60 熱いぜ、冷え冷えとんかつ!
マグマ舌なぼくが例外的に好んで食べる冷えた料理。そのふたつめが「冷え冷えとんかつ」である。
とんかつ、わかりますよね?
獣の肉を適度な厚さにスライスし、卵液にくぐらせ、パン粉をまぶして油でカラリと揚げる。フランス語でコートレット、英語ならカットレット。それが訛ってカツレツ。おもに豚肉が使われるのでポーク・カツレツだったものが、日本語のトン(豚)に置き換わって「とんかつ」となった。日本における洋食の定番メニューと言えます。
みんな大好きとんかつ、もちろんぼくも大好き。洋食屋で揚げたてのとんかつ定食を食べるのもいいけど、実はぼくには変な性癖があって、冷め切ったとんかつが大好きなのだ。それも、ただ冷めたのではなく、食べ残しをひと晩ずっと冷蔵庫に入れておいたような、冷温のせいで脂身がラード化したような「冷え冷えとんかつ」が、ことのほか好きだったりするのであります。
とんかつには何をかけて食べる? というのはよくある話題で、ぼくはごく当たり前にとんかつソース派なんだけど、冷え冷えとんかつだけは断じて塩で食べたい派だ。
冷蔵庫から出してきた時点でコロモ(衣)はすでにしんなりしていて、カラリの欠片もないのだから、そこにソースなんかかけたらいっそうベッチャリして、お世辞にもおいしいとは言えなくなる。とんかつソースというのは揚げたてカリカリのコロモにかけるから美味しいのであって、冷え冷えとんかつには似合わない。そもそも意図的に冷やしたとんかつなんて好んで食べようとする人はいないだろうから、ソースが合うとか合わないとか、どうでもいい話かもしれませんが。
ところが、冷え冷えとんかつは塩を振って食べると、コロモのしんなりさが気にならず、むしろ美味しく食べられる、とぼくのベロは弁舌を振るうのだ。
「揚げたてとんかつにジュワーっとソースをかけたやつでビールを飲む」VS「冷え冷えとんかつに塩をパラパラ振ったものでビールを飲む」の対決、ぼくは後者に軍配をあげる。カラリとあげる。
なんというか、この食べ方をすると、揚げたてとんかつよりも豚肉の旨みとか、コロモの良し悪しとかが、如実にわかる気がするんだよね。もちろん塩も安物よりは伯方の塩がいいし、なんなら天然の「なんとか粗塩」とか「インカの岩塩」とか、そういうブランド塩があればなおいい。
このエッセイ・シリーズの第37回「そうめんは水を食べるもの」で書いた法則に倣うなら、「冷え冷えとんかつは塩を食べるもの」と言えるだろう。
どこかに「冷え冷えとんかつ」がメニューにあるとんかつ屋さんはないだろうか? ないよねー。あるわけないよねー。うまいのになー。
その昔、何かの小説で「殺しのターゲットにカタい煎餅を食わせると口腔内に細かな傷がつく。その後、軽微な毒の入ったドリンクを飲ませると傷から毒素が侵入しやすくなって死に至る」といった感じのトリックを読んだことがある。カタい煎餅怖ぇえー! と思ったものだが、きっとカリッカリの揚げたてとんかつでも同じことは起こるに違いない。
でも安心してください! 冷え冷えとんかつではそんなことは起こりませんので!