【2024年9月2日策定】NPB「写真・動画等の撮影及び配信・送信規程」から考えるデータビジネスとスポーツベッティング
1 はじめに
日本プロフェッショナル野球組織、セントラル野球連盟及びパシフィック野球連盟は、2024年9月2日、試合観戦契約約款の下部規程として「写真・動画等の撮影及び配信・送信規程」(以下「本規程」といいます。)を施行し[1]、これを受け、両連盟を構成する12球団も同様に本規程を施行しました。本規程は、2025年2月1日からプロ野球の全ての試合において適用されるとも公表されています。
本規程は、多くの野球ファンにとっては、ボールインプレイ中のプレーヤーを撮影した写真・動画等の配信・送信禁止(本規程第3条第3項第2号)、試合中の配信・送信行為の禁止(同条項第4号)という規定により、これまで明確なルールがなかったことにより行われていた不特定多数に向けたSNS上の投稿が今後できなくなるということについて大きな影響があり、様々な意見が挙がっていると認識しています。この点について、別記事【スポーツ関連】アスリートの肖像権・プライバシー権の追記部分において解説をしていますので、ご関心のある方はそちらもご覧ください。
さて、本規程では上記のような主としてファンの行為に対する規制のみならず、一部の事業者に対して大きな影響を与えうる規制が追加されています。それが本noteのテーマでもあるスポーツベッティング事業者等に対するデータ送信を行うデータプロバイダ事業者への規制です。
すなわち、本規程では、前述のように、試合中の配信・送信行為が禁止されていますが、当該禁止行為には「リアルタイムでの試合データの配信・送信を含む」とされています。また、「試合データ」とは「投手の1球ごとの投球のコース・球種・球速に関する情報及び打者の1球ごとの結果に関する情報、打席ごとの打撃結果に関する情報、得点に関する情報等をいう。」と定義されています(本規程第2条第6号)。
では、なぜこの規定がスポーツベッティングとの関係で影響を与える可能性があるのでしょうか。以下では、近年スポーツ業界でも盛んとなっているデータビジネスに関し、スポーツベッティングの観点からその法的論点等について整理したいと思います。
2 スポーツとデータビジネス
経済産業省とスポーツ庁が2022年12月に公表した「スポーツDXレポート」[2]によると、スポーツにおいてもビッグデータやAIの活用が進んでおり、活用されるデータは、いわゆる試合速報データ(得点、勝率、選手データ等)や様々な機器を使って取得する詳細なプレイデータ(ボール回転数、スイング軌道等)、フィジカルコンディションのデータ等さまざまなデータがあります。これらの活用されるデータは「スタッツデータ」とも呼ばれます。また、例えば野球において、ある選手がヒットを打ったか否かという情報も、数秒以内の速報データが価値を有する場合があり、そのようなデータは別途「Live Data」として整理されています。
これらのスタッツデータの活用先としては、リーグやクラブ等が選手・チームの強化や年俸算定のために活用するほか、メディアがファン向けの報道で活用したり、ゲーム会社がスポーツを題材にしたゲームをよりリアルなものにするために活用するなど、活用主体や方法も多岐にわたります。そして、スポーツベッティングもスタッツデータの活用先の1つとして挙げられます。
3 スポーツベッティング
スポーツベッティングとは、スポーツの勝敗などを予想し、その結果が当たっていれば配当を得られるサービスです。欧州各国や米国各州、カナダで解禁や民間開放の動きが加速されており、予想の対象は、試合の勝敗だけでなく、個人選手の得点数や、各種スタッツ、試合の合計得点等、様々な数値や現象が対象になっています。
スポーツベッティングでは、試合結果等を試合開始前に予測する方式ではなく、試合中に試合で生じる結果や現象を予想するいわゆるIn-play方式のベッティングが主流になっています。このようなIn-play方式のスポーツベッティングにおいて活用されるスタッツデータは様々なものが想定されますが、特に「Live Data」が重要になります。なぜなら、In-play方式のスポーツベッティングでは、次々に変化する試合経過に応じて常にオッズを作成・変動させなくてはならず、そのためには実際のプレーから2~3秒以内に収集された「Live Data」を活用することが必要になるからといわれています。なお、試合経過のデータは、放送や配信されている映像などを確認すれば把握できるとも思われますが、通常、生放送やライブ配信の試合映像であっても実際のプレーから10秒以上の遅延が発生しているためスポーツベッティングに活用するデータとしては適さない場合があります。
そのため、スポーツベッティング事業者は、「Live Data」を収集することが重要となるところ、通常は、試合主催者や団体から許諾を受けたデータプロバイダ等から「Live Data」の提供を受けることになります。他方で、許諾を受けていない事業者が、試合会場で「Live Data」を収集し、現地から海外スポーツベッティング事業者に送信するといった行為が行われることもあります。
実例として、プロバスケットボールのBリーグでは、リーグの許諾を得ていない事業者による試合会場での「Live Data」の不正な収集が問題となり、現在は、観戦マナー&ルールにおいて、試合に関する情報を「商業利用目的(スポーツベッティングの用に供する場合を含みますがこれに限りません。)で記録したり他者へ提供する行為」が禁止されています。なお、Bリーグは、「商業利用目的」の解釈についてより詳細なガイドラインにおいて「YouTube 収益プログラムやアフィリエイト広告などコンテンツに付随される広告からの収益が見込まれる投稿については、『営利目的での利用』に含まれないものとします」と整理されています。
ここで、改めてNPBの本規程をみると、以下のように規定されています。
そして、「試合データ」とは「投手の1球ごとの投球のコース・球種・球速に関する情報及び打者の1球ごとの結果に関する情報、打席ごとの打撃結果に関する情報、得点に関する情報等をいう」と定義されており(本規程第2条第6号)、第3条第3項第4号は「Live Data」の送信・配信も禁止していると解釈することができます。
今般このような規定を設けた趣旨としては、NPBの許諾なく「Live Data」の送信が行われ、そのあずかり知らないところで海外スポーツベッティングの対象となってしまっている場合、スポーツベッティングにより収益が発生したとしてもNPBに還元されることはないため、このようなフリーライドを阻止するという考えがあると思われます。
ここで、本規程のようにスポーツベッティングにつながりうる行為を規約により禁止しなくてもそもそもベッティングという賭博行為は違法なのではないかという疑問が生じるかもしれません。そこで、スポーツベッティングの適法性について以下で説明します。
4 スポーツベッティングの適法性
(1) 諸外国
イギリスでは、古くからスポーツベッティングが行われていましたが、違法なベッティング市場が蔓延していたこともり、ライセンス制による政府の管理の下、合法化する流れとなりました。このような背景により、1960年にベッティングを含むギャンブルを合法化する法律(Betting and Gaming Act 1960)が制定され、また、2005年には、オンライン上のスポーツベッティングを合法化するGambling Act 2005が制定されています。
また、米国では、1920年代から1990年代にかけてスポーツ賭博や八百長に関する事件が多数発生していました。そこで、1992年に米国連邦政府によりスポーツベッティングの主催を禁じる「プロ・アマスポーツ保護法(Professional and Amateur Sports Protection Act(PASPA))」が制定され、すでにスポーツベッティングを法整備していた一部の州を除き、スポーツベッティングは競馬を除き違法とされました。しかし、米国最高裁判所は2018年、「プロ・アマスポーツ保護法」は米国憲法に違反している旨の判決をし、これに伴い、各州の判断でスポーツベッティングを合法化できるようになりました。そして、現在は38州とワシントンDCにおいてスポーツベッティングが合法化されており(そのうち30州とワシントンDCではオンラインでのスポーツベッティングも合法化)、残る12州のみ違法となっています。
このほかにも諸外国においてスポーツベッティングの合法化の動きが進んでいます。
(2) 日本
日本では、法律上、スポーツベッティングは原則として禁止されており、スポーツを対象に賭博行為をすることは、刑法第185条の賭博罪にあたります。他方で、日本では競馬、競輪、競艇、オートレース等において賭博行為が行われています。これらの競技において、賭博行為が認められているのは、形式的には賭博罪にあたる行為を行っていたとしても、当該行為を正当化する法律が制定された場合、正当行為(刑法第35条)として違法性が阻却され犯罪が成立しないからと整理されます。すなわち、競馬は競馬法、競輪は自転車競技法、競艇はモーターボート競走法、オートレースは小型自動車競技法という法律でそれぞれ賭博行為が認められており、違法性が阻却されています。
また、日本では1998年にスポーツ振興投票法が制定され、サッカーを対象とするスポーツくじ(toto、BIG)が販売されました。また、2020年に同法が改正され、対象競技にバスケットボールが追加され、2022年からサッカーとバスケットボール(Bリーグ)を対象とするスポーツくじ(WINNER)が販売されています。いずれのくじも的中すると当選金を受け取ることができます。
toto、BIG、WINNERを合法化するスポーツ振興投票法は、刑法第187条の富くじ罪の特別法であると考えられています。富くじとは、宝くじのように、あらかじめ番号札を発売して金銭などを集め、その後抽選その他の偶然的な方法によって当選者だけが利益を得るような形で、購買者間に不平等な利益を分配する仕組みにおけるくじ札のことをいいます。なお、賭博罪と富くじ罪は異なる犯罪類型になりますが、細かい論点になるため割愛します。
以上のように、日本においては競馬、競輪、競艇、オートレースといった公営競技、スポーツ振興投票法によるスポーツくじ以外のベッティングは違法となります。
5 海外スポーツベッティングの論点
ここで、日本に居住している者が海外のオンラインスポーツベッティングサイトで賭け行為をすることが合法か、また、日本居住者に対してサービス提供することが合法かという論点があります。
(1) 日本居住者が海外のオンラインベッティングサイトを利用する行為
ネット上などでは国内で賭博に参加したとしても、賭博罪は「必要的共犯」であり、賭博開帳者と共に処罰される(刑法第186条第2項参照)ことが前提であるところ、賭博開帳者が国外犯として処罰されないのであれば、その対抗犯である賭博罪は成立しないという見解のもとグレーゾーンであるかのような説明がなされることがあります。
この点に関し、賭博罪は、「必要的共犯」という犯罪の性質上、複数人が必ず関与することが予定されている犯罪になります。また、賭博罪は、国内で行われた賭博行為のみが処罰の対象となる国内犯とされています(刑法第1条)。そのため、日本人が海外のカジノで賭博をしたとしても日本の刑法で処罰されることはありません。また、スポーツベッティング合法国内で事業を営んでいるスポーツベッティング事業者が、日本の刑法上違法な行為を行っていたとしても同様に処罰することはできません。しかし、「必要的共犯」が成立するためには、他人の賭博行為といった関与は必要であるものの、当該他人が処罰されることまでは必要と考えられていません。
したがって、スポーツベッティング合法国内で事業を営んでいるスポーツベッティング事業者は、国外にいることにより日本の刑法上処罰されなかったとしても、賭博行為自体には関与している以上、「必要的共犯」が成立し、日本居住者が海外スポーツベッティングサービスを利用して賭博行為を行うことに関しては、日本の刑法が適用され処罰の対象となります。なお、実際にオンラインカジノを自宅等で利用した賭博事犯の検挙事例が2021年から2023年の間で293件もあり、警視庁としても同様の立場に則り捜査を行っています。
(2) 日本居住者に対してオンラインベッティングサービスを提供する行為
日本国内で賭博行為が行われた場合、賭博行為を行ったユーザーだけでなく、元締めであるスポーツベッティング事業者にも賭博罪が成立します。また、スポーツベッティング事業者には別途、賭博場開帳図利罪(刑法第186条第2項)が成立する可能性があります。賭博開帳図利罪も賭博罪と同様に国内犯と解されているため、日本国内で賭博開帳行為の一部が行われていれば、賭博開帳図利罪が成立するとされています(2013年11月1日内閣衆質185第17号)。
海外のスポーツベッティング事業者が、日本に居住する者も含めてスポーツベッティングサービスを提供した場合に日本法上の賭博開帳図利罪が成立するのかという議論では、特に海外に設置されたサーバー上のウェブサイトを通じてサービス提供がなされている場合に日本国内で賭博開帳行為が行われているといえるのかという点が論点になります。この点については現時点で確立した判例や学説があるわけではありませんが、元締めの所在地及び賭客であるユーザーの居場所等を含めた全体が1つの賭博場を構成するという考えのもと、海外の合法国でスポーツベッティングを行っている事業者でも、当該サービスを日本居住者に向けて提供した場合には、賭博開帳図利罪が成立する可能性があるという見解もあります。
6 インテグリティ(健全性)の確保
スポーツが多くの人に感動を与え人々を夢中にさせるのは、選手が自身のパフォーマンスを最大限に発揮し、正々堂々全力で試合に臨むからこそだと思います。そのため、スポーツにはインテグリティ(健全性)が強く求められ、インテグリティ(健全性)損なわれてしまうと試合を観戦しようという意欲が失われ、ひいてはスポーツそのものが衰退する恐れがあります。
スポーツベッティングにおいて不当に利益を得ようとする者は、選手や審判等に近づき、金銭等の利益の供与の見返りに八百長行為を持ち掛けることがあり、世界各国で問題となっています。ひとたびスポーツの試合において八百長行為が行われてしまうと当該試合のみならず、その後の試合を含めて当該スポーツのインテグリティ(健全性)が大きく毀損してしまいます。
日本では、競馬や競輪等の公営競技やtoto、BIG、WINNERの対象となるサッカー・バスケットボールについては、八百長行為に加担した者はそれぞれ特別法において懲役または罰金の刑事罰が科せられます。また、このような特別法による罰則がない場合でも、各プロスポーツ団体が独自にルールを定め、八百長関与者に対して資格剝奪処分するなどの対策や、八百長に加担しないよう講習会等を定期的に実施するなどの対策を講じています。このように、スポーツベッティングにおいてスポーツのインテグリティ(健全性)の確保は、極めて重要な問題と認識されています。
7 おわりに
今般のNPBの新たな規程は、まずもっては選手や関係者の肖像権保護、あるいは放映権等既存のビジネスの阻害となる行為を禁止するという趣旨があると思われますが、上記のようなスポーツベッティングという観点からも少なからず影響を及ぼしうる規程となっています。そもそも、プロ野球はスポーツ振興投票法の対象となるスポーツではありませんが、今後さらにスポーツベッティング市場が拡大した場合、プロ野球のさらなる発展の観点からスポーツベッティングが解禁される可能性も否定できないと思われます。その意味で、本規程は将来のNPBの販路を阻害する可能性のある行為を明確に禁止することでプロ野球のさらなる発展の布石を打ったとも評価できると考えられます。
2016年12月弁護士登録。2021年から2023年まで経済産業省商務情報政策局コンテンツ産業課にて任期付職員として勤務。著作権関連法務、個人情報プライバシー関連法務等に注力している。
[1] https://npb.jp/npb/kansen_annai_2024.html
[2]20221207_1.pdf (meti.go.jp)