「就活は通過点」ってつまりこういうこと?
6/1就活解禁
この言葉は大学生ならもちろん、多くの社会人の方もニュース等で見るだろう。
僕たち学生にとってある意味大学生活の一つの大きなイベントといえる。僕の周りでも、どんどん内定が決まっていく。
第一志望から内定をもらえた人もいれば、もらえなかった人もいる。よく就活はご縁といったものだが、実際に体感してみてそれもあながち間違いではなかったなとも思う。
僕自身は早期選考で内定をいただき、その後の第一志望社はお祈りの結果だっため、5月中には終わっていたのだが、やはり終わってみると一つの区切り感はあった。
例え第一志望でなくても、モヤがかかって見えなかった将来に一本の道が出来たことに、誰もが安堵し笑顔になっている。
しかし、いやだからこそ、ここに違和感を感じていることも事実である。
「あれ?内定がゴールになっている人多くない?」
ということである。
もちろんそれはそれで一区切りであるが、ここはあくまで通過点でしかないのではないだろうか。
僕が思うに、就職活動であれなんであれ、自分が今していることは究極”幸せな人生を送る”というゴールの一部だと思う。
もちろんこれだと想像つきにくいから、”社会で活躍するための一つのステップ”としておいてもいいかもしれない。
どちらにせよ、就職活動はあくまでそのステップの一つではなかろうか。
社会で活躍するために
自分を見つめ直して、
自分の能力を高めて、
社会の先輩方に話を聞いて、
自分と社会の未来を思い描いて、
自分が勤める企業を選んで、
みたいなことをみんなしてきたのだと思う。
今回はこのうちの自分が勤める企業を選んだ(もしくは選ばれた)だけだ。就活が終わったからといってその他のことを終える理由には全くもってならない。
だからこそ、これからも自己分析をするし、自分の能力を伸ばすし、もっと多くの人に話を聞くし、これからの未来を思い描いていくことが必要なんだと思う。
結局のところ何が言いたいかというと、就活を通過点と考えると、内定の前後でやることはほとんど変わらないということである。
就職先によって方向性は変わるかもしれないが、基本的な原則は変わらないのである。
僕らは社会のスタートラインのさらに手前に立つことが出来ただけだ。ここから社会人という新しい人生のフェーズを作るためには、まずは早くスタートラインにつかなければならない。
継続は力なり
少しみんなで喜んだ後は、また淡々とやることをやっていこう。
ふと、そう思って今日は日記を書いてみた。