「ググる」という時代遅れのルーティン
みなさん、“15000円”の値段を安いと思って支払った経験はありますか?
僕はあります。
つい先日、とある料亭で初めてこの衝撃的な経験をしたのです。
「本物に出会うとはこのことか!」
と、全身に鳥肌が立ったことを鮮明に記憶しています。
では、どうすればこのような経験ができるのでしょうか。
また、どうすればこの経験を再現できるのでしょうか。
人生を豊かにする要素において、“本物”に出会うことは非常に重要だと僕は考えています。
理屈抜きに細胞一つ一つが反応するようなあの感覚は、言葉では表せません。
人生を豊かにする唯一の方法は“本物”に出会うこと
とさえ思っています。
愛、友情といった抽象的なものから、芸術、スポーツ、知識まで至る所に“本物”は存在しますが、いかにその多くに出会うかこそが人生の豊かさを左右すると思います。
では、どうすれば“本物”を経験する機会を増やすことができるのでしょうか。
金沢で出会った衝撃的な料亭
僕がこの経験をしたのは先日の北陸旅行のことでした。
安くて美味しい食事を堪能しつつ北陸の魅力にどっぷりと浸かっていました。
そして迎えた最終日前夜の夜に訪れたとある料亭で衝撃を受けました。
和食の会席料理のお店だったのですが、もう言葉では表せないほどの料理が出てきました。
まず視覚で美味しいと確信するほどのインパクトを受け、口に入れようものならその美味しさを表す言葉が見つかりません。
正直この写真でも魅力は1/10も伝わっていません…
ただ一つ言えることは、食べている時は幸せの絶頂でした。
大学野球部のマネージャーという職業柄、社会人の方に大学生では経験しにくい美味しいお店に連れて行っていただくことも少なからずありますが、今まで出会った中で一番美味しかったと言っても過言ではないほどでした。
そして迎えたお会計。
そこに書かれていた(1人当たり)“15000円”という数字。
……
時が止まりました。
自分がその店で得た経験への対価にしては、あまりにも安すぎだと感じたのです。
学生の身分から言わせてもらうと、1回の食事に1万円以上かけることなんて多くありません。そんな僕が15000円なんて安すぎると思った経験をしたのです。
支払う対価があまりにもしょぼく思える。
極論その経験に対価なんてつけられないとさえ感じる。
これこそが“本物”と出会うということだと思いました。
その経験の一つを金沢でしたのです。
「ググる」に限界がきている
さて、それではどうやってこのお店を知ることができたのでしょうか。
「金沢 美味しいお店」検索
では絶対に出てきませんし、食べログ評価だって低いお店です。
僕は良く言われる食べログ評価3.5を一つの目安にする人間ですが、そこには到底届かないような評価です。
にも関わらずいざ訪れてみれば、今まで出会ったことのないほど美しく・おいしい料理が出てきました。
こんなお店を見つけることができた方法は一つです。
人に聞く
ただこれだけです。
僕の場合は祖父が金沢に長く住んでいる友達におすすめの店を聞きました。
その友達の家は世間一般からすれば裕福なこともあり、そこに加えて金沢にルーツがある。間違いなく一番良い店を知っていると考えました。
結果は大正解でした。
今回の北陸旅行がこのお店の経験だけで2倍にも3倍にも素晴らしくなったと感じます。
そしてここで注目したいのが、このお店は“簡単にはネットに出てこない”ということです。
今の時代はとても便利です。
スマホ一つあれば膨大な情報を入手できるようになりました。
一方でその情報の質はどうでしょうか。
僕自身、情報の質が下がったとは思いません。
しかし、情報が“均質化する”ようになったとは強く感じています。
※均質化:物質の性質や状態が同じであること
何が言いたいかというと
ネットから得ることができる情報は同じようなものになってしまっている
ということです。
今回の旅行計画の時もそうでした。
様々な雑誌やネットを見ても出てくるお店や観光地は同じようなものばかり。
キラリとひかるようなものを見つけることはできませんでした。
“本物”の情報がそこにはありませんでした。
ここから僕たちを取り巻く情報ネットワークの穴が浮かび上がってきます。
つまり、
ネットをはじめとした簡単に手に入る情報に価値がほぼなくなってきている
=価値ある情報を手に入れるためには労力が必要になってきている
ということです。
今の時代、“本物”は世界的に有名になるか、膨大な情報を隠れ蓑にしながら限られた人に恩恵を与えるかの二択になってきているのだと思います。
前者の情報は簡単に手に入りますが、後者を見つけるのは非常に難しくなります。その情報にたどり着くまでに「均質化された大量の情報の壁」があるからです。
そして後者の方が間違いなく出会った時の感動が大きいです。
前者は有名が故に、ある程度自分の中でイメージを持って対面しますが、後者は情報が少ないため少なからず予想を裏切られるためです。
話を情報の質に戻します。
流行りのオンラインサロンなどは典型的な例です。
サロンを主催する人は世間一般でも名の知れた人が多いですが、間違いなく世間に対してとサロン内部に対して発信する情報は違います。
というか、オンラインサロンのそもそもの目的に、「サロン内でここだけの情報を共有する」という側面があるわけですから当たり前です。
もちろん、均質化の良い側面もあります。
それはマジョリティというか、一般的な見解といったものはすぐわかるという面です。
無料で手に入れられるネットの情報に従っていれば、大間違いをすることはほとんどないでしょう。しかし、真に大切な“本物”と出会う経験はできません。
何よりも意識すべき”一次情報”
スマホが普及した現在では、僕含めどんな人であれ「検索」をするのは当たり前です。「ググる」なんて日本語が誰にでも通じる社会です。
その「ググる」という作業が常識な今だからこそ、「ググる」ことの限界も同時に知っておくべきなのです。
だからこそこれから
いかにして一次情報を得るか
が鍵を握ります。
※一次情報:独自の経験や公的機関が発表する情報など
今回僕は友達の一次情報をもらいました。
友達が実際に経験して得た「この店は美味しい!」という店の情報を入手したわけです。
そして、僕が思うにこの一次情報は「人から直接得る」ことが最も信頼できると考えます。もしくはお金をはじめとした、「ある程度の対価を必要とするか」です。
普通に考えてみてください。
自分が顔も知らないような人たちに“とっておきの情報”を教えたいとはあまり思いませんよね。
誰かに伝えたくなるほどの情報を伝える場合には、フィードバックを期待して伝えることがほとんどだと思います。その情報に対する同意や反対意見を得たり、もしくはその情報によって喜ぶ相手の姿を見るために伝えますよね。
つまり、とっておきの情報は目に見える相手になって初めて入手できるということです。
そして“とっておきの情報”こそ“本物”の情報の源泉なのです。
そう考えると、自分が大事にしていくべき友達がわかってきます。
もちろん友達とは損得勘定抜きに考えるべきだとも思いますが、だからと言ってみすみす素晴らしい情報を持っている人と仲良くなるチャンスを逃す意味もありません。
よく「自分に最も近い5人の平均になる」と言いますがその通りだと思います。真に価値ある情報が人からダイレクトに入ってくるのだとしたら、その5人の持つ情報のレベルで自分の持つ情報の価値も決まるからです。
ネットでいくら情報を入手していても、リアルで入手する情報が少なければ真に価値ある情報を得たとは言い難いでしょう。
まとめ
さて、それではまとめていきます。
① “本物”に出会うことが人生を豊かにする
② ネットは情報が“均質化”されていて“本物”の情報が手に入らない
③ 真に価値ある情報は自分の周りの人から直接入ってくる
人生において“本物”に出会う経験は人それぞれですが、その経験が人生を豊かにすることだけは間違いありません。
野球で日本一を達成する最大の目標達成の経験、アメリカ最高峰の大学を見学した時の圧倒的な力の差を感じた経験、金沢で真に素晴らしい料亭でご飯を食べた経験…
ジャンルは違えど“本物”に出会った経験であり、確実に人生の財産になっています。
また、友達の質が情報の質になるようなことも書きましたが、まずは今いる友達を大事にすることが何よりも大切です。
いくら友達であっても、「この人にこそ伝えたい!」と思ってもらえるような存在でなければ何も教えてもらえませんから。
“本物”が人生を豊かにする
“本物”に出会うためにも、これから自分で動いて情報を手に入れるようにしていきましょう。