか。
母は、私が中学生になる直前、私の祝福の結果を見ずに、唐突に病で亡くなった。
母は離婚のことで私を、恨んだりは……そう、たぶん少しだけ、しただろう。
思春期で多感だった頃はそれで悶々としたりもして、でもきっとそんなことない、と打ち消したり、考えないようにしていたのだけれど。
いまの私は、母の気持ちがわかる。
わかってしまう。
なぜかというと。
私もまた、なってしまったのだ。
母と同じ、我が子に名前を付けられなかった母、に。
そして。
私、御崎真緒子の、物語の本編は。
いや……本編、と言うほどのこともない、ゆるゆるの『非日常』は。
黒いヘビ様がその姿を現した、高校時代からはじまるのだ。
【プロローグ・祝福と名付け、そして母のこと】・了
【2023.06.12.】up.
【2023.07.09.】加筆修正
【2023.07.13.】加筆修正
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