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74 オノマトペ料理の世界

 ある日、家で「しゃぶしゃぶ」を食べていて思った。肉を湯の中にくぐらせて、しゃぶ、しゃぶ、しゃぶ……とやるからしゃぶしゃぶ。一瞬なるほど、と納得しそうになるが、料理の名前としてはあまりにも安易ではないか」と。
 しかし、文句ばかり言ってもしょうがない。しゃぶしゃぶするから「しゃぶしゃぶ」。つまりオノマトペ(擬声語)だ。オノマトペをそのまま名前にした料理というのは他に何があるだろうか? それを考えあぐねるだけで半日は潰せる。暇な老人のいい遊びである。

 まず思いつくのは、鮭の「ちゃんちゃん焼き」だ。北海道は石狩地方の郷土料理で、漁師たちがドラム缶を加工して作った鉄板の上で鮭と野菜を味噌焼きにしたのが始まり、とされている。名前の由来は、てっきり焼く際に鉄ヘラがチャンチャンと音を立てるからだと思い込んでいたが、その他にも「ちゃちゃっと作れるから」とか、「お父ちゃんが作るから」とか、諸説あるらしい。諸説あるなら、ここはやっぱりチャンチャンと音を立てる──オノマトペ説を採用したい。

 で、ここでいきなりつまづいた。他にないじゃん!
 いや、「じっくりコトコト煮込んだスープ」だったり、「おばあちゃんのぽたぽた焼き」だったり、思いつくものはいくつもある。だけどそれは料理の名前ではなく、商品名だ。
 そう、主にお菓子の名前にはオノマトペが多い。とくに、キャンディやチョコレートの舐め感というかイジリー岡田っぽさは、「ペロペロキャンディ」や「ペロティチョコレート」という名前に現れている。あるいはオノマトペではないにせよ、お菓子には食感を表す擬音を商品名にしたものも多い。たとえば「ポッキー」などはその代表例だ。
 言語学者・川原繁人氏の著書に『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか?』というタ書名からして興味を惹かれる名著がある。パピコ、ピノ、プリッツ、ペッツ、ポリンキー。発音したときに口が気持ちいいと感じる名前は、食欲もそそるのかもしれない。

 つくばエクスプレスの浅草駅を地上に出てすぐのところにあり、東洋館に出演するおぼんこぼん師匠が安~い弁当を買って楽屋に差し入れすることで有名な「デリカぱくぱく」。ここもまた、飲食とオノマトペが接近遭遇した例のひとつである。
 作り置きのとんかつ弁当やハンバーグ弁当が山のように積まれたカウンターは圧巻だが、浅草で食事をするなら来集軒でラーメンか、福ちゃんで焼きそばと決めているぼくには、デリカぱくぱくの弁当を買う機会は永遠に訪れそうにない。

 と、ここまで書いてきて、堂々たるオノマトペ料理があったことに気がついた。主に関西方面で食べられている「鯨のはりはり鍋」である。そして「はりはり」ときたらもうひとつ、上越地方の越冬保存食「はりはり漬け」も忘れてはならない。
 どちらも口にしたときの音が名前の由来だそうだが、はりはり漬けの大根はわかる。しかし、はりはり鍋の方は水菜を食べたときの音だそうで、鯨カンケーねえー! のだった。

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とみさわ昭仁
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