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77 餅論

 ぼくは中学2年生まで寝小便をしていた。
 衝撃のカミングアウトから始まりましたが、それはまごうことなき事実。いまさらなかったことにはできないし、それで誰かに迷惑をかけたわけでもないので(母には迷惑をかけた)、正直に打ち明けたところから話を進めよう。
 いわゆる夜尿症ってやつで、寝ている間に見る夢のなかに川でも蛇口でもプールでもなんでもいいんだけど、とにかく「水」が出てくるともうダメ。その水が呼び水となって下半身が刺激を受け、ジョジョジョーッと放水してしまう。不思議なもので、寝ていても放尿した瞬間「あっ、やっちまった!」って気がつくのね。それで目を覚ますと、布団の中はぐっしょりしている。
 まあ、寝小便の状況描写はそれくらいにしておきましょうか。
 ともかく、寝小便タレだったぼくは、それを防ぐための特効薬として子供の頃からよく「餅」を食わされていた。そう、正月に食べることの多いあの餅。米を蒸して臼と杵で突く餅。
 餅に夜尿症を治す、もしくは事前に防ぐ効果があるなんてことは、うちの親以外からは聞いたことがないのだけれど、なんとなーく「餅は粘っこいからねえ」とか「体内の水分を吸収するのかもねえ」とか、なんなら「餅の粘り気が尿道をふさぐのかもよ」とか、なんの科学的根拠もないイメージだけで納得し、よく寝る前には餅を食べさせられていた。

 それと関係あるのかないのかわかりませんが、いまでも餅は好きで、よく食べる。正月はもちろんのこと、乾物入れに「さとうの切り餅」が常に常備してあって、ちょっと小腹がすいたときには、焼いて食べる。
 我が家でよく食べていたものに「凍(し)みもち」というやつがある。いま都合よく手元にはないし、近所のスーパーでも買えないので画像を載せられないが、皆さんは「凍みもち」で検索してみてほしい。緑色をした半円形の不気味な物体が出てくるはずだ。これは突いたお餅を寒風に晒して乾燥させ保存性を高めたもので、主に東北地方の郷土料理として知られる。
 異星文明との接近遭遇を描いたSF映画『メッセージ』の宇宙船の映像が発表されたとき、多くの人は「ばかうけ(by栗山米菓)」みたいだ! と沸き立っていたが、ぼくは「凍みもち」だなあと、寝小便の記憶と共に感じていた。
 とにかく珍奇な凍みもちではありますが、基本的に餅であることは変わらないので、食べ方は普通の餅と同じ。ただし、凍みもちはカッチカチなので、そのまま焼いても固くて噛めたもんじゃない。まずは水に浸して、柔らかく戻す必要がある。あとは網の上に乗せて焼き、磯部焼きなり、大根おろしなり、納豆なり、好きなものにからめて食えばいい。うまいのかと言われれば、あくまでも農家の保存食であるから、飽食の時代に生まれた都会暮らしの人が食べてみたところで、うまいとは感じられないかもしれない。でも、その味に馴染んでいるぼくは、ときどき無性に食べたくなる。まさにソウルフードってやつだ。

 話を一般的な「餅」に戻す。
 餅の代表的な食べ方といえば、やはり正月の雑煮だろう。名前こそ日本全国「雑煮」で統一されているけれど、その食べ方や味付けは千差万別。餅も丸餅、切り餅、突きたての餅など、地域によって変わってくる。
 我が家は両親共に福島県がルーツなので、その地方なりの味付けを継承している。
 汁は鰹と鶏の合わせだしに醤油。具材は鶏もも肉、大根、にんじん、かまぼこなど。あとは飾り付けに三つ葉。肝心の餅は、昔は凍みもちを使っていたのかもしれないけれど、記憶する限り、雑煮では普通の白い切り餅を使っていた。
 台所を母に任せていた頃は、雑煮なんて正月にしか食べられないものだった。でも、朝・昼・晩の炊事を自分でやるようになったいまは、食べたいと思えばなんでも自分で作ればいい。春でも真夏でも好きなときに雑煮が食えるのだ。

 ごく日常的な餅の食べ方としては、ぼくは上記したように「磯部焼き」「大根おろし餅」「納豆餅」の三択となる。とくに好きなのが磯部焼き。オーブントースターで焼いて醤油をまぶして海苔で巻くだけの簡便さがいい。酒を飲むときのアテとしては納豆餅もよく作る。こちらは納豆をかき混ぜて絡めるだけ。
 このように、たびたび餅を食べる生活のおかげか、いまは寝小便をしなくなりました。

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とみさわ昭仁
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