高校の部活ってなに? 楽しむことと勝つことの両立 バスケコーチング#2
こんにちは。高校バスケの監督を振り返り、考える記事になります。前回の記事はこちら。
第二回は、まず高校の部活って何だろうって考えてみる回です。顧問や監督を引き受けるに当たって、まず一歩目の大事な考えになると思っています。
【部活は誰のため?】
結論から言うと、部活はそこに所属している生徒たちのためにある。当然。ここを履き違えることは決してあってはいけない。
世間のイメージで話すが、部活を仕切っているのは監督や顧問だから、部活はその監督・顧問のものという印象が出来やすい。生徒はそこに参加している、という状況が生まれる。
そんなわけはなくて。むしろ、監督が生徒たちの部活に参加している、と考えた方が良い。(特に自分は外部コーチ的な立場にあり、ボランティアで参加させてもらっているという感覚がある。)
こんなのやってられっかって思う日もあるけども。。
ゲームのペルソナ5で学校を自分の城だと思っているカモシダというバレー部の顧問が出てくる。(分かる人には分かる例え)
決してこのような傲慢な指導者にはなってはいけない。部活を私物化するなんてもってのほか。
どんな運動部だろうと最悪指導者なんて居なくても成り立つ。学校のシステム上顧問という存在は不可欠だろうが。
その上で、生徒たちの需要に合わせた指導を供給することは可能だ。
【部活の目標】
ここまでの話から、部活における目標を設定することは、監督であってはいけないと考える。
部活の目標は生徒たちが決めるものだ。
例えば、バスケ部で「県大会に行きたい」という目標を生徒たちが立てたとする。
監督はその県大会に行くための指導プランを考えなければならない。県大会に出場するという目標は、弱小高校からすれば、決して低くない目標であり、それに対する指導は厳しさを伴うものも必要となるだろう。このように、生徒が叶えたい目標に対しての指導の強弱を自分の中で決めなければならない。
だから、生徒たちにも真剣に目標を考えてもらう必要がある。
ところで、時に、部活はガチでやるか、エンジョイでやるのかという論争が巻き起こることがある。
やる気のある無しの問題だけではなく、ここには個人の見解の違いが作用する。
だから、楽しくやりたいという生徒にガチを強要するのはいけないことだと思っている。
ならば、何を優先すればいいのか。
ここは、意見が分かれるところかもしれないが、私は、最高学年の意思を最優先することにしている。
高校生である以上部活には、プレイヤーとしてのラストイヤーが必ず存在する。3年間、あるいは6年間部活にかけてきた思いや絆を大事にしたいのだ。
だから、決定権を最高学年に委ね、その決定に従い、指導方針を決める。もし、その決定が「ガチ」でバスケをやるというものであれば、下級生が「エンジョイ」であろうと、「ガチ」であろうと、その決定に従ってもらう必要がある。練習は一律みな同じものになることが多いから、仕方のないことだ。その間、「エンジョイ」でやりたい下級生たちには、我慢してもらわなければならない。
監督は、少なくともその1年はそのようなチームの色を貫いていく姿勢を持つ。
逆に、「楽しくやりたいです。」という、「エンジョイ」の部活をやりたい生徒たちに、勝つための「ガチ」部活を強要することは、監督としてはやっていけないので、そういう指導をしたい人は、考えを変えるか、指導を降りるべきだ。
【楽しく、勝ちたい】
私が、1年間監督を務めたチームでは、「県大会に行きたいです。でも、楽しくやりたいです。」という風に、言われた。これを聞いた時、こいつらは素直で良い子だな、って思った。
これの言っている意味は、分かるだろうか。
私の解釈だと、「ガチで練習するけど、練習の雰囲気は楽しくありたい」。これは可能だ。なので、私は快く引き受けた。
楽しく練習する方法は、いくらかあって、ここでは記さないが、出来る限り選手が楽しめるように頑張った。
また、個人的に面白そうだからという理由で、スローガンを選手たちに考えさせた。(スローガンなんてあってもなくてもいいです。)
「一勝一笑」
勝って笑うということらしい。選手たちの雰囲気に合っていて、すごく良いスローガンだと思った。
こうして、私の監督の1年はスタートを切ったのだ。
【まとめ】
部活は、生徒のためにある。
部活の目標は、生徒たちが決定する。
迷ったら、最高学年に決めさせる。
監督は目標にあった、指導を考える。
では、県大会に行くためには、何が必要だと考えたのか、それを書いていきたいと思います。
今回はここまでです。
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