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【コンテンツ法務】コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブックの解説

                            2024年8月1日
                          弁護士 梅澤 隼


第1 はじめに

 経済産業省は、令和6年7月5日、コンテンツ制作に携わる産業界向けに知的財産権等の権利・利益の保護に配慮したコンテンツ制作における生成AIの適切な利活用の方向性を示すべく、「コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック」(以下「本ガイドブック」といいます。)を作成、公表しました[1]。

 本ガイドブックは、政府が今年に入ってから公表したAIに関係する3つの文書[2]の考えを踏まえて作成されており、生成AIを巡る最新の法的議論が反映されています。また、ゲーム産業、アニメ産業及び広告産業においてどのように生成AIが利活用されているのかという事例も紹介されています。そのため、今後、生成AIをコンテンツ制作に取り入れようとするクリエイター等にとって非常に参考になります。
 そこで、本ガイドブックにおいて特に重要な著作物の利用について解説いたします。なお、本ガイドブックでは著作物を利用する場合に限らず、「登録意匠・登録商標、他人の商品等表示・商品形態の利用」、「人の肖像の利用」、「人の声の利用」といった様々なケースが紹介されています。

第2 生成AIの利用が想定される場面

 1 開発・学習段階

 コンテンツ制作においては、生成AIをより有効に活用するために、独自モデルを開発する場合や、ファインチューニング、すなわち基盤モデルに新しいデータを追加して再度学習し、特定のタスクや用途に合わせて出力性能等を最適化する際に、開発・学習段階での生成AIの法的論点が生じます。
 具体的には、ファインチューニングの過程では、追加学習用データセットを構築するために、著作物を収集・加工するために複製行為が発生する場合があり、また構築した追加学習用データセットを追加学習用プログラムに入力するために、複製行為が発生する場合があります。

<文化庁「AIと著作権に関する考え方について」18頁図2>

 2 生成・利用段階

 コンテンツ制作において、生成AIに文章や画像などのプロンプトを入力し、文章やイラストなどの一定の生成物(AI生成物)を出力する場合や、当該AI生成物をさらに編集・加工してコンテンツ制作に利用し、公開・販売する際に、生成・利用段階での生成AIの法的問題が生じます。
 具体的には、AI生成物やそれを編集・加工したものが他人の著作物と同一・類似である場合は、著作権侵害となる可能性があります。また、プロンプトの入力に著作物などを利用する場合は、開発・学習段階と同様に複製行為が生じる可能性があります。

<文化庁「AIと著作権に関する考え方について」19頁図3>

第3 留意点と対応策

 1 開発・学習段階

⑴ 「非享受目的」利用

ア 留意点
 他人の著作物を学習用データとして利用する行為は、情報解析のために利用する場合など、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない(「非享受目的」の)利用である場合、原則として著作権法30条の4により、著作権者等の許諾なく行うことができます。
 ここでいう、「享受」とは、著作物の視聴等を通じて、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることをいいます。例えば、小説や漫画を閲読する行為や、音楽、映画、絵画等を鑑賞する行為は「享受」に該当します。
 他方で、「享受目的」が併存すると評価される場合には、著作権法30条の4は適用されず、他の権利制限規定の適用がなければ、著作権者の許諾を得る必要があり、これを怠ると著作権侵害となるおそれがあります。

イ 対応策
 ファインチューニングのうち、意図的に、学習データに含まれる著作物の創作的表現の全部又は一部を出力させる目的として追加学習を行うために、著作物を利用する場合、「享受目的」が併存すると考えられています。例えば、Aという有名キャラクターのイラストがあり、当該Aのイラストをそのまま出力することができる追加学習用済みプログラムを作成する目的で追加学習をするような場合は、「享受目的」が併存する場合に該当します。
 そこで、あくまで情報解析のためなど「非享受目的」と評価される場合の利用にとどめるなど、意図的に既存の著作物の創作的表現を出力させる目的でファインチューニングをしないことが考えられます。

⑵ 「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」ではない利用

ア 留意点
 情報解析の目的など「非享受目的」の利用であったとしても、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」(著作権法30条の4但し書き)は、著作権法30条の4の適用がなく、他の権利制限規定の適用がなければ、著作権者の許諾を得る必要があり、これを怠ると著作権侵害となるおそれがあります。
 「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当するか否かは、著作権者の著作物の利用市場と衝突するか、将来における著作物の潜在的販路を阻害するかという観点から、技術の進展や、著作物の利用態様の変化といった諸般の事情を総合的に考慮して検討されると考えられています。一例として、大量の情報を容易に情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が販売されている場合に、当該データベースを情報解析目的で許諾なく利用した場合が挙げられています。

イ 対応策
 「非享受目的」の利用であっても、例外である「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」あたるような利用を避けることが考えられます。もっとも、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当するか否かは、総合考慮により判断されるため、コンテンツ制作をする事業者にとってはリスク分析が難しい側面があります。
 そこで、予め学習用データには、自らが著作権を保有しているデータ、著作権者から許諾を得るなど権利処理がされたデータ、著作権保護期間が過ぎたデータを利用することが考えられます。

 2 生成・利用段階

⑴ 留意点
 AI生成物やそれを加工・編集したものの表現が既存の著作物の創作的表現と同一又は類似である場合、そのAI生成物を利用(アップロードや販売等)する行為は著作権侵害になるおそれがあります。
 裁判例上、①類似性(既存の著作物と類似しているか)と②依拠性(既存の著作物に依拠しているか)のそれぞれが認められる場合に著作権侵害になります。この点、本ガイドブック33頁では以下のように図解しています。

コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック33頁

 他人の著作物と類似していないかの確認は、生成AIを利用しない従来からのコンテンツ制作と変わらず必要になりますが、生成AIでは、出力結果を完全にコントロールできない場合があり、利用者が意図せず、既存の著作物に類似してしまう可能性があることを留意する必要があります。
 依拠性については、AI生成物の依拠性の判断においては、生成AIの利用者の認識にかかわらず、生成AIの開発・学習段階で当該著作物が学習されていれば、原則として依拠性が認められるとされています。他方、技術的措置により学習用データに含まれる著作物の創作的表現が出力されないような工夫がされている場合は、仮に、既存の著作物と類似するAI生成物が作成されたとしても依拠性がないと判断される場合もあるとされています。

⑵ 対応策
 類似性の確認においては、生成AIを利用しない従来のコンテンツ制作と同様に、他人の既存の著作物と同一・類似でないかどうかを、Web検索や剽窃チェックツールなどを用いて確認することは必須と考えられます。
 さらに本ガイドブックでは、以下の場合分けで対応策を提示しています。

ア 生成AIの選択段階

① 利用を考えている生成AIによって、どのようなAI生成物が出力されうるかを検討する、具体的には、サービスの仕様や利用規約などを確認し、利用を検討している生成AIの学習データの内容や、知的財産権の保護のためのフィルタリングなどの措置がとられているかを確認する。

② 生成AIの学習用データである著作物との関係での著作権侵害が避けられる生成AIを利用する、具体的には、許諾を得るなどして権利処理された著作物のデータや著作権保護期間が過ぎたデータのみを学習した生成AIを利用する。

③ 既存の著作物と同一・類似の表現が出力されないような生成AIを利用する、具体的には、許諾を得ていない、いわゆる特化型の(特定の作者・作品の学習・出力に特化した)生成AIの利用を避ける。

イ プロンプト入力段階

① 他人の特定の著作物と類似したAI生成物が出力されるようなプロンプトの入力を避ける、具体的には、他人の特定の著作物と関連づくような内容のプロンプトを入力しない、あるいは他人の著作物をプロンプトとして入力しない。

② 自分が創作した著作物に基づいたAI生成物が出力されるようにする、具体的には、自ら創作して手書きしたラフ画を読み込ませるなど、自分が著作権を有する著作物をプロンプトとして入力する。

③ 他人の著作物と類似したAI生成物が予想外に出力されないようにする、具体的には、可能な限り具体的なプロンプトを入力する。

ウ AI生成物の利用段階

 他人の著作物と類似・同一と考えられるAI生成物(やそれを編集・加工したもの)については、著作権侵害とならないよう、
① 利用すること自体を避ける。
② そのまま利用する場合は、著作権者から許諾を得た上で利用する。
③ 他人の著作物の創作的表現と同一・類似の部分について、類似しないように作成し直したうえで利用する。

第4 まとめ

 本ガイドブックは、2024年6月時点での政府関係省庁の議論状況やAIをめぐる技術水準を前提にした内容になっており、今後の議論によりさらに更新がされることが考えられます。
 コンテンツ制作に携わる事業者におかれましては、本ガイドブックを参考にしつつ、個々の具体的な法律問題については専門家に相談するなどしてリスクを最小限に抑えながら生成AIを活用することが重要だと思います。

弁護士 梅澤隼(松田綜合法律事務所)
2016年12月弁護士登録。2021年から2023年まで経済産業省商務情報政策局コンテンツ産業課にて任期付職員として勤務。著作権関連法務、個人情報プライバシー関連法務等に注力している。


[1] 「コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック」を公表しました (METI/経済産業省)

[2] 経済産業省・総務省「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」(2024年4月19日)

 文化庁文化審議会著作権分科会「AIと著作権に関する考え方について」(2024年3月15日)

 内閣府知的財産戦略推進事務局 AI時代の知的財産権検討会「中間とりまとめ」(2024年5月28日)

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